7 お兄様と私
楽しいお茶会の次の日勤務中の兄をとっつ構えて部屋へ押し込んだ。
「なんなんだ!俺は仕事中なんだ」
騎士服を着てもパッとしない兄を見て私はため息をついた。
「人を勝手に連れ込んで、ため息をつくとか失礼だな」
「だって、お兄様はエドモンド様と全く違うんですもの。華が無いっていうのかしら?顔が地味だから仕方ないか」
「悪かったな!俺は父親にそっくりだよ!」
お互い兄妹といえさっぱり似ていないので毎回家族だというと驚かれるぐらいだ。
「昨日マーガリィ王妃主催のお茶会だったんだけれどね。そこに例のヘレン婦人とお子様がいらっしゃったの。そこで私はピンと来たんだけれど、ヘレン婦人が惚れ薬を入れた犯人じゃないかしら」
私の推理に兄は眉をひそめたまま聞いていたが大きなため息をついた。
「お前じゃなくても皆そう思っているよ」
「それなのにマーガリィ王妃のお茶会に呼ばれているなんておかしくない?」
犯罪者がのうのうと王妃と王子に会っているなんておかしいだろう。
「そりゃ、皆そう思っているよ。だけれど、おっとりマーガリィ王妃が”ヘレン婦人がそんなことするわけないわぁ。アレックス王子のお嫁さんは彼が決めるのよと何度も言っているから薬なんて使わないわ”と言っているから。あの人の他人を信用しすぎる人格は可笑しいだろう」
吐き捨てるようにいう兄に今度は私が眉をひそめた。
「たしかにおかしいわね。アレックス王子なんて、もう一度薬を入れないかとワクワクしているようだったわよ」
「あの王子はかなり頭が可笑しいから。お前が小さい時からあの王子はヤバイ。そして第二王妃も同じぐらいヤバイ。一般人の常識が無いんだよ」
「そんなこと1回も言わなかったじゃない」
アレックス王子の事を兄が可笑しい人認定で見ていたとは驚きだ。
あまり遊びに行くなとは言っていたような気がする。
「言ったってお前は”アレックス王子の方がお兄様より優しいもの”って言うこと聞かなかっただろうが!だから俺はこの国から出て行くように言ったんだ!」
「国を出て行くほどじゃないでしょ。お兄様は大げさなのよ」
苦笑している私に兄は真剣な顔をしている。
「大袈裟なものか。でもお前が幸せならそれでいいと思うようになったよ」
「ねぇ、アレックス王子は本当に惚れ薬が効いていると思う?いたって普通だけれどたまに私を嫁にする話とかするのよ。演技なのか薬の影響なのか分からないのよね」
声を潜めて言う私に兄は嫌そうな顔をしたまま頷いた。
「俺の考えを言うと、ヘレン婦人がパーティーの時に惚れ薬を入れたが王子には効かなかった。薬は効果が無かった。が、王子はこれ幸いと惚れ薬が効いたフリをしてヘレン婦人が尻尾を出すのを待っているんだと思う」
「そうよね!私もそう思っていたわ!危うくアレックス王子の事を好きになるところだったわ。アレックス王子は演技をしているだけよね」
ホッとして言う私に兄は冷たい目を向けてくる。
「まだ好きじゃないって言う事か?」
「やだー!お兄様にそんなこと言うはずないじゃない」
姉ならまだしも男兄弟に恋愛話なんてするはずがない。
騙されたわけではないが、小さい頃から憧れていたアレックス王子に優しくされていたらコロッと行ってしまう所だった。
彼と結婚したかったという思いは幼い頃からずっと心に秘めているのだ。
演技をして犯人を捜していると思えば彼らしくない行動は理解できる。
ホッと胸をなでおろしている私を兄は冷めた目で見つめている。
「まぁ、確かに兄妹で恋愛話とかありえないよな……。俺はそろそろ仕事に戻る」
兄は呟いてドアを開け出て行こうとしたので私もお見送りをしようと一緒に廊下へ出た。
「ありがとう。お兄様、話を聞いてくれてちょっと整理できたわ」
お礼を言うと兄の表情が和らいだ。
「それはよかったよ。俺は気苦労が増したよ」
ボソリと呟いている兄の後ろからエドモンド様が歩いてくるのが見えた。
私たちの姿を見ると笑みを浮かべて近づいてくる。
「やぁ、久しぶりだね。兄妹揃って仲が良くて羨ましいよ」
今日も変わらず人間離れした美貌でうっとりして見てしまう。
兄と同じ騎士服を着ているのにどうしてこうも違うのだろう。
「お久しぶりです。エドモンド様もお姉様がいらっしゃるじゃないですか。仲が良いと評判ですよね」
うっとりしながら私が答えるとエドモンド様は頷く。
「姉は嫁に行ってからあまり会わなくなったよ」
お姉さまもエドモンド様にそっくりで美しいのよね。
私がうっとりと眺めているとエドモンド様は顔を曇らせる。
「レティシアちゃんはいろいろ大変だったね」
「大変でした。でももう大丈夫です。無事に離婚できたので」
私がニッコリ笑うとエドモンド様は複雑な顔をして微笑んでいる。
離婚して喜んでいるのは分かるがどう対応していいか分からないのだろう。
優しい人だから。
「レティシアちゃんが大丈夫だというなら良かった。それに今アレックス王子の事も大変だね。彼は本当に惚れ薬にかかっているのだろうか」
心配そうに聞いてくるエドモンド様に私は首を傾げた。
「さぁ?どうでしょうかね。一見普通なのですけれど、たまに変なことを言うから効果が出ている可能性はあります。なんか妻になったらとか愛するレティとか言っています」
私が言うとエドモンド様と兄は顔を見合わせている。
「それは……いつも通りなのかもしれないね」
「えぇぇ?可笑しいと思いますけれど」
兄とエドモンド様はアレックス王子のたまにおかしな言動を聞いていないからいつも通りだと思っているのだ。
マーガリィ王妃もヘレン婦人と繋がっているからあえてエドモンド様には演技をしているかもしれないとは言わなかった。
兄もそう思っているのか黙っている。
「惚れ薬なんてものが本当にあったら恐ろしいですけれど、毒じゃなくて良かったですね」
私が言うとエドモンド様は大きく頷いた。
「全くだ。何か協力できることが会ったら何でも言ってくれ」
「ありがとうございます」
エドモンド様は素敵な笑顔を残して仕事に戻って行った。
「やっぱりエドモンド様は素敵ねぇ。どうして結婚しないのかしら」
颯爽と歩くエドモンド様の後姿を見て呟いていると兄が呆れたように視線を向けてくる。
「その言葉アレックス王子には言うなよ」
「言わないわよ。アレックス王子もご結婚がまだですものね。私てっきりルビーちゃんと結婚するかと思っていたけれど違ったみたいね」
「あの親の娘と結婚するほどアレックス王子もバカじゃないだろ」
兄はそう言い残すと仕事へと戻って行った。
「確かにそうね」
兄には届かないが私も呟いて部屋に戻った。