5 美しいものとは
アレックス王子に手を引かれて、廊下に出る。
ひんやりとした冷たい空気に身震いするとすかさず王子がケープを渡してくれた。
「ずいぶん準備がいいのね」
「可愛いレティを連れ出そうとしていたからだよ」
微笑みながら言うアレックス王子は城の廊下を進んでいく。
後ろからは数人の護衛騎士が付いてきているが彼らは空気のように存在を感じさせない。
護衛を連れて歩くということが慣れていない私は彼らの事が気になるが命を狙われているかもしれないと言われたら慣れるしかないのだろう。
これも犯人が捕まるまでだ。
廊下の窓から外を見ると太陽は出ていても雪はちっとも解けている様子はない。
「最近雪が凄いみたいね。お兄様から聞いたわ」
私が言うとアレックス王子は困ったように眉をひそめた。
「そうだね。君がこの国から居なくなったせいかな?雪は凄くて夏も寒くて作物に影響が出ていて大変なんだ」
「私のせいではないでしょうけれど、経験したことが無いぐらい凄い雪よね」
廊下の途中まで来ると騎士二人が並んで立っていた。
アレックス王子と私を見ると敬礼をして通してくれる。
「ずいぶん厳重ね」
「ここから先は僕らのプライべートルームだからだよ。いつでも僕の部屋に来てもらっても構わないからね」
冗談なのか本気なのか分からないことを言いながらアレックス王子は立ち止まった。
ポケットから鍵を取り出すとアレックス王子自ら施錠を開けてドアを開ける。
「どうぞ入って。ここは僕と父しか入れないようになっている」
「えっ、なんで私を?」
部屋に入ってから告げられた言葉に驚いて振り返ると、後ろを歩いていた護衛騎士達は扉の前でこちらに背を向けて立っているのが見えた。
部屋の中を見ないような配慮をしているあたり本当に限られた人しか入れないのだろう。
「レティが僕の妻になるからだよ」
「はぁ」
本気なのか、それとも惚れ薬の影響なのか分からず曖昧な返事を返す。
アレックス王子は気にする様子もなく私をエスコートしながら部屋の奥へと進んでいく。
薄暗い部屋の中心に金庫が置かれていてアレックス王子は鍵を取り出すと金庫の扉を開けた。
台の上に金色の金庫が乗っており、おしゃれな装飾がしてある。
金色の金庫は豪華だが中に何が入っているのだろうかとドキドキしてくる。
「この部屋は僕の部屋の隣あってね、扉1つで出入りできるんだ」
そう言ってアレックス王子は視線を部屋の奥の扉に向けた。
確かに金色の豪華な扉が見える。
「金庫には大切なものが入っているんでしょ?」
ドキドキしながら私が聞くとアレックス王子は頷いた。
「そうだよ。ただ二つしか入っていない。1つはレティとバカ王子の離婚に関する書類だ」
「……まぁ、大切よね」
床に散らばったあの書類だろう。
それがこの金庫に入れるだけのものかと思うが、確かに大切だ。
「そして、もう1つがこれ。空の星だ」
いつもと変わりなく言うアレックス王子の言葉に私は目を見開いた。
「空の星!大きなサファイアよね。国の宝を見せてくれるの?」
わが国には大きな宝石が2つある。
青いサファイアなので”空の星”と呼ばれ、もう1つが赤いルビーなので”暁の星”と呼ばれている。
代々王が所有しており、公開されることはほぼ無いがその宝石を見たものは幸せになると言われている。
アレックス王子は頷いて金庫の中から無造作に掴んだ大きなサファイアを私の前に差し出した。
握りこぶしぐらいの大きな青い石が綺麗にカットされていて光に当たり輝いている。
透き通った青いサファイアを見ているだけで幸せな気分になる。
「凄く綺麗ね」
アレックス王子は私の手を取るとそのまま手の上に大きなサファイアを乗せた。
私なんかが持ってもいいのかと戸惑っていると、彼はそのまま私の手を包み込んだ。
「よく見て。こうやって光を当てると星が出てくるから」
囁くように言われてドキドキしながらアレックス王子が私の手を動かしていく。
じっと大きなサファイアの宝石を見つめていると光の加減で白い六条の光が浮き出てくる。
サファイアの中心から綺麗に星の形になっている。
「本当に星が出てきたわ」
「これだけ大きな宝石で星が出るものは珍しいんだ」
私の手を包み込んだままアレックス王子は囁くように言う。
耳元で囁かれるとくすぐったくて首をすくめてしまう。
それが面白いのかアレックス王子はクスクス笑いながら私の手から宝石を取ってもとに戻した。
「これが美しいものなのね。とっても綺麗だったわ。もう1つの暁の星も同じように星がでるの?」
「そうだよ。ただ、暁の星は16年前から行方不明なんだ」
「えぇぇ?!そ、それは誰かが盗んだという事?」
国宝とも呼べるものが行方不明なんてニュースになってもおかしくない。
そんな噂を全く聞いたことが無かった。
驚く私にアレックス王子は微笑んだまま頷く。
「そうだろうね。1つでもかなり高額だが売りさばくことはできない。足がつくからね。金目的ではないのだから誰かが盗んでずっと隠し持っているのかもしれないね」
「そんな呑気な言い方をして、16年も見つからないなんて……」
絶句する私にアレックス王子は肩をすくめる。
「捜索はずっとしているよ。砕いて売りさばいているかもしれないとかいろいろ調査はしているがさっぱり犯人が解らない。あえて言えばその頃、行方不明になっている侍女がいるからその子かもしれないね」
「その子はまだ見つからないの?」
「足取りがつかめないし、証拠も無いからね。これも秘密だよ」
いたずらっ子のように口元に人差し指をたてる王子は32歳になったと思えないほど嫌味が無い。
「そんなに秘密をいろいろ言われても、困るわ」
「僕の妻になるのだから秘密は共有しないとね。まだまだ秘密はあるから少しずつ慣れてもらおうかと思って」
惚れ薬の影響がここにも表れているのかしら。
それとも惚れ薬を飲んだと思わせるために演技をしているのかもしれない。
返答に困っているとアレックス王子は軽く笑って私の背を押した。
「まだ言っていないことがあるんだけれど、マーガリィ王妃主催のお茶会に呼ばれている。この後なんだけれどね」
「えっ?」
「レティに挨拶がしたいそうだよ。もちろん僕も同席する」
「そんな急に言われても、まさか今から行くの?」
「ちょうどいい時間だからね」
アレックス王子に背中を押されながら廊下を歩く。
マーガリィ王妃に会うなんて聞いていない。
心の準備もままならないまま アレックス王子に背を押されてマーガリィ王妃の元へと連れて行かれた。