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3 実家に帰れない私

 やっとのことで故郷へと帰ることができた私はなぜかアレックス王子の住む城から出られずにいる。

 

 アレックス王子は仕事が溜まっているとかで帰ってきてから一度も会っていない。

 私はため息をついて与えられた部屋から外を眺める。

 

 真っ白な雪が広い庭を埋め尽くしていて季節の花を愛でるどころではない。

 冬の間に雪が降るのは数回程度で積もることが無かったと記憶しているが窓から見える景色は数メートルほど積もっていると思われる雪の量だ。

 

 生まれ故郷であるノイエン王国に入った途端、大雪で馬車が進まずみんなで雪をかき分けながら馬車を進ませてきた。

 予定より大幅に遅れて帰って来たわけだがあまりの雪の多さに気分が重くなる。

 

 空を見上げると青い空が広がっていてよく晴れている。

 

 このまま雪が溶ければいいなと思っているとドアがノックされた。

 アレックス王子がやって来たのかとドアを開けると、久しぶりに見る兄が立っていた。

 兄は城の警備をしている騎士だが来るのが遅すぎる。

 私服を着ているところを見ると今日は休日なのだろうか。


「あら、お兄様お久しぶりね」


 冷めた目で兄を見つめるとばつが悪い顔をしている。

 私が嫁に行きたくないと泣いているのに、この兄は”お前は嫁に行った方がいい”と言っていた一人なのだ。

 ちなみに両親は大反対していた。


「元気そうだな、レティシア」


「離婚して追い出されたから元気になったわ!」


 無表情に言うと兄はますますばつが悪い顔をする。

 いつまでも廊下に兄を立たせているわけにもいかないので仕方なく室内へと入ってもらう。

 与えられた部屋の大きさに驚きながらも兄はソファーへと座った。


「まだ嫁に行けと言ったことを怒っているのか」


「当たり前でしょう!愛されても居ない相手の所へ嫁に行かされて私がどれだけ辛い思いをしたと思っているの。せめて嫁に行ったからには夫とコミュニケーションを取ろうと頑張ったけれど1か月で諦めたわ!」


 文句を言いながら、兄の為にお茶を淹れて乱暴にテーブルの上に置いた。

 

 私の気迫に兄は顔を顰めながらも頭を下げる。


「それは申し訳ないと思っている。お前が国から出て結婚すれば幸せになれると思ったんだ」


「なるはずないでしょう!愛されても居ないのに!夫のバカ王子は毎日愛人を数人と遊び惚けていて仕事もしないし。どれだけバカなの?よくあれで国が傾かないわね」


 「悪かった。お前がどんな生活をしているかは報告は受けていたんだ。ただ、なかなか迎えに行くタイミングが無くてだな……。無理やり迎えに行ったら戦争になりかねなかったんだ。そんな中アレックス王子がお前に会いに行くと突然言い出して城を出て行ったときは大騒ぎだったんだぞ」


「あ、それ詳しく聞きたいわ。一体どういう経緯で惚れ薬なんて飲まされたの?そもそもその話は本当なの?」


 話をよく聞こうと兄の前に座った。


「あの日、アレックス王子の32歳の誕生日だったんだ。毎年恒例の誕生日会という名のパーティが開かれていたんだ」


 語りだした兄に私は相槌を打つ。


「毎年やっているわね」


 最近は何かのパーティー以外でアレックス王子に会うことが無くなっていた。

 それほどアレックス王子と私の距離が開いていたのだ。


「俺はその警備をしていた。パーティは何事もなく進んでいた。いつも通り王子が出席者の挨拶に回っていたんだ。そして、突然倒れた」


「えっ、倒れたの?それって毒でも入れられたんじゃないの?」


 もし王子の飲み物に異物が入っていたら大変なことだ。

 

「俺達も初めは毒かと思い倒れた王子を介抱しつつ医者を呼んだ。ただ医者が来るより早く王子は目が覚めてすぐにお前の名前を呼んだんだ」


「へっ?」


 驚く私に兄は真剣な顔をして頷く。


「お前の名を呼んだんだ!”愛しいレティ、早く会いに行かないと”って言いだしてみんなが止めるのも聞かず城を出て行った」


「それ、誰か可笑しいって思わなかったの?そもそも、惚れ薬ってそういうものだったっけ?」


 バカ王子と同じことを言ってしまったが、私の問いに兄は首を振る。


「違うと思う。惚れ薬とは飲んで初めて見た相手を好きになるものじゃないのかとかなり揉めていたらしい。しかしアレックス王子はお前の名を呼んだんだ」


「おかしいわよね……。そもそも惚れ薬なんて本当に存在するのかしら」


「存在しているかどうかも含めて調査中だ。まず、アレックス王子の飲み物に異物を入れるなど犯罪だ。毒薬で無かったのが救いだな」


「本当にそうね。時期王になる人だもの、亡くなりでもしたら大事だったわね」


 私の言葉に兄はため息をついた。


「まず疑われているのが、第二王妃とその近辺の者だ」


「あぁ、そういえば王様は後妻を貰ったのよね。マーガリィー王妃が疑われているなんて可哀想ね。あの方とてもお優しそうなのに」


 第二王妃とは数回お話したことがあるが、とても優しそうでおっとりしている印象がある。

 マーガリィー王妃はすぐにご懐妊されて男児を出産された。


「でも、マーガリィー王妃はアレックス王子こそ王になるべき人ですから息子は縁の下の力持ちになってもらえればとか言っているわよね」


「そう言っていても内心は分からないからな。今徹底的に調べられている」


「そうだったのね。で、その惚れ薬はいつ効果が切れるのかしら。そもそも本当に王子は惚れ薬の影響があるのかしら?確かに私の事を迎えに来たとか、結婚したらとかおかしなことを言い始めているなぁとは思ったけれどね」


 兄は嫌そうな顔をしてため息をついた。


「いや、もう仕方がない事なんだ。俺はお前の幸せを一番願っている事だけは信じてくれ」


 訳の分からないことを言い出した兄は私の目をじっと見つめて言った。

 兄らしくない言葉に照れてしまい私は苦笑する。


「何?突然。家族なのだから当たり前でしょう?」


 私がそう言うと兄は安心したように表情を和らげた。


「そうだな。家族だからこそお前の事が心配だったんだ。だが最後に選ぶのはお前だ。レティシアが幸せになれば俺はそれでいい」


 何か納得したような兄は一人で頷いている。


「お兄様、私そろそろ実家に帰りたいのだけれど」

 

  せっかく離婚して帰って来たのだから実家でゆっくりしたい。

 

 私の申し出に兄は困ったように頭をかいた。


「それは出来ないんだ。アレックス王子に惚れ薬を盛った犯人が捕まらないと無理だな。お相手のお前も狙われているという事になっている」


「何ですって!私も狙われている?」


「もし毒薬であればアレックス王子が狙われているが、惚れ薬だと誰かがアレックス王子と恋をしたいと思っているってことだ。相手はまさかその場に居ないお前が選ばれて今頃かなり怒っているだろう。そうすると、お前の命を狙っていてもおかしくない。なんせ警備の隙をついて王子のグラスに毒を入れることができるのだからな」


 兄の言葉に私は頭を抱えたくなった。

 やっとバカ王子から解放されたのに、今度は命を狙われているかもしれないなんて。


「家に帰りたいわ……」


 呟く私に兄はため息をついた。


「今は耐えてくれとしか言えないな。実家だと警備が薄くなるからできれば城にとどまってほしいというのは俺も思っている」


「解ったわ。でも城の中こそ危なくないのかしら?実家にこもっていた方が良くない?」


 私の提案に兄は渋い顔で首を振る。


「無理だな。本当に効いているのか不明だがアレックス王子はお前を傍から離さないだろう。今は仕事で籠っているがそろそろ少し手が空くからお前に会いに来るだろう」


「どうも怪しいのよねぇ。アレックス王子本当に惚れ薬が聞いていると思う?いつもと変わらないように見えるのよね」


 私が言うと兄は渋い顔をして軽く首を振った。


「解らないが、いつもと変わらないと俺も思うよ。お前が少しでもアレックス王子に嫌なことをされたら俺に言え」


「なにそれ。そんなことあるはずないじゃない」


 私が笑って言うと兄は納得できない様だ。

 血のつながった兄よりも頼りになるアレックス王子が私に嫌なことをするはずがない。

 カラカラと笑う私に兄はため息をついて立ち上がった。


「そろそろ帰る」


「お父様とお母さまによろしく伝えてね」


「解ったよ。母さんはお前がこのままアレックス王子と結婚すればすべて収まるわと大喜びしているよ」


 確かに母はずっとアレックス王子びいきだ。

 自分の息子になったら飛び上がるほど嬉しいだろう。

 最近は気軽に会えなくなって落ち込んでいたものね。


「それは多分無いんじゃないかしら?」


 私がそう言うと兄はなぜがホッとしたように頷いた。


「外すごい雪だから気を付けて帰ってね。珍しいわよね大雪が降るの」

 

 私が生まれてから雪が降ってもせいぜい数センチだった。

 数メートルの雪が降るなんて異常だ。


「お前は知らないのか?ここ2年間この国は異常気象なんだよ。冬は大雪で夏も寒いんだ。ただ、ここまでの大雪は無かったな。王子が倒れてから雪が降り出して、そのまま止まらずに積もってこのありさまだ。雪かきで毎日筋肉痛だよ」


 

 

「そうだったのね。国を離れると様子が解らないものなのね」


 私は頷いて窓の外の雪を眺めた。


 数メートル積もっている雪は太陽に当たってキラキラと輝いているのが見えた。



 


 

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