20 真実
「手を離せ!」
遠のく意識の中で一番会いたいと思っていた人の声が聞こえる。
幻聴かと思うほど遠くに聞こえるが、直ぐに首を絞めていた手が離れた。
咳き込みながら地面に倒れる私の背を大きな手が撫でる。
「大丈夫か?」
目がチカチカしたが暗かった視界が戻って来た。
何度か瞬きをして荒く息をしながら背を撫で居るアレックス王子を振り返った。
どうしてここに居るの?と問いたかったが苦しくて声が出ない。
私の目を見て理解したのかアレックス王子は頷いてくれた。
「妹思いのギルバートが、小さなレティが指輪をどこかに隠したまま思い出せないようだと僕に告白してくれたんだ。きっと思い詰めているだろうから気にしていないと一言安心させてくれと言ってきた」
お兄様、ありがとう。
新鮮な空気を吸い込みながら拘束されているエドモンド様を見た。
一番腕を締め上げているのが私の兄だ。
アレックス王子の護衛騎士達が周りを取り囲んでいる。
「ギルバードとレティの実家に行ったら、散歩してくると君の母上が言っていたからね。僕はピンと来たんだこの廃墟に来ているのではないかってね」
アレックス王子は私の背を撫でながら説明をする。
やっと息が収まってきて改めてアレックス王子を見上げた。
いつもと変わらず優しい口調だったが、無表情の顔は少し青い。
私を心配しているのだとわかり、なんとか呼吸を落ちつかせる。
「ありがとう。木の根元に暁の星が埋まっていたの」
暁の星と聞いてアレックス王子の顔色が変わる。
直ぐに手を伸ばして落ちていた土がついている暁の星を手に取った。
「確かに、行方不明だった国宝だ」
アレックス王子の手の中の暁の星は太陽に当たって綺麗な星の光が出てきた。
透き通った赤い石は幻想的だ。
「まさか、エドモンドが盗んだのか?なんのために?」
訳が分からないと眉をひそめるアレックス王子に私は首を振る。
「宝石を盗んだのはそこに埋まっている女性みたい」
「埋まっている?」
私の言葉にアレックス王子を含む騎士達がぎょっとしたように振り向いた。
一人の騎士が慌てて木の根元を確認しに行く。
「……人の頭蓋骨の様なものが埋まっています」
低い声で報告すると、エドモンド様が声を上げて泣き出した。
「殺すつもりはなかったんだ。事故だったんだ」
アレックス王子は深いため息をついて首を振った。
「そういえば、行方不明だった侍女はエドモンドにしつこく付きまとっていたね。それと暁の星の関係が解らないが、後で詳しく話を聞こう」
アレックス王子は顎で指示すると声を上げて泣いているエドモンド様を騎士達が無理やり立たせて連れて行った。
「レティシア、大丈夫か?」
アレックス王子に介抱されている私を兄が心配そうに声を掛けてきた。
「お兄様、色々ありがとう」
「兄妹だからな。そりゃお前を気に掛けるよ。無事ならそれでいい」
2年前私をバカ王子の元に行った方がいいと言った時は恨んだけれど、私を心配しての事だったのだろう。
今ならそう確信が持てる。
そっと兄に頭を撫でられて私はポロポロと涙をこぼした。
泣くつもりはなかったが、殺されるかもしれないという緊張感と、その相手が憧れていたエドモンド様だったことなどから感情が可笑しくなっている。
アレックス王子は私をそっと抱きしめてくれた。
「遅くなってごめん。無事で良かった」
「ありがとう」
数日が過ぎた。
私は、エドモンド様に首を絞められてすぐにアレックス王子に城へ連れ戻された。
療養という名の監禁だ。
私の首は少し跡が残った程度でたいした怪我は無かった。
エドモンド様が躊躇してくれたのが良かったと言われたが複雑な心境だ。
あと少しアレックス王子が遅かったら、エドモンド様は力を強めていたに違いない。
与えられた広い室内で一人ため息をついた。
この数日間でエドモンド様と殺人事件の件で城の中は大騒ぎだ。
私が第一発見者で、エドモンド様に殺されそうになったことも含めて衝撃が大きく、少し前にあったヘレン婦人の事は誰もうわさをしている人は居なかった。
事件の詳細は取り調べが行われているがまだ明らかになっていない。
エドモンド様から直接聞いたから大体理解しているが、なぜ彼があんな行動をしたのかは理解不能だ。
昔から憧れていた綺麗なお兄さんがまさかあの時期に殺人を犯していたなんてと思うと衝撃的で心が落ち込む。
何度目かのため息をついていると、ノックと共にすぐにアレックス王子が部屋に入って来た。
「まだ気分が落ち込んでいるようだね」
「それはそうよ。まさかエドモンド様に殺されそうになるなんて……」
アレックス王子は私の横に座るといつもと変わらず笑みを浮かべて頷いた。
「供述が大体まとまって来た。と言っても大した話じゃなかったんだけどね。木の下に埋まっていた死体はエドモンドに付きまとっていた侍女で間違いなかった。彼の気を引こうとどうやってかは不明だが暁の星を盗んだらしい。国宝を盗んだ女をエドモンドは激怒してさっさと返した方がいいと諭したが、全く聞き入れず宝石を売って一緒に逃げようと持ち掛けてきたらしい」
「えー、殺されて可哀想と思ったけれどエドモンド様も可愛そうね」
「小さなレティが廃墟の教会を遊び場にしていたから、心配した僕がエドモンドの巡回場所に組み入れていたんだ。それが良く無かったね。廃墟ならエドモンドと二人で話が出来ると考えた侍女の女はその場で待ち伏せして盗んだ暁の星を見せた。そこで口論になったようだ」
「エドモンド様が怒るなんて相当ね」
「怒ったエドモンドが帰ろうとすると女が後ろから抱きしめてきたらしい。それを振り払ったら足をもつれさせて倒れた先に石が合って頭を打ったんだって。そして、血を流して動かなくなった女性を見て将来を心配して埋めてしまったようだ」
「ただの事故のようなものじゃない。どうしてそんなことを……」
私の言葉にアレックス王子は肩をすくめた。
「姉想いのエドモンドだからね。姉の結婚が無くなるかもしれないと考えたようだ」
私のためを思ってくれていた兄の事を思い出してなんとも言えない気分になる。
私の兄もエドモンド様も血の繋がった姉や妹を想ってくれているのだろう。
「エドモンド様はどうなるのかしら」
私が聞くとアレックス王子は首を振った。
「さぁ。死体を隠したことは罪になる。もう僕達が会うことは無いだろうね」
「そうね。女性達が悲しむわね」
美しいエドモンド様を最後に見たのは声を上げて泣いている姿だ。
綺麗な人は泣いている姿でも美しかった。
「レティも悲しい?」
アレックス王子に顔を覗き込まれて私は頷いた。
「悲しいわ。小さい頃よくあの廃墟で会ったのよ。とても綺麗な騎士のお兄さんだった。それが、こんな悲しい結果になってしまって」
「そうだね。僕も乳兄弟が居なくなってしまって悲しいよ」
少し悲しそうに微笑んでアレックス王子は私を抱きしめた。
「レティ。大きな木の根を調べたら可愛い缶に入った大切な宝物を見つけたよ」
そう言うと私の手の平に小ぶりの指輪を置く。
ピンク色の小さな石が付いた金の指輪だ。
6歳のころアレックス王子に貰った探していた指輪に私は目を見開いた。
「これ!探していた指輪よ!」
「無事見付かったけれど、見ると辛くなるようなら僕が持っていようか?」
アレックス王子の申し出に私は首を振った。
複雑な思いはあるけれど、大切な思い出もある。
「大切にしまっておくわ」
アレックス王子から始めてもらったアクセサリーだから大切にしたい。
「そう言うと思ったよ」
そう言ってアレックス王子はまた私を抱きしめた。
「レティが無事で良かった」
そう言って軽くキスをしてくる。
「私もアレックス様ともう会えないかと思ったわ」
「そう言ってくれるなんて嬉しいな」
アレックス王子は少し驚いたように呟いた。
まるで私を信用していないようではないか。
少しムッとしたのが解ったのかアレックス王子は苦笑した。
「僕の我儘にレティが流れてしまったかと思っていたら。レティも僕を想ってくれているのは嬉しいな」
「失礼ね。私だってちゃんとアレックス様の事大好きよ。小さい時から優しくしてくれている王子様がずっと好き。結婚した後だってずっと好きだったわ」
私が言い終わる前にアレックス王子の唇が重なる。
だんだん深くなる口づけに私はアレックス王子のすべてを受け入れた。