18 マーガリィ王妃の誕生日パーティー3
「家から監視していたですって?信用できないわね!どうせでっち上げでしょう!私を犯人にしてマーガリィ王妃から離したいのね!そんなでっちあげ王妃が許さないわよ!私たちは親友なのですからね」
親友という言葉を強めてヘレン婦人は引きつった笑みを浮かべてマーガリィ王妃を振り返った。
助けを求めたつもりだろうがマーガリィ王妃の表情は硬い。
「私の護衛騎士達が、ヘレン婦人の家からはるばる旅をしてスラン殿に手紙を渡したのを確認しているわ。私の護衛騎士の仕事を疑うという事は、私を疑うという事」
騎士達は忠誠を誓っているため虚偽の報告をするということは死を意味する。
それぐらい重い報告なのだ。
特に専門の護衛騎士達は主人に忠誠を誓い、主人も騎士達を信用している。
疑うという事はマーガリィ王妃を侮辱していることになる。
「スラン殿の元になぜ簡単に手紙を届けられたかわかるか?普通なら警護が厳しいはずだが僕がお願いをしたからだよ。どうしてもヘレン婦人の悪事を暴きたくて。僕が願った通り、行動をしてくれるなんてありがたくて涙が出そうだ」
ワナワナと震えているヘレン婦人にアレックス王子はゆっくりと言う。
「俺が騙されたというのか!」
不服そうなスランにアレックス王子は頷いた。
「バカなりに理解が出来た?こうしてノコノコこの場にやって来たのも、全部監視されているんだよ。一人できたつもりだっただろうけれど、残念ながら君の国の騎士が後から付いてきている」
そう言うと、会場の入り口からぞろぞろとヴェルダン国の騎士達が入って来た。
先頭に居た、幼さを残した男性がアレックス王子に頭を下げる。
「お騒がせしております。馬鹿な兄で申し訳ございません。本日すべての書類の手続きがおわりました。スランは一生表に出さないのでご安心ください」
「おい!どういうことだ!俺は、この女が俺を慕っているからって来たのに!全く話が違うじゃないか」
さすがのバカでも分が悪くなったと思ったのか文句言い始めたのでヴェルダン国の騎士達がスランを締め上げた。
「痛い!俺をどうするつもりだ!」
無理やり立たせられたスランの手首に縄を付けているのを眉をひそめて眺めていた若い騎士がもう一度アレックス王子に頭を下げる。
「とりあえず兄を連れて帰ります。後日正式にお詫びに伺います」
「気にしないで、僕もヘレン婦人の悪事が暴けたからお礼を言っておいてくれ」
アレックス王子の言葉を受けてもう一度頭を下げると、縄で縛ったスランを騎士達は連れて行った。
呆然と見ていると、兄が私に囁いてくる。
「ヘレン婦人とルビーに気を付けろよ。お前に敵対心があるようだから」
「わかったわ」
兄の言葉に改めてルビーちゃんを見ると俯いていて表情が見えないが両手でぎゅっとドレスのスカートを握りしめている。
「ヘレン婦人。今日も惚れ薬を入れるかと期待していたけれど、邪魔が入ったから無理だったね」
「私がそんなことをするはずが無いでしょう」
何事も無かったように言うアレックス王子にヘレン婦人は顔色は悪いが気丈に答えている。
「それならば、身体検査をしましょう。あ、何も出てこなくても手紙をスランに送ったことは罪になりますからね」
アレックス王子が控えていた騎士に目配せするとぞろぞろとヘレン婦人とルビーちゃんを取り囲んだ。
「いい加減にしなさいよ!」
ヘレン婦人の大声にルビーちゃんが突然走り出した。
それをすぐに騎士が行く手を阻止すると、ルビーちゃんはポケットから小瓶を取り出すと私に向かって投げてくる。
「うわっ」
小瓶が私に当たる前に兄が見事にキャッチする。
「流石お兄様!」
「これぐらいはできる!」
私が褒めると兄は嬉しそうだ。
ルビーちゃんは騎士達に拘束されながらも私を睨みつけた。
「私がアレックス王子に惚れられるはずだったのに!」
「えぇ?」
ルビーちゃんの恨み言に私は眉をひそめる。
「私って惚れ薬で気に入られたと思っているの?」
「そうよ!あの魔女が全く違う作用をする薬を作るから。今度こそまともな薬だったのに!」
「魔女って何かしら?」
「あのおとなしい子が恐ろしい……」
静かに見ていたパーティーの参会者たちが口にしているのが聞こえてくる。
ザワついている会場にアレックス王子の笑い声が響いた。
愉快に笑っているアレックス王子が逆に恐ろしくなってくるが、彼は気にせずルビーちゃんを見つめた。
「惚れ薬を入れたのはやっぱり娘の方だったか。言っておくけれど惚れ薬は効果が無いよ。僕は演技をしていただけだから。あの魔女は偽物だ」
むしろ本物の魔女がいるのだろうかと疑問に思いながらルビーちゃんを見ると目を見開いて驚いている。
「そんな……」
「残念だったね。大金を積んだのにね」
ヘレン婦人とルビーちゃんは騎士達に拘束されて項垂れながら会場を去って行った。
意外とあっけないヘレン婦人たちの退場にあっけにとられながら兄を見上げた。
「お兄様、これで私実家に帰れるわ」
「そうだな。まさか惚れ薬が偽物だったとは驚きだ」
「みんなそう思っていたでしょ」
惚れ薬よりもアレックス王子から貰った指輪の行方が心配で今すぐにでも実家に帰りたい。
兄は手に持っていたままの小瓶を思い出して歩き出した。
「その惚れ薬の証拠かもしれないから、渡してくる」
去っていく兄を見送って私も実家に帰っていいか聞こうと一歩踏み出した。
「わっ」
小瓶からこぼれた液に足を滑らせて転びそうになった私をエドモンド様が支えてくれた。
「大丈夫?」
「ありがとうございます」
エドモンド様が支えてくれなければ危うく床に転ぶところだった。
お礼を言いながらエドモンド様を見上げると綺麗な青い瞳と目が合った。
美しすぎるエドモンド様の顔が近くにあり、目が離せない。
ブロンドの髪の毛と青い瞳は昔から変わらない。
小さい頃、私の秘密基地でたまに会った綺麗なお兄さんは今でも美しい。
なにか、大切なことを思い出しそうだ。
指輪と関係しているような……。
「どうしたの?」
じっと顔を見つめられて居心地が悪そうにしているエドモンド様には悪いと思いつつ何とか思い出そうと記憶を辿る。
「なにか思いさせそうなんです」
じっと青い瞳を見ていると急に指輪を隠した場所を思い出した。
「あっ!」
そうだ、アレックス王子から貰った大切な指輪を誰にもとられないように廃墟の教会に隠したんだった!
お気に入りの缶に入れて、私と綺麗なお兄さん以外近寄らない秘密基地へ。
大好きな大きな木の根元に穴を掘って缶を埋めた。
そうだった!
急に閃いてエドモンド様の手を握った。
「ありがとう!エドモンド様大切なことを思い出したわ!」
「そ、そう?」
きっと何を言われたのか分からなかったのだろう、エドモンド様は複雑な顔をして頷いてくれる。
意味が解らなくて大丈夫、エドモンド様のおかげで思い出せたから。
記憶は間違っていないはずだ。
そうと決まれば早く家に帰りたい。
いつまでも手をエドモンド様の手を握っていると冷たい視線を感じて慌てて手を離す。
「手を握り合って、どうかした?」
にこやかに近づいてくるアレックス王子に私は頷く。
「足を滑らせたらエドモンド様が支えて下さったの。お礼を言っていたのよ」
「そう?何もないからいいけれど、これで僕の大嫌いなヘレン婦人を社交界から追放できた。今日はいい日だね」
晴れやかに言うとアレックス王子は集まっていた人たちを見回す。
「お騒がせしました。どうぞ、引き続きパーティーをお楽しみください」
そう言われても楽しめるはずもないだろうにと思う私だったが、アレックス王子の言葉に集まっていた人たちは微笑みながら頷くと近くに居た人たちと一斉に話し出した。
立食形式のために飲み物を片手にヘレン婦人の悪口を言いまくっている参加者たちを横目に見ながらアレックス王子に近づいた。
「まさか、自分達から罪を告白するとは思わなかったわ」
晴れ晴れとした顔をしているアレックス王子は私の肩を抱いて歩き出す。
「バカなんだよ。だいたい魔女なんて居ないのに、大金を出したり。バカ王子に手紙を出したりして頭おかしいとしか思えないね。自分はマーガリィ王妃と親友だから多少何をしても疑われないと思っていたのかもしれないね」
「アレックス様に嫌われているのに、それでも娘を結婚させたいと思っていたことに驚きだわ」
「そうだね。僕が嫌っているなんて微塵たりとも思っていた無かったんだよ」
アレックス王子と廊下にでると、顔色の悪いマーガリィ王妃と鉢合わせした。
マーガリィ王妃はアレックス王子に頭を下げる。
「本当にごめんなさい。まさか、ヘレン婦人が犯人だったなんて……」
「マーガリィ王妃は何も悪くありませんよ。ただ、友人は選んでください」
「そうね。これからはアレックス王子のいう事を聞くわ……」
「そうしていただけると助かります」
マーガリィ王妃はそう言うと深々と頭を下げて、部屋へと戻って行った。
「なんだか可哀想ね、マーガリィ王妃」
元気が無い王妃の背中を見つめて呟くとアレックス王子は肩をすくめる。
「自業自得だよ」