16 マーガリィ王妃の誕生日パーティー1
マーガリィ王妃の誕生日パーティ当日。
私はアレックス王子のエスコートで会場に入る。
実家から送ってもらったドレスは行方不明中の指輪を思い浮かべるような薄いピンク色だ。
ドレスの色まで、私を苦しめてくる。
あぁ、私がもらった指輪はどこにしまったかしら。
アレックス王子と想いが通じあって幸せよりも、指輪が気がかりでちっとも楽しくない。
アレックス王子は金色の瞳と髪の毛と同じように金ぴかの洋服を着ている。
金ぴかというのは語弊があるが、白を基準とした盛装に装飾品が金色なのだ。
いつも以上にキラキラしているアレックス王子は上機嫌に私をエスコートして歩いて行く。
「レティ、とても綺麗だよ」
「ありがとう。アレックス様も昔と変わらず美しくてカッコいいわ」
出会った頃から彼は大人だったがいつも若々しい。
同年代の男性と全く違う。
集まっていた人々が私たちを見てヒソヒソと話しているのが見えた。
私とアレックス王子が一緒に居ることに驚いているようだ。
離婚歴がある女をエスコートしている時点で噂の的だが、私たちの事を面白おかしく噂しているのだろう。
「僕が女性をエスコートするっていうことは結婚相手という意味だから。ほら、見てごらんヘレン婦人が悔しそうな顔をしているよ」
アレックス王子は面白そうに言うと視線を会場の奥へと向けた。
地味な色のドレスを着たヘレン婦人と真っ赤な派手なドレスを着ているルビーちゃんの姿が見えた。
ヘレン婦人は唇を嚙みしめて私たちを見つめている。
よっぽど娘をアレックス王子に嫁がせたかったのだろう。
醜い顔をしているヘレン婦人とは対照的に隣に居るルビーちゃんは悲しい顔をしていた。
「ルビーちゃんはアレックス様が好きだったのかもしれないわね」
親はあくどいが、子に罪はない。
ルビーちゃんに申し訳ない気がして呟いた私にアレックス王子は首を傾げる。
「それは無いな。僕が好きというよりは、王子であり次期王になる僕が好きって言う事だね」
「あー……」
それは分かる気がすると私は笑みを浮かべながらもうんざりと返事をした。
王の妻になりたいなんて、浅はかすぎる。
勉強することも多いし、それなりの教養とマナーを身に着けないといけないのにそれをルビーちゃんに耐えられるとは思えない。
アレックス王子にエスコートされながら会場を歩き、マーガリィ王妃へご挨拶に伺う。
華やかなドレスに身を包んでいるマーガリィ王妃は今日の主役というオーラを醸し出している。
「お誕生日、おめでとうございます」
アレックス王子に続き私もマーガリィ王妃に挨拶をする。
「ありがとう、ただもう年齢を祝う年でもないのだけれどね。アレックス王子に聞いたわ。レティシアちゃんがアレックス王子を受け入れてくれて嬉しいわ。これからも、よろしくね」
優しい笑みを浮かべているマーガリィ王妃は普段と全く変わらない。
親友と呼ばれているヘレン婦人が悔しい顔をしていても気にならないのだろうか。
「アレックス王子から頂いたイヤリング早速付けてみたのよ」
マーガリィ王妃は両耳についている大きなダイヤのイヤリングを誇らしげに見せてくれる。
アレックス王子がどんなアクセサリーを買ったのか知らなかったが、なかなかいいデザインだ。
「よくお似合いです」
私が褒めるとマーガリィ王妃は嬉しそうに微笑んだ。
「息子からのプレゼントは嬉しいものね」
「マーガリィ王妃、僕も義理と言えど母に贈り物が出来て幸せですよ。ただ、ご友人は選ばれた方がよろしいかと思いますが」
にこやかに言うアレックス王子にマーガリィ王妃はキョトンとした目をする。
「友人がどうかしたかしら?」
「ヘレン婦人がレティを恐ろしい目で見ていますよ。僕とレティが一緒に居るのが気に食わないようだ」
アレックス王子は他の客に聞かれないように小さな声で言うとマーガリィ王妃は困ったように眉尻を下げた。
「何度言っても理解してくれないのよ。ヘレン婦人は昔からアレックス王子はルビーちゃんと結婚するのが一番いいとか、きっと王子も気に入るはずと言って聞かないのよ。何度も、それはアレックス王子が決めることだから私には権利が無いと言っているのにねぇ」
困ったもんだと頬に手を当てながらチラリとヘレン婦人に視線を向けすぐに元に戻す。
「本当に物凄い顔をしているわねぇ。あんな顔初めて見たわ」
さすがのマーガリィ王妃もヘレン婦人の異変に気付いたのか引きつった顔をしてアレックス王子と私を見つめた。
「最近よくあのような顔をしていますよ。もしかしたら、僕に惚れ薬を入れたのはヘレン婦人かもしれないですねぇ」
微笑みながら言うアレックス王子にマーガリィ王妃は首を振った。
「流石にそこまではしないでしょう?王子の飲み物に薬を入れるなんて犯罪じゃない」
「犯罪をしてでも僕と娘を結婚させたかったのでしょうね。今夜また入れたら現行犯逮捕しますよ」
「だから今日は騎士達の数が異様に多いのね。もしヘレン婦人が犯人でも今日はやらないでしょう。ヘレン婦人が犯人だったら私ショックで寝込みそうだわ」
「義母上はもう少し人を疑う目を養った方がいいですよ」
「ヘレン婦人はいい人なのよ……。疑ったことも無いわ」
アレックス王子とマーガリィ王妃は微笑みながらもコソコソときわどい会話をしている。
私も微笑みながらそっとヘレン婦人を盗み見た。
イライラした様子が隠し切れないヘレン婦人は娘を睨みつけると何かを囁いて背中を軽く押している。
きっとアレックス王子の元に行けと言っているに違いないが、さすがのルビーちゃんも私たちの間に入ることはできないようだ。
ヘレン婦人が娘をよこそうとしているのを見てアレックス王子は私の腰に手をまわした。
「ご挨拶も終わりましたので失礼します」
「そうね、パーティーを楽しんで」
疲れた様子のマーガリィ王妃はそれでもにこやかに私たちを送り出してくれる。
「マーガリィ王妃はヘレン婦人を信頼しているのね」
アレックス王子を見上げると彼は眉を上げる。
「純粋な人なんだよ」
「アレックス王子、少しよろしいですか」
アレックス王子の後ろから護衛騎士が報告を始めているのを見ていると後ろから兄に肩を叩かれた。
兄も騎士なので会場の護衛をまかされているようだ。
アレックス王子が護衛騎士と話しているのを確認して私の耳に囁いてくる。
「レティシア、アクセサリーを取りにお前の部屋に入ったけれど例のあれは見当たらなかった。悪いと思いつついろいろ探したがどこにも見当たらなかったぞ」
「そんな気はしていたわ……。探してくれてありがとう」
兄も心配してくれているのだろう。
兄に感謝しつつ、やっぱり無かったかかと落胆する。
「まだ思い出せないのか?宝石箱ではない場所なんだろう?」
小声で聞いてくる兄に私は頷いた。
「そうなのよ。どうしよう……」
助けを求めるように兄を見るが眉をひそめたまま顔を背けられた。
「俺は知らない。お前が自分で思い出せ」
小さく言うとアレックス王子に勘づかれないためかそっと去っていき壁に立って警備を開始している。
護衛騎士から報告が終わったアレックス王子が私に近づいてきた。
「ごめんね。さぁ、少し踊ろうか」
生演奏の曲が流れる中、アレックス王子は優雅に私をダンスに導いた。
注目を浴びながらアレックス王子と私はゆっくりと向かい合う。
「レティと踊るのは久しぶりだね」
力強く腰を引き寄せられて体が密着する。
「久しぶりだけれど、ここまで近づかなくてもいいんじゃないかしら」
ホールドにしては近づきすぎだ。
ほぼ密着した状態でアレックス王子は私の手を取った。
「そう?もう我慢しなくていいからね」
体も密着しているが、それ以上に顔が近い。
唇がくっつきそうなほど近づいてくる。
離れようとするが、がっちりとホールドされたままアレックス王子のリードでダンスが始まる。
ダンスを踊っている人は若者がほとんどで、大人たちはヒソヒソと噂話をしながら私たちを見ている人がほとんどだ。
声を潜めているが、”離婚” ”出戻り” ”隣国の王子に捨てられた”という言葉が聞こえてくる。
その通りなのだが聞いていていい気分ではない。
「アレックス様は本当に出戻りの私でいいの?」
なんとなしに聞いてみるとアレックス王子はニッコリと笑って私の額に軽くキスをした。
「もちろんだよ。レティ以外は考えられない。僕がどれほど君を手に入れるため手を尽くしてきたか。それなのにバカ王子に取られて最悪だったよ」
「そうだったの?」
「君をお嫁さんにするため僕は何年もかけて用意をしていたんだ。それなのにバカ王子が戦争をするとけしかけてきたから仕方なく君を手放さないといけなかった。でも直ぐに迎えに行く予定だったよ。惚れ薬の影響で少しだけ早くなったけれどね」
囁くように耳元で言われて恥ずかしくなってくる。
そんなに長く私を気にかけてくれていたのかと心が温かくなるが、兄の”あいつはロリコンだ”という言葉がよぎって慌てて首を振った。
「嬉しいわ」
アレックス王子が何か言おうと口を開いた時に会場の入り口が騒がしくなった。
「おい!お前ら!俺の事を騙しただろう!」
大きな声を出して会場に入ってきたのはあのバカ王子ことスラン王子の姿。
なぜかスラン王子の国の騎士服を着こんで会場に乗り込んできた。
なぜあのバカ王子がここに居るの!