14 寒い夜
窓から見える景色は一面雪だ。
すっかり夜になり、満月が雪を照らして輝いている。
吹雪いていた雪は止み、静かな夜だ。
上機嫌なアレックス王子は私を抱きしめたまま放さない。
いい加減放してほしいが、言っても聞かないだろう。
アレックス王子に後ろから抱きしめられたまま私達は暖炉の前に座ってボーっと火を眺めている。
暇なのは私だけで、アレックス王子は私の髪を触ったり頬にキスしたりと忙しい。
これではまるで小さい頃に戻ったようだ。
「私が小さい頃もこうやってアレックス様の膝の上に乗せてもらっていたことを思い出すわ」
私が生まれてから親同士仲が良かったために気づけばアレックス王子はこうやって私を膝の上に乗せて可愛がってくれていた。
兄と妹の関係だと思っていたが、違ったようだ。
「そうだね。赤ちゃんの時も、幼い時も可愛かったけれど、今も可愛いよ」
そう言ってまた髪の毛にキスをする。
彼の手から逃れたいが、この小屋から出ることはできないためにされるがままだ。
アレックス王子は私の顔を覗き込んできた。
「母が亡くなった時、レティが会いに来てくれたことを覚えている?」
「覚えているわ。とても悲しかった」
まだ6歳だった私は、母と仲が良かったアレックス王子のお母さまカミラ王妃が亡くなった時初めて人は死ぬんだと認識した。
病気で穏やかな最後だったという話だが、幼い私には衝撃的だった。
アレックス王子はあの時16歳で私から見たらかなりお兄さんだったけれど、あの日ばかりは辛そうで、私も悲しかった。
「そうだね。可愛い小さなレティは僕を必死に慰めてくれて嬉しかったよ。あの時あげた指輪のこと覚えているかな?」
「……指輪?」
にこやかに言うアレックス王子の言葉に首かしげて直ぐに思い出した。
昔、カミラ王妃が亡くなって悲しくて泣いている時にアレックス王子が指輪をくれたような気が……。
「あの指輪は、母の形見と言ったら大袈裟だけれど母が持っている宝石の中で一番僕が気に入っていたものなんだ。だからルティに持っていてほしかった」
後ろから抱きしめながら静かに言うアレックス王子の言葉に冷や汗がドッと出てくる。
そんな大切な指輪の存在を今の今まで忘れていた。
確かに貰ったような気がするが、どこに置いたか思い出せない。
しばらく帰っていない実家の自分の部屋の宝石箱を思い浮かべても指輪なんて1つも入っていない。
どこに置いたのかしら。
そんな大切な指輪を6歳の子にあげるんじゃないわよ!
心の中で文句を言いながら指輪の置き場を必死に思い出そうとするがさっぱり思い出せない。
確かに指輪を貰った。
6歳の私にはブカブカでいつか大人になったら薬指にするのなんて呑気に言っていた。
金の指輪で小さな模様が入っていて、石は小ぶりでカミラ夫人が好みそうなピンク色だった。
デザインは思い出したのにどこにしまったか思い出せない。
アレックス王子に悟られないように頷いて笑みを作った。
「綺麗な指輪だから大切にしているわ」
「ありがとう。母も大切にしていたから嬉しいね」
カミラ王妃も大切にしていたという言葉を聞いてまた冷や汗が出てくる。
思い出すのよ!
大切にしすぎて宝石箱に入れたら誰かに盗まれたら大変だから別の所にしまおうと思ったことも思い出した。
「そんな大切な指輪を貰ってよかったのかしら」
引きつった笑みを浮かべてアレックス王子を振り返る。
美しい笑みを浮かべてアレックス王子は頷いた。
「愛するレティに持っていてほしかった」
思い出が詰まった大切な指輪は今、行方不明だ。
今すぐに実家に飛んで帰りたい。
行方不明といえば、国宝と言われている暁の星もだったわね。
空の星も光に当たると星の光が浮かび上がってとても綺麗だったから一度見てみたかった。
行方不明の侍女が暁の星を盗んだとしたら、私の指輪も一緒に盗んでくれていたらいいのに。
そうしたら他人のせいにできる。
暁の星の事を思い浮かべてハッとして後ろのアレックス王子に向き直る。
「ねぇ、まさかと思うけれど私がもらった指輪は”暁の星”ではないわよね?」
暁の星が行方不明になった時期と私が指輪を貰った時期が同じだ。
そして赤よりのピンク色の指輪。
すべてが一致する。
それが今行方不明かもしれないと気付き胃がキリキリと痛みだした。
目を見開いて迫る私の気迫に驚いたアレックス王子は若干身を引いて首を振った。
「違うよ。さすがに暁の星を幼いレティに渡さない」
「そうよねぇー!よかったわ」
暁の星だったら大変なことだったとそっと息を吐く。
「暁の星と空の星かなりの大きさの宝石だ。さすがに誰にも触らせることは無いよ」
「この前は特別に見せてくれたのね。とても綺麗だったわ」
うっとりして言う私にアレックス王子は微笑んだ。
「そうだね。いつか暁の星を君に見せてあげたいが、残念ながら行方不明だ」
行方不明という言葉に胸が痛む。
貰った指輪が今どこにあるか分からないのと言いたいが、王妃の形見やら僕も気に入っていたなどと言われてはとても言い出すことが出来ない。
6歳の私は大切にしすぎて宝石箱には入れずにどこへ置いただろうか。
一睡もできず気付けば空が明るくなってきている。
アレックス王子は上機嫌だったが、私の頭の中は指輪の事で頭がいっぱいだ。
早く実家に帰りたいと思っていると、山小屋の外から騎士達の声が聞こえてきた。
アレックス王子は私を抱えたまま立ち上がる。
「夜が明けたから助けが来たな」
私を抱えたままドアに向かい開けると、ノックをしようとしていた騎士長が目を丸くして立っていた。
「ご無事ですか?」
年配の騎士長はドアをノックしようとしていた手を上げたまアレックス王子を見て大事そうに抱えてれている私に視線を向けた。
「有意義な一晩だったよ」
上機嫌なアレックス王子に騎士長は意味ありげに頷く。
後ろで見守っていた騎士達も私とアレックス王子を見てニヤニヤ笑っているのが見えた。
アレックス王子が意味ありげに言うのも良くないと私は騎士長とその後ろの騎士達を見た。
「何もありませんでしたからね!」
「そのようなことは我々に報告しなくて大丈夫です」
いい方は真面目だが顔がにやついている護衛騎士達に私は引きつった笑みを見せる。
「誤解されても嫌なので……」
「薬の影響もあるし仕方ないですよね」
そうだった、惚れ薬を飲んだ設定になっているんだったと私はそっとため息をつく。
アレックス王子はヘレン婦人をなんとか社交界から追い出したいようだからそれまで演技を続けるつもりなのだろう。
ヘレン婦人よりも私は指輪の行方の方が気になって仕方ない。
「無事で良かった。二人の事、とても心配だったよ」
ニヤニヤしている騎士をかき分けて前に進み出てきたエドモンド様が晴れやかな笑顔で言ってくれる。
彼だけは私とアレックス王子がどうなろうと好奇心な目を向けてこない。
「エドモンド様は本当にいい人ね」
しみじみ呟いた私にアレックス王子が冷たい目を向けてくる。
「他の男を褒めるなんて、いけない子だね」
演技なのか本気なのか分からず私は曖昧に微笑んでおく。
護衛騎士達が雪を蹴散らした山道を私たちは下って町へ降りることができた。