1 離縁で結構!
「レティシア・オートナー! お前とは離婚だ!」
私に向かって指を指して宣言するバカ王子を冷めた目で見つめた。
生まれ故郷の国から隣の国に嫁いできて約2年。
バカ王子はなぜか私と結婚すれば国が栄えるとか幸福になると聞いたからと言って無理やり嫁にさせれた。
バカ王子に嫁いだからにはなんとかコミュニケーションを取ろうと頑張ったが数多くいる愛人の元に毎夜出かけていくために、2年間で会話したのは片手で数えるほどだ。
毎日やることも無いので自室で本を読んでいた私の部屋に突然入ってきて宣言をするバカ王子。
どこまでバカなのかと黙って見つめていると痺れを切らした王子がワナワナと震え出した。
「何か返事をしろ!離婚は困りますとか何か言え!」
顔だけはいいバカ王子は今日も後ろに愛人を数人連れている。
今日もこれからお楽しみなのだろう。
どこまでもバカなのか。
バカな姿を見せられて離婚しないでと縋るほど私も落ちぶれてはいない。
そもそもあの男に愛は初めからなかったし、育むことも無かった。
むしろ離婚大歓迎だ。
離婚を突きつけられて嬉しくて思わず顔が綻んでしまいそうになり慌てて無表情を作る。
結婚してから私はずっとこの無表情で過ごしてきたのだ。
人形のような美しい顔と言われた私が無表情にしていると恐怖を感じるらしくバカ王子はさっと目を逸らす。
「お前のその人形のような顔が本当に怖くて苦手だ!ちっとも俺は幸せにならないし!国も栄えない!お前など二度と顔を見せるな!」
後ろに居る女性たちも私の顔を見てクスクスと笑っている。
「王子に気に入られないなんて可哀想~。私は何度抱いてもらったか。結婚していても抱いてもらえないなんて悲劇ねぇ」
「王子に愛されない結婚なんて不幸ねぇ」
これ見よがしに馬鹿にしてくる女性達を私は心の中で笑う。
そんな頭と性格も悪い王子になんて相手にされなくて結構よ。
私が心の中で馬鹿にしているのが解るのか女性達はギロリと睨んでくるがそんなものは怖くも無い。
バカ王子は偉そうに書類を私に投げつけてきた。
私の体に書類が当たると床に散らばっていく書類の束たち。
散らばる書類の束の中から紙を一枚取って読むとどうやら離婚手続きの書類のようだ。
すでに離婚は完了しているからバカ王子は私を生まれた名前で呼んだのだろう。
やっとこのバカな王子達から解放されると私は無表情のままソファーから立ち上がった。
「わかりました。どうもお世話になりました」
一応衣食住を与えてもらったお礼を言う。
頭を下げる私にバカ王子は顔を引きつらせている。
私が泣いて叫ばないのが気に入らないらしい。
たった数回の会話でもバカ王子の感情は手に取るようにわかる。
「お前は俺の見当違いだった!何が幸せを運ぶ女だ!騙された!」
本当に馬鹿すぎて呆れて物が言えないとはこの事だ。
私は人生で一度もそのようなことを言われたことは無いし、言ったことも無い。
どこの誰がそんなバカの事を言ったのだろうか。
私が幸せを運ぶ女ですって?
そんなことを言ったやつ出て来い!
そう言いたいのをグッとこらえて無表情を貫いていると廊下がザワザワと騒がしくなった。
バカ王子の女が来たのかと様子を伺っていると、懐かしい声が開いたままのドアの向こうから聞こえてきた。
「おや、お取込み中だったかな?」
ニッコリと微笑んで廊下に立っている男性を見て驚きで声が出そうになる。
私の生まれ故郷のノイエン王国のアレックス第一王子が立っていた。
最後に彼を見たのは2年前。
私が無理やり嫁に行くのを最後まで抵抗してくれた人だ。
私の母とアレックス王子の母が親友同士だったために小さい頃良く面倒を見てくれていた。
9歳も年上の彼は幼い私のことを優しく接してくれていた。
小さい頃はアレックス王子と結婚するんだと決心していたほど懐ていたが、王子の母が若くして亡くなってから交流はほとんどなくなってしまった。
それでもたまに会えば優しくしてくれている彼を兄のように慕っていたのだから懐かしくて顔が緩みそうになってしまう。
密かに恋心をずっと抱いていたことは秘密だ。
「アレックス王子。突然来るなんて失礼だな!」
バカ王子は驚きながら言うと、アレックス王子は軽く肩をすくめた。
2年前と変わらない美貌を保っているアレックス王子にバカ王子の取り巻きの女たちもうっとりと見つめている。
そうでしょう!
アレックス王子は美しいのよ。
なぜか私は自分の身内でもないのに誇らしい気分になる。
今年32歳になるアレックス王子は年齢を重ねて色気が出ているようだ。
前髪にかかる長さの金色の髪の毛、瞳も不思議な金色をしている。
唇は化粧もしていないのにほんのりと濡れているように輝いていて、不思議な瞳の色と相まって色っぽい。
基本いつもニコニコしている人で、優しいところが彼のいい所だ。
「どうしてここに?」
私が小さく聞くとアレックス王子は晴れやかに微笑んだ。
「レティを迎えに来たんだよ!ちょうどタイミング良かったようだね」
「私を迎えに?」
離婚することを知っていたのだろうかと思わずバカ王子を見ると彼も奇妙な顔をしている。
どうやらバカ王子が離婚することを知らせていたわけではないのね。
「俺がこの女と離婚するのを知っていたのか?」
バカ王子が言うと、アレックス王子は微笑んだまま首を振った。
「まさか。僕が惚れ薬を飲まされてしまってね。それでもう我慢できなくなってしまったんだよ」
「……惚れ薬?我慢できないって何を言っているんだ?」
バカ王子が馬鹿な顔をして言うが、私も残念ながら理解ができない。
アレックス王子は何を言っているのかしら。
「どこかの誰かが僕の飲み物に惚れ薬を入れたらしいんだ。それをうっかり僕が飲んでしまってね。レティを愛していることを我慢できなくてこうして会いに来てしまったんだよ」
「……惚れ薬ってそういうものだったか?」
アレックス王子の言葉にバカ王子が誰ともなしに問いかけるが答える者は居ない。
絶対に違うような気がするわ。
惚れ薬って初めに見たものを好きになるっていうものじゃないのかしら。
バカ王子に言ってやりたいがわざわざ教えてやることも無い。
アレックス王子は集まっている女性達を避けて室内に入って来た。
「失礼。タイミングよく君たちが離婚してくれて助かったよ。ちょうど愛しいレティに会いに来たら離婚という言葉が聞こえてね。僕がどれだけ感激しているか分かるかな」
そう言って床に散らばっていた書類を綺麗な指が回収していく。
優雅に私たちの離婚の書類を回収していくアレックス王子を呆気にとられながら見ているとバカ王子が声を荒げた。
「離婚をする話はどこで聞いたんだ!その話を聞いたから慌ててやってきたのだろう?」
「偶然だよ。僕は本当にただ会いに来ただけだ。これで書類は全部かな」
注意深く集めた書類を確認して綺麗にまとめると私に視線を向けた。
金色の瞳は不思議な光を宿していて目が離せなくなる。
じっと見つめ合っているとアレックス王子は、私の事が愛おしいというように微笑んだ。
「さぁ、帰ろう」
そう言って手を私に差し出してくる。
この手を握っていいものか戸惑っていると、アレックス王子が私の手を掴んだ。
「離婚は済んだのだからここに居る必要はないだろう?スラン王子も女性達と楽しみたいだろうから僕達はこれで失礼するよ」
力強く腕を掴まれて、微笑んでいるアレックス王子に引きずられるように歩かされた。
呆気に取られているバカ王子と女性達の間を通り抜けて廊下へと出る。
私たちの様子を見ていた騎士や城の偉い人達が蜘蛛の子を散らすように廊下の端へと散らばっていく。
アレックス王子は口角を上げたままチラリと散らばっていた人達に視線を送ると私の手を引いて歩き出した。
「本当にいいタイミングだった。さっさと帰ろう」
色々聞きたいことはあるが、2年間バカ王子と結婚しているのは辛い現実だった。
やっとこれで自由になれるのだ。
嬉しくて顔が緩みそうになりギュッと顔に力を入れる。
この国にはいい思い出が1つもない。
絶対に気を許すものか。
アレックス王子に手を引かれながら本当に帰ることができるのだとそっと息を吐いた。
やっとこれで辛い日々が終わる。
さようならバカ王子。
心の中で別れを告げて後ろを振り返るとバカみたいな顔をしている王子が女性達と並んで立っているのが見えた。