【番外編】・日髙ゆうき、勇気をもって結婚記念のワインを購入する!?<前編>
「はぁ……」
とある、少々おしゃれな居酒屋の個室に、日髙ゆうき(28歳)のため息が響き渡る。
「なによー久々の女子会なのに、辛気臭いため息ついちゃってさー。もしかしてまた緑川さんのこと?」
親友の染谷 姫子は自社が輸入しているイタリア産のスパークリングワイン――スプマンテ――を、口に運びつつ、ちくりと一言。ちなみにこのワインがこの居酒屋に置かれているのは、姫子の営業成果である。
「ち、ちがうよー! 結婚式のことだよ……」
「ええ!? ゆうき、結婚するの!?」
「あ、ち、ちがう、ちがう! 高校の頃の友達が、また1人結婚するんだよー……」
「そっかぁ、また先越されちゃったんだぁ」
「うぐっ……」
目の前の姫子も、去年、大恋愛を成就させた既婚者である。
すでに、ゆうきの人間関係の、ほぼ8割が婚姻している状況にあった。
「でさ、今度結婚する友達からも、お祝いのワインを期待されててね……」
ゆうきがソムリエ試験に合格したのは、つい去年のこと。
しかしおひとり様をいいことに、さまざまな国に旅行へ行ったり、美食めぐりが趣味だったゆうきは、資格取得以前から、わりとワインには詳しかった。故に、友人が結婚する度に、ゆうきが新郎新婦へ向けて、記念となりそうなワインを贈るのが仲間内での恒例行事となっていたのだ。
「ご祝儀も払って、更に記念に残るようなワインも、だなんて相変わらずお金かかって大変そうね
「まぁ、いいんだよ。こうして頼られるのは嬉しいし……」
「なんで、こんなに優しくていい子に旦那どころか、彼氏1人もできないんだろうねー」
「なんでだろうねぇ……で、いよいよ贈るワインの万策が尽きそうなわけでして……さっきのため息は、そういうことなのです……」
すでに友人の結婚式に出席したのは、両手を二巡するほどだった。
最初はお祝いの定番な"シャンパン"を送っていたが、それではつまらないと思い始めて、手を替え、品を替え……更にソムリエ資格も取得したものだから、友人たちからの期待値は上がる一方であった。
「なんかさー姫ちゃんの会社で、お祝いに良さげなワインないー?」
「まぁ、あるにはあるけど……てかさ、これチャンスじゃない?」
「チャンス?」
「緑川さんに相談しちゃえばいいじゃん? あの人、絶対そういうのに詳しそうだし」
「っ!?」
「あわよくば一緒にワインショップなんかで買い物をして、ゆうきも"私も結婚したいなぁ"なんて、匂わせすればいいんじゃない?」
「もう、また姫ちゃんはそういうこと言う……」
「ガンガン行かなきゃダメよ? ガンガン! 私だってそうやって、ようやく武雄と結婚できたんだから……」
今は明るく振る舞っているが、大学の初め頃からゆうきに出会うまで、姫子は割と散々な目に遭ってきた。
それでももがき、苦しみ、立ち上がり、今の幸せを手にした彼女。
それを親友としてよくわかっているゆうきは、彼女の言葉をそう易々とは無碍にできない。
「ガンガンかぁ……」
⚫︎⚫︎⚫︎
「あ、あの! 緑川さん、ちょっとご相談が……」
ある日のTODOROKI閉店後、日髙さんがものすごく深刻な様子で、声をかけてきた。
「どしたの?」
「えっと、その……あ、明日の店休日、半日でもいいんでお時間を作っていただけませんか!?」
「明日は午後からだったら大丈夫だよ。それでも良ければだけど」
「全然構いませんっ! ありがとうございますっ!」
「で、相談ってのは?」
「じ、実は、贈り物のワインを一緒に選ぶ……というかアドバイスを頂きたいと言いますか……」
ソムリエの有資者で、そこらの人より遥にワインを知っている日髙さんが、わざわざこうして頼ってきてくれた。
これはきっと、ものすごく重要な相手への贈り物に違いない。
ならば師匠としてちゃんと彼女の力になってあげないと!
――そうして迎えた翌日の昼過ぎ。
俺は日髙さんとの待ち合わせ場所である、駅前へ向かった。
「こんにちは! 早いね」
「あ、あ、どうも! なんか早く着いちゃいまして、あはは!」
早いというか、今は約束の時間の30分前であった。
それほど、気合を入れて贈りたい相手なのだろう。
益々しっかりとアドバイスをしなきゃとこちらも気合を入れ直す。
そして駅前でもワインの品揃えで評判のいい、酒屋へ入って行った。
「で、どういった人へ今回ワインを贈るつもりで?」
「友人へ、なんですけど……あ、もちろん、女性ですよ!?」
「女性ね。で、どんなシーンなわけ?」
「あ、えっと、それは……」
何故か日髙さんは黙り込んでしまった。
「どしたの?」
「いえ! その! と、とりあえず! 予算は3万円まで! 長期熟成可能な銘柄で、緑川さんなら何をお贈りになるのか気になると言いますか……せっかくの機会なので、伺いたいなぁと思っていまして……」
「もしかして友達の結婚お祝いようにワインを贈りたいとか?」
「ッ!? な、なんでわかったんですか!?」
「そりゃ、まぁ、よくある相談だから……」
「ああ、なるほど……あはは……ワイン、知ってるってなると案外多い相談ですよね……」
日髙さんは乾いた笑いをあげるのだった。
「俺にわざわざ相談をしてきたってことは、シャンパンはNGな感じでしょ?」
「やっぱり、緑川さんってすごいですね……仰る通りです」
ならばちょうどいいアイテムがある。
俺は日髙さんと一緒に、店の奥にある大型ワインセラーへ向かってゆく。