BTG頂上決戦っ!!!
いよいよ決勝戦。
正直、かなり待たされたからめっちゃ腹が減った。
さすがにこれが終わって、李里菜にローストビーフを作らせるのは酷というもの。
今夜は、結果がどうであれTODOROKIで夕飯だな。
腹の虫は、食べ物が欲しいとせがんでいる。
だからこそ、五感が研ぎ澄まされて、今はかなり良いコンディションだ。
(さて、まずは最初の一杯を!)
俺は一杯目の赤ワインを手に取りティスティングへ取り掛かる。
色合いはガーネットのように美しい。
見ているだけでこころが躍った。
グラスを傾けグラデーションの確認へ移った。
中心は濃く、淵へ向かって淡色へと変化していた。
グラスを立て、側面を滴り落ちる液体を確認。
トロリと降ってゆくそれは、まるで女神の感涙かのようだ。
ワインも天井の照明浴びて、クリスタルのように煌めいている。
煌めきはワインにとって最も重要な"酸"の豊富さを知らせてくれる、大きな手がかりだ。
(良い外観だ。このワインの葡萄は成熟度が高く豊な印象。これなら香りは……!)
ティスティングで最も重要なのは、最初の一歩。
初めて香りを嗅いだ時の【第一印象をはっきり持つこと】が大切なんだ。
(外観と違わず、はっきりとした印象だ!)
ここから俺はまず、グラスを揺らさず最初の香りーー【アロマ】をとってゆく。
(果実で例えるならばカシスやブラックベリーといった濃厚な黒い果実……生いうよりはやや煮詰めた印象。クローブのようなスパイシーなニュアンス……)
更にグラスを回し、ワインを攪拌させ、香りを揮発させる。
そして第二段階である【ブーケ】を取り始めた。
(香ってきたぞ! バニラのような甘やかさに、ほのかなロースト香。更に腐葉土のような、時を経た複雑で心躍る香り……!)
上質な香りだ。そして特徴的でもある。
俺は期待を込めて、ワインを口へ運んだ。
この最初の一口を【アタック】と呼ぶ。
(外観、香りから連なるかなり強めのアタックだな。舌へやや甘さと熱感を抱くのは、おそらくアルコール度数が高めだからだろう)
次いで、口の中でワインを一周させる。
口全体を使って、ワインの要素を分解して感じ取ってゆく。
(酸も穏やかで、タンニンはきめ細やかな……シルキーで、丸みを帯びているが、ワインとしての骨格はしっかりとしている。素晴らしいフルボディ!)
最後にワインを備えられた紙カップへ吐き出し、余韻の長さと口から鼻へ抜けてゆく【フレーバー】を確認してゆく。
本当は飲み込みたいけど、今は競技中なので酔っ払うわけには行かない。
そこが残念だった。勿体無い!!
(余韻はかなり長い……フレーバーもやはりバニラやローストのような香りが心地よく抜けてゆく……)
もしもこのワインをお客様に提供するならば、
ーー温度は15℃から18℃、ボトルを触ってほんの少しひんやり感じる位が、最もポテンシャルを活かせる。
ーーグラスは中程度のボウルが大き過ぎないもの。
ーーデカンタージュをした方がより美味しさを引き出せる。
ーーペアリングは王道の中の王道、子羊のロースト!
全ての分析が終わった。
出揃ったワインの要素をパズルのように組み合わせ、そして答えを導き出す!
(間違いない……このワインはフランス、ボルドーのものでメルロ100%使用。熟成段階に入っているから……今は2022年だから……2015年! となると、この作り手は……)
ちなみにワインは5年刻みで熟成するという説もある。
故に、この赤ワインは一段階熟成をしていると判断したのだった。
俺は忘れないようにメモ用紙へ、必要なことを書き込んでゆく。
そして2杯目のワインへ移った。
(15分ってのは意外と短い。サクサクっと進めないとな!)
……
……
……
「はいっ! そこまでっ! ティスティング時間終了です! もうワインへは触れないでください!」
司会の長谷川さんの声が会場へ響き渡った。
なんとか全部分析できた。かなりギリギリだったな……
今の様子を不動さんはニヤニヤながら見ているんだろう。
きっと『相変わらず君のティスティングはノロマな亀さんだねぇ……』なんて言われて、顎を持ち上げられるのは容易に想像できる。
なんであの人はまるで早業のように、ティスティングできるのだろうか……まさか本当に、ワインから生まれた、ワインの魔女だったり?
「それでは、御三方準備はよろしいですか?」
おっと、設問が始まる。
気持ちを試合へ切り替えないと。
その前にライバルたちの様子を少し覗き見てみた。
「ふふん……!」
礼子は相変わらず余裕な様子だった。
ティスティングに関しては天才的な才能を持っている礼子。
だが、今は決勝戦だ。果たして、才能だけでなんとかなるものか……
「ああ……うううっ!!」
黒松は髪を乱し、頭を抱えてかなり動揺していた。
明らかに全くわからなかった、という雰囲気が感じ取れる。
なら初戦のあの余裕ぶりはなんだったんだろうか?
「では参ります! 第一問!」
長谷川理事の声が俺の意識を設問へ集中させる。
さぁ、なんでも来い! どんと来い!
今の俺は、誰にも負ける気がしない!
「1番のワイン。この生産者をお答えください!」
瞬間、俺は内心歓喜した。
対して礼子は顔を引き攣らせ、黒松に至っては項垂れてしまう。
そんな2人を横目に、俺は颯爽と回答を書き込んだ。
「1番は……"シャトー・プピーユ"! 緑川選手大正解! おめでとう!!」
会場から思わず驚きの声が上がった。
ーー【シャトープピーユ】ボルドーでは珍しいメルロを100%使用する生産者だ。
ここのワインは、ボルドーでも最高峰の作り手である"ペトリュス"ともティスティングで最後まで競い合った銘柄だ。
そんな素晴らしいワインが3000円から4000円で楽しめる。
俺オススメの赤ワインの一つだ。
「それでは第二問! この中で映画に関係するワインはどれでしょうか! またその関係者と、その方の代表作もお答えください!」
「ち、ちょっと待ちなさい! ワインと全然関係ない問題じゃない!!」
突然、礼子が立ち上がり、そう声を荒げた。
「麗国選手、お座りください。今は設問中です」
しかし長谷川さんは毅然とした態度で、礼子の言葉を受け入れない。
「こんなの悪問よ!」
「お座りください! 失格になりますよ?」
「くぅっ……!」
しかし誰も取り繕うことはなく、結果礼子は大きな恥を掻いて、大人しく席へ着いたのだった。
(礼子、これは悪問なんかじゃない。すごく良い問題なんだよ!)
ーーソムリエはただワインのことがわかれば良いってもんじゃない。
ワインを通じて、お客様と他人とコミュニケーションを取る必要がある。
だからこうした様々な情報との組み合わせが重要になってくる。
俺は迷わず解答を書き込んだ。
「正解は……2番! 映画監督フランシス・フォード・コッポラ氏! いわずと知れたゴットファーザーの監督です! 緑川選手、よく分かりましたね! おめでとう! ちなみに品種をお伺いしても?」
「ジンファンデルですね!」
ーー【ジンファンデル】イタリアではプリミティーヴォと呼ばれる葡萄品種だ。
イタリアに縁のあるコッポラ監督らしい、セレクトだ。
ジンファンデルからの良いワインは黒々とした外観と重厚な味わいが特徴で、主にアメリカ合衆国で生産されている。
お国柄をよく反映した、力強さを感じさせる一本だ。
「では第3問! この中に南半球での交配品種のワインがあります! それはどれでしょうか? 加えて、その交配もお答えください!」
俺はさらりと解答を書き込む。
そして再び、試合を見守ってくれている日髙さんへ感謝をした。
ーー『答えは"ピノタージ"ュでした。緑川さん、残念!』
『くそぉっ……つーか、日髙さんすっかり南アフリカにはまったね?』
『み、緑川さんの影響ですよ……ち、ちなみに交配品種は!?』ーー
「答えは4番! ピノタージュ! 交配はピノノワール×サンソー! お見事だ! お見事すぎます、緑川選手ぅ!!』
ーー【ピノタージュ】南アフリカで開発された葡萄品種だ。
厳しい南アフリカの環境下に適応し、安定した収穫量を目指して生み出された、まさに南アフリカのソウルグレープ!
透き通ったルビーのような外観に、エレガントな印象なワインが作られる。
そして、物にもよるがかなりお手頃に手に入るのがまたいい!!
「なんなのよ……こんな問題ばかり……!」
礼子はかろうじてピノタージュという品種名は答えられていた。
しかし、才能のみで知識が全くないので、交配品種までは答えられなかったらしい。
「……」
黒松に至っては"ポルトギーザー"といった全く見当違いな解答をしている始末。
まぁ、ポルトギーザーも同じように透き通るような外観と、交配品種っててところであってはいるけど、ドイツ系の品種なので南半球ではない!
もはや礼子と黒松はすっかり置いてけぼりを食らっていた。
ライフはほとんどゼロ。
しかし、まだ2問残っている。
「では第4問! 5番のワインに使われてる葡萄品種の誕生理由を端的にお答えください!」
最後まで油断をするものか!
俺は答えとして5番のワインに使われているブドウ品種の誕生理由として『色付け用に開発された』と記入する。