唯一の家族のために!!
かつての俺は何もかもをも失い、人とのコミニケーションツールであったワインさえ捨てようとしていた。
しかしそんな俺へ、再び立ち上がる勇気をくれたのが"李里菜"だ。
兄貴と晶さんが残してくれた、甲州ワイン。
そして李里菜が焼いてくれた、たこ焼き。
ーーこのペアリングがきっかけで、俺は再起を決意できた。
そしてそんな俺のそばにはいつも李里菜が寄り添ってくれていた。
李里菜と飲むワインはどれも美味しかった。
李里菜が日々、ワインに興味を持ってくれることが嬉しかった。
李里菜の笑顔が見たくて、俺は一生懸命フリーランスソムリエとし働いた。
……そうか、そうだったんだ……
俺は何故、こうしてワインへ真剣に向き合っているのかーーその先には李里菜がいるのだと思った。
李里菜の喜ぶ顔がもっと見たい
李里菜によりワインを知ってもらいたい。
李里菜とワインを飲み、その感動を共有したい!
李里菜と楽しい時間を過ごすために、俺はこれからもワインへ真摯に向き合ってゆきたい!!
「時間だ。2人とも、このワインの解答をよろしくねぇ……今回は、ゆうきちゃんからだ」
不動さんに指名され、日髙さんは慌てていた。
「あの、えっと! うう……知っている品種のようで知らないような、そんな感じで……ごめんなさい! わかりませんでした!」
どうやら日髙さんはお手上げ状態らしい。
その気持ちは良くわかる。
だってこのワインは……
「不動さん、こんなワインを出すなんて、やっぱりあなたは一筋縄ではゆきませんね」
「ほう? 何故、そう思ったんだい?」
ああ、出たよ。魔女のようなスマイル。
全くこの人は……
「これ、単一品種のワインじゃないですね」
「ほう」
「産地はフランス・ボルドー。ヴィンテージは厳しい年だった2013年……」
2013年はフランス全土で天候が思わしくなかった年だ。
それでも生産者はめげずにワイン造りをし、ここまでのレベルにまで昇華させている。
厳しい年のワインは、残念ながら低評価を受ける傾向にある。
しかしこうした年のワインこそ、生産者の努力がもっとも色濃く反映された素晴らしいワインだと俺は思っている。
「品種はメルロとカベルネフラン……」
そこまで言って、唇が震え始めた。
ボルドーで、メルロとカベルネフランを主としているワイン。
まさか、このワインって……!!
「くふふ……あははは!!! 参ったな! さすがは私の意志を次ぐ男だよ、智仁!」
「シュ、シュバル・ブラン!!?? 本当ですか!!??」
不動さんがカウンターへ出したボトルを見て、日髙さんは興奮を顕にする。
もちろん、俺もだ。
ワインの正体は【シャトーシュバル・ブラン】
ブランとつくが、白ワインではなく、赤ワインの製造元だ。
ボルドー・サンテミリオン地区のトップ生産者にして、カベルネフランを多く使用するほとんど唯一の生産者。
ボルドー右岸の究極の1本で、ワインラバーならば誰もが一度は口にしたい逸品。
お値段も当然のことながら……
「あ、あの、これっておいくら……?」
「付き合いのある酒屋で買ったからねぇ……2013年ものだから、50,000円前後だったかねぇ……」
「良いヴィンテージだと10万は超えるし、これはお買い得……ああ! ワインやってると、金銭感覚がくるぅー!! 姫ちゃんに報告しないと!! ようやく初体験しちゃったって!!」
日髙さんはもはや、初めて口にしただろうシュバル・ブランへ釘付けだった。
まぁ、彼女にとっても良い経験になったのなら良いだろう。
てか、初体験って……
「こんなワイン、BTGに出るはずないじゃないですか。何考えてんっすか?」
超高級ワインで、更に品種の使用率はカベルネフランとメルロが半々ずつ。
こんなものを大会に出した日にゃ、主催者は大赤字必至だ。
「んふふ……私が一筋縄では行かない女だって指摘したのは智仁だったんじゃ?」
「まったく……でも、ありがとうございます! 素晴らしいワインをご馳走様です!」
不動さんは不適な笑みを浮かつつ、他のグラスへシュバル・ブランを注ぐ。
そして半分以上残ったボトルを俺へそっと寄せてきた。
「くれるんすか? それとも売りつけるんっすか?」
「どっちだろうねぇ」
「くれるんなら貰いますけど?」
「この坊やは良く言うようになったよ、くふふ……お代は結果報告で構わないからねぇ」
「これまたすごいプレッシャーで……」
「くふふ……できるさ、智仁ならば」
「うっす! ありがとうございます! それじゃ俺はこれで!」
「あ、あの! 帰られるんですか……?」
俺は頂いたシュバル・ブランのボトルを日髙さんへ掲げながら、椅子から立ち上がった。
「こんな機会滅多にないんで、李里菜にも飲ませたいと思って! 今日はありがとう! ここでたくさん勉強していってね! それじゃ!」
ーー早く、李里菜の喜ぶ姿見たい。
あの子と一緒ならば、礼子だって黒松だって、BTG決勝戦なんてなんのその!
俺は急いで、山を下ってゆく。
……
……
……
「相変わらずあの坊やは全く……ゆうきちゃんも大変だねぇ……」
「え? あ、ああ、まぁ……はは!」
「慎二、店を閉めて、美味いものを作りな! 今夜はとことん飲むとするねぇ」
「不動さん、もしかして……?」
「今夜はゆうきちゃんで憂さ晴らしだねぇ!!」
「ひぃーっ!!!」
●●●
「李里菜、ただいまっ!」
「お、お帰り。どうした、の……?」
玄関を蹴破ると、カップラーメンを手にした李里菜とでくわす。
「今日は遅いはずじゃ……?」
「一刻も早く李里菜に会いたくて帰ってきたんだよ!」
「ーーっ!! ななっ! そ、それってどういう……!」
「このワインを一緒に飲もう!」
俺は李里菜へ向けてシュバル・ブランを掲げる。
すると、李里菜は嬉しそうに破顔した。
「分かった! いますぐ、おつまみ用意する!」
「あ! ちょっと待って!」
「……?」
「ここ最近、決勝戦のことで頭がいっぱいになっていてごめん……」
ここ最近俺はグランプリ決勝戦のことで頭がいっぱいだった。
だから一緒に暮らす李里菜へ、随分な態度をとってしまっていたのだと反省している。
「大丈夫、だよ? トモが一生懸命なの、分かってるから」
それでも、李里菜は笑って許してくれた。
憧れだった晶さんに良く似た笑顔。
だけどそこに感じるのは、過去の想いじゃない。
今、目の前にいるのは晶さんではなく、李里菜。
俺に再び立ち上がる勇気をくれた、この世でたった1人の大切な……!
「李里菜」
「はい……」
「これからも俺と一緒にワインを飲んでくれないか?」
「もちろん、そのつもり……?」
「ありがとう。だから俺、もっとワインと向き合うよ。李里菜が楽しめるよう、李里菜と楽しめるよう……君のために、俺はこれからもワインへ向き合い続ける!」
「……そ、それって……!?」
「お、おい!?」
李里菜は突然、くるりと踵を返して台所へ駆けて行ってしまった。
「お、おつまみ用意する! 早く、着替えてきてっ!」
「あ、お、おう……李里菜! この間、冷凍保存を頼んどいたキーマカレーも食べたい!」
「りょ、りょうかい!」
ーーこれからもこうやって、李里菜という唯一の家族と一緒にワインを楽しんでゆきたい。
今の俺にとって、BTGでの優勝や、礼子と黒松を叩きのめすのよりも重要なことだ。
●●●
ーー英華大ワインラバーの会、トークルームにて。
李里菜
大変なことになった……!
寧子
どうしたですか?
李里菜
トモがこれからは私のために、ワインの勉強をするって言ってくれた!
これからも一緒にワインを飲もうって、真剣に語ってくれた!
これって、どう解釈すれば……?
クロエ
Can you celebrate!
沙都っ子
なんか馬鹿騒ぎしたいの……?
寧子
クロエはなんでそんな古い曲知ってるですか……
その後、李里菜はクロエが示した曲を動画サイトで聞く。
そして1人、ベッドの中で悶絶したのは言うまでもない……。




