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日髙ゆうき、勇気を持って、収穫体験!!

「ゆうきから誘うなんて久しぶりね! 今夜は武雄……旦那にもちゃんと言ってあるから時間は気にしなくていいよ!」


 染谷 姫子は、開放感あふれた表情をしていた。

友人との久々の外食が嬉しいのだ。

対して誘った側の、日髙 ゆうきはどんより顔を曇らせている。


「緑川さんことだよね?」


「うん……姫ちゃん、私どうしよう!?」


「例の女子大生、やっぱり緑川さんの彼女だったとか?」


「……姪っ子さんだった」


「なんだそうだったんだ! 良かったじゃん!」


「でも……」


 ゆうきは具に、先日の緑川家でみた姪っ子の李里菜の態度を思い出しつつ、口を開く。


 どうにもただの甥と姪の関係には見えなかったからだ。

智仁は李里菜のことを"姪"や"妹"のように接しているようには見えた。

だが李里菜は親族へ寄せる信頼とは別の感情があるように見えて仕方がなかったらしい。


「まぁ、叔父と姪なら結婚は可能らしいけど……でも、やっぱり家族だよ? 血のつながりがあるんじゃ……」


「それがね、血のつながりはないみたいなの……」


「ええ!?」


「亡くなった緑川さんのお兄さんのお嫁さんの連れ子なんだって。等々力さんから聞いた……」


「つまり戸籍上では家族だけど、血縁上では赤の他人。そんな2人が同居をしている。更に関係を反対する、李里菜ちゃん側の親もいない。しかも美人。なんてご都合ファンタジー設定なのよ……」


 さすがの姫子も頭を抱えた。

そして先日、こっそり撮影した李里菜の画像をディスプレイへ表示する。

あまりの美人さに、ついつい撮影をしたものだった。

 若くて、綺麗で、どこかミステリアス……なるほど、確かに緑川 李里菜という少女は、同性からみても魅力的に写った。


 だけど、染谷 姫子は知っている。

目の前にいる日髙 ゆうきという、大親友もまた緑川 李里菜に年齢こそ負けているものの、同程度の美人であることを。

前の会社では密かにゆうきを狙っていた大勢の男性がいたということも。

もっともゆうき自身はそのことに全く気づいていなかった。

というか、その時の彼女はお一人様ライフをエンジョイしている最中であった。


 姫子も今の旦那と再会するまでは"もう男なんてどうでも良い!"ということで、ゆうきと遊び歩いていた。


「状況は最悪ね」


「うん……」


「でも、それが何か? 状況が最悪だからって、それで諦められるくらい、ゆうきにとって緑川さんって軽い人なのかな?」


「軽くない! それだけは絶対!」


 ゆうきは、その言葉だけは本気の目をして返してきた。

姫子は、その目だと思った。


 自分だって、かつては劣勢だった。周りの状況だって最低最悪だった。

今でもネット上のどこかには、愚かだった頃の自分の姿が残り続けている。

それでも彼女は、今の旦那、染谷 武雄を欲して行動し、そして今の幸せを勝ち取った。


「なら、名前の通り勇気を持って励んでみなさいな。所詮、恋愛は動いたもん勝ちだわ」


「動いたもん勝ち……」


「まっ、私はゆうきの友達だから。だから姪っ子ちゃんには悪いけど、私は全面的にゆうきの応援をするよ!」


「姫ちゃん……!」


「別にゆうきが間に入ったからで、緑川さんと姪っ子ちゃんの関係が終わっちゃうわけじゃないわけだし。ガンガン行きなさい、ガンガン!」


「わかった! ありがとう姫ちゃん! 私、頑張る!」


「よし、その意気! じゃあ、飲もう!」


「うん、飲もう!」



●●●


「あ、あの! 緑川さんっ!」


 ワインバー等々力の夜営業が始まるので帰ろうとしていたところ、日髙さんに呼び止められた。

 もしかしてまだわからないところがあったのかな?


「なにか他に質問でも?」


「こ、今度の店休日なんですけど……お仕事の予定とか入ってますか!? 入ってなければ、一緒に"甲州の収穫体験"なんてどうでしょうか!?」


ーーTODOROKIは毎週火曜日が休みだ。

そして火曜日に仕事の予定はない。

しかも日髙さんからのお誘いは、ブドウ栽培での最大のイベントである収穫体験!


「是非! 収穫体験させてみたい!」


「良かったです! ってぇ……"させてみたい"って……?」


「この間、一緒にタコパーティーやった子達いるだろ? あの後から、よくうちに来ては勉強会をしたりしててさぁ! おかげで李里菜、すごく一生懸命ワインの勉強しているんだ。収穫はあの子達にとって、とっても良い経験になると思うんだよ! それで場所は?」


「え、えっと、山梨にある、サリスワインの契約農場ですけど……」


「オッケー、山梨ね! せっかくだし、みんなで作業終了後にワインでも飲もう! 交通手段はやっぱり地元民の森さんに相談した方が良いかな……てかさ、"甲州"って収穫時期は、確か10月の半ばが王道でしょ? なんで9月の初めなんかにするのかな?」


「新酒用の収穫だそうで……」


「なるほど! 自分達が収穫したぶどうがすぐにワインとなって世に出回る。良いぞ、これは良い!」


「本当……緑川さんって、ワインバカですね」


 なぜか、日髙さんにバカと言われてしまった。

ちょっと呆れているような、でも怒ってはいなさそうな。

まぁ、なんにせよ、みんなには良い経験になるのは間違いない。


 帰ったら急いで森さんへ連絡して予定を立てないと!



ーーというわけで、来週の火曜日は山梨への収穫体験弾丸ツアーとなった。


 李里菜たち大学生はまだ夏休みの最中だったので、問題はなかった。

森さんの勧めで、早朝の勝沼ぶどう郷駅へ止まる特急電車に乗り、一路山梨県甲州市勝沼町にある"勝沼ぶどう郷駅"を目指す。


「朝早いのは辛いネ……」


「文句言うんじゃ、次の駅でクロエを置いてゆきますですよ?」


「田舎でぼっちは勘弁ネ!」


 一つ前の席では石黒さんと田崎さんが、いつものように漫才を繰り広げていた。


「甲州はね、日本に自生していたほとんど唯一と言って良いほどの醸造用兼生食用の葡萄品種なんだよ?」


「コーカサス地方からシルクロードを経由して中国へ渡り、そこから日本へ、だっけ?」


「そうそう! 李里菜ちゃん、メキメキワインの知識つけてるね! ちなみに甲州のワインが本格的に輸出されるようになったのは2009年頃で……」


 後ろの席の森さんと李里菜は予習に余念がない。

 李里菜はみんなと仲良くやっているようだし、良い傾向だ。


「あ、あのっ! 緑川さん! よ、良かったらこちらどうぞ!」


 隣の席に座っていた日髙さんが、包みを差し出してくる。


「朝ごはんでおにぎりです! 収穫、意外と体力使うんでどうぞ!」


「悪いね。ありがと。実は朝寝坊しちゃってコーヒー以外飲めなくてさぁ……それじゃ、いただき……」


「んっ!」


 と、李里菜の唸り声が聞こえた。

そして俺の日髙さん席の間へ細腕に乗ってバスケットが目の前に現れる。


「朝ごはん。サンドイッチ!」


「お、おう……ありがと」


「あはは……朝ごはんあったんですね……」


 日髙さんは差し出してきたおにぎりを引き下げる。

その時、彼女のスマホが震えた。

そしてそこへ視線を落とすなり、再びおにぎりを突きつけてくる。


「こ、こっちもやっぱり食べてください!」


「トモ、こっち食べる!」


「お、おおう……い、いただく……」


 おにぎりとサンドイッチのダブルパンチ。

これ食い過ぎなんじゃ……?


「相変わらずのNice……」


「クロエ、もう言うこと止めないですけど、くれぐれも2人にはわからないように言うですよ?」





ーーちなみに、日髙 ゆうきのスマホには、染谷 姫子からこんなメッセージが……


HIME


"引くな! 媚びろ! 自分の想いを顧みろ! そして欲っしろ! そうじゃないと与えられないぞ!"




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