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甲州ワインとたこ焼き。新しい家族の形。

「わざわざ焼いてくれたのか?」


「はい……」


 そう問いかけると、李里菜は少し恥ずかしそうに頷いた。


 綺麗に焼かれた、たこ焼きの上では、鰹節がゆらゆらと踊っている。

すごく美味しそうだった。


 でも爽やかな甲州ワインと、たこ焼きの相性ってどうなのだろうか?

甲州ワインには和食が合うとよく言われているけど……まぁ、たこ焼きも一応和食か?


「たこ焼き、嫌い、ですか?」


「あ、いや……」


 せっかく李里菜が俺のために焼いてくれたんだ。

 ワインとの相性がどうとか、どうでもいい。

ただ単純に李里菜の気持ちが嬉しかった。

 久々に空腹感を抱いた瞬間だった。


「頂きます」


 熱々のたこ焼きを口へ放り込んだ。

 出汁の良く効いたトロトロの生地が口の中を豊に満たしてくれる。

ソースの風味、たこの食感が、より一層たこ焼きの旨さを演出してくれる。


 そして甲州ワインを一口……


「――ッ!?」


 衝撃が走った。

 こってりとしたたこ焼きと、爽やかな甲州ワイン。

 一見、合うことはなさそうなこの二つ。


 しかし甲州ワインの持つ旨味が、たこ焼きの旨味を押し広げ、幸福感を高めていた。

ほのかに香る紅しょうががまたいい。

 ソースの香りと柑橘系の香りもうまくマッチし、ここまで綺麗に溶け合うものだったとは!


「美味しい、ですか?」


「美味いっ! そして凄く相性がいい!」


 俺がそう即答すると、李里菜は頬を赤く染めながら、"ふぅ"といった擬音語が似合いそうな安堵の息を吐いてみせる。


 酒の勢いか、はたまた意外な組み合わせにテンションが上がっているのか。

俺は台所からもう一脚ワイングラスを持ってくる。


「一緒に飲もう、李里菜!」


「良い、んですか?」


「良いさ! 李里菜はもう二十歳なんだから!」


「……ありがと、ございます!」


――まさか、李里菜と一緒にワインを飲む日が来るだなんて……と感慨深い俺だった。


 俺が李里菜に出会ったのは、この子が15歳の時だ。

 晶さんに似て凄く美人で、高校生のころは偶然とはいえ、美少女名鑑などにも乗ったことのある李里菜。

20歳を超え、益々綺麗になって、更に晶さんに似てきている。

 きっと酔いのせいもあるのだろうか。李里菜が側にいてくれるだけで、否応なしに果たせなかった晶さんへの想いが溢れ出てくる。


「どうしま、した?」


「あ、いやっ! なんでも!!」


 慌てて李里菜から視線を外してワインをゴクリ。


 血のつながりがないとはいえ、俺と李里菜は家族なんだ。この子をそういう目で見ちゃだめだ。

それに俺と李里菜は10歳も歳が離れているわけで、こんな美少女が俺みたいた無職のオッサンとだなんて、考えるだけでおこがましい。


「たこ焼きと甲州ワイン……お母さんが焼いて、お父さんがワイン買って、美味しそうだった……」


 李里菜はグラスへ視線を落としながら、ポツリとそう呟く。


「20歳になったら一緒にたこ焼きを焼いて、甲州ワインを飲もうって、約束してた……してたの、に……」


 李里菜は再会して初めての涙を流して見せた。

どうやら、ずっと我慢をしていたらしい。

こちらも遂もらい泣きをしてしまいそうになった。

 しかし俺はその涙をグッと飲みこむ。

そして空になった李里菜のグラスへワインを注ぎたし、自分グラスを軽く当てた。


「……?」


お鈴のような涼やかな音に誘われたのか、李里菜は目元が真っ赤に腫れた顔を向けてくる。


「これからも一緒に飲もう」


「これからも……?」


「だって俺たち、家族じゃないか。これから美味しいお酒を、楽しく飲んで行こう。兄貴や晶さんのぶんも、たくさん……」


「……ありがと、ございます。叔父、さん……」


 李里菜は嬉しそうな、恥ずかしそうなと言った具合の表情で、ようやく顔をほぐしてくれた。


 とても愛らしく、自然とこの笑顔をずっと守りたいという気持ちが沸き起こってくる。


 だからいつまでも落ち込んではいられない。

いつまでも現状を嘆いて、立ち止まっている場合じゃない。


――この時俺は守ると決めた。

この世でたった1人の家族である、李里菜の笑顔を……兄貴や晶さんに代わって、今度は俺が……!


「あのっ……」


 突然、李里菜は緊張感を孕んだ声を上げる。


「どうした?」


「……」


「李里菜?」


「……モって……」


「ん?」


「む、昔、みたいに……"トモ"って、呼んで、良い……ですか? 叔父さん……」


 生真面目な李里菜は、言葉を慎重に選びつつ、そう言ってくる。


 そういえばこの子は中学生の時、俺のことを親しみを込めて"トモ"って呼んでいたっけ。


「良いよ、"トモ"で。あと敬語も不要だ。昔は違ったろ?」


「良いん、ですか……?」


 李里菜は慎重な様子でそう聞いてくる。

慎重なところはほとんど代わっていないらしい。


「良いさ。俺たちは……家族な訳だし!」


「ありがと。これからもよろしくね、トモ……?」


「改めてよろしく! 李里菜!」



●●●



……あれは確か、俺がまだ小学生の頃だったか。


招待を受けて、俺は兄貴の高校で開催されていた学園祭へ行ったことがあった。


『いらっしゃい! 君が悠一君の弟さんだね! さぁさぁ、あたし達のクラス特製のたこ焼きを食べてってよ!』


 これが俺と晶さんの出会いだった。

 明るくて、豪快で、とても綺麗な年上の女性。

矢島 晶さんは俺の初恋の相手だ。

そんな女性が焼いてくれたたこ焼きは、とても美味しく、今での記憶の中に強く残り続けている。


 どうやら李里菜のたこ焼きに、強く反応したのはこの思い出があるからだろう。


 さすがは親子だと思ったのだった。



●●●


「さぁて、頑張って再就職先探すぞぉ!!」


 一連の騒動が収まって、数日後。

俺は本腰を入れて、就職活動を始めようと、朝日を浴びて気合いを入れた。


 いつまでも塞ぎ込んでは居られない。

兄貴達の遺産や保険金は、全て李里菜の将来のために使うと決めた。

だからそれらを頼りにするのは言語道断!


 今度は胸を張って、楽しく、李里菜とお酒を飲みたい。


 そのためにも社会人として恥ずかしくない立場に戻らねば!

では早速、求人サイトで求人情報を……と、思ったその時のこと。



【李里菜】


"今からトモのところ行っても良い?"


"大事なお話あります"



 スマホへ李里菜からメッセージが舞い込んできた。


 なんだろ? 大事な話って?


 とりあえず"オッケー"と返事をしておいた。


するとすぐさまインターフォンが鳴り響く。


もしかして……?


「お、おはよう、ございますっ……」


「お、おはよう。ずいぶん早いね?」


 扉を開けると、すぐさま大きなカバンを持った李里菜と出会した。


「その荷物は? 旅行でもゆくの?」


「……」


「李里菜?」


 突然、李里菜は90度の最敬礼をして見せる。


「ここに……一緒に、住まわせてくださいっ! お願い、しますっ!」


 突然の李里菜の発言に、俺は空いた口が塞がらなかった。


 これ、どういう展開!?

★★★参考ワイン★★★


*googleのショッピングでヒットし、購入できるものをご紹介しております。

*価格・ヴィンテージは2022年冬のものであり、価格変更が生じている可能性があります。


【白百合醸造 山梨甲州2021年 ¥2,200】

 穏やかな香りとお出汁のような余韻の長い旨味があります。

2019年ヴィンテージは世界最大級のワインコンクール・デキャンタワインアワードにて最高賞であるプラチナ賞を受賞しております。スーパーカブのアニメ版にて葡萄焼酒が紹介された蔵元でもあります。


【シャトーメルシャン 山梨甲州 ¥2,206】

 キリンビール傘下の大手メーカーで、非常に入手しやすいです。

時々コンビニにおいてあることも……?

甲州を体験するのに最適な1本の一つといえます。


【くらむぼんワイン くらむぼん甲州 ¥1,780】

 ラベルにカニが描かれた可愛らしい1本です。

香りと味わいのバランスが非常に良い銘柄です。

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― 新着の感想 ―
[良い点] これ、神作品やん ワインもこれから、どんどん紹介されてく感じなのか? 酒好きとしては、小説✕酒なんて嬉しい限り
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