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魔法国連盟

僕の愛しい暗黒卿

作者: おくそん

「トリス! なんでこんな酷いことになってるんだ!?」


 自身の婚約者が側近候補たちが気に入っている男爵令嬢を池に突き落としたと聞いて現場に駆けつけた王子は、婚約者に鋭い視線を向けて、詰問する。



 はい。王子とは、僕のことです。

 ちょっとかっこよさげに紹介されてるけど、中身はお疲れモードだよ。


 側近候補たちが気に入ってちやほやしている男爵令嬢がおりまして、暇さえあれば僕の婚約者に絡んでガチガチやりあいます。


 僕の婚約者が男爵令嬢の持ち物を壊した、教科書に落書きした、あとなんだっけ?

 内容が少しずつエスカレートしている気がする。

 つかれる。


 なんか、根本的な打開策が欲しい今日この頃。


 僕の婚約者は、正義感が強くて、気も強い。

 美人なんで、彼女がビシッと締めてるのはかっこよくはあるんだけど、正直言って、このおかしな男爵令嬢を構っている理由が、よくわからない。

 ほっとけばいいのに。

 そして、時々こうやって自ら大きな騒ぎの中心にいたりするんだよね。


 男爵令嬢の方はよく知らないし、知りたくもない。

 あちこちに地雷を埋め込んで回っているヤバい人で、あんまり関わり合いたくない。



 でも僕の近くを離れられない側近候補たちが、その令嬢を連れてきちゃうんだよね。

 はっきりいって迷惑です。

 側近候補、変えてもらえないかな?とか思っているとこ。



「殿下、わたくしのことを信じてくださらないのですか?」


 うわー。出た。

 婚約者の鉄板、ちゃんと話聞いてないやつ。

 なんでこうなったか聞いてるだけなんだけど?

 信じるって、何を?

 まだ説明されてないよ?


「信じる信じないの問題じゃないだろう? どうして女子生徒がひとり濡れ鼠になっているのか聞いているんだ」


 場の険悪な雰囲気がマックスになった時、なんか、シューオーンって音と共に、不気味な黒い魔法陣が出現して、人が3人、モコモコモコモコっと出てきてビックリした。


 その場にいた全員が「え、どういう展開?」って思っただろうね。

 少なくとも僕はそう思ったよ。



 魔法陣を使って転移できるのって、相当な力を持った魔法使いだ。

 ずっと魔術の鍛錬をサボってる僕でも知ってる。

 しかも、ひとつの魔方陣で3人転送出来るって、最強の中の最強って感じがする。


 そんな人たちが、学園の女子のケンカを仲裁に来るわけがないじゃん?


 みんな固まってたよ。



 なんといっても真ん中の黒ローブが不気味すぎる。

 全身黒装束でフードで顔までしっかり隠して、物語に出てくる「暗黒卿」って感じ。

 左右に控えてるのは、白地の神官服を着た男女で、二人ともかなりの美形。



 女性の方の神官が口を開いたら、みんなビクっとしてた。


「アバディーン国王陛下より、エリオット殿下の魔力紋を教えていただいてこちらに転移したのですが、お取り込み中ですか?」


 父上が?

 なんか押し付けられたかな?


「エリオットは私ですが、何かご用ですか?」


「わたくし共は、神聖国の水盆の神託に従い、殿下とお話させていただき儀があり、参じたのですが……」



「うわっ、これは酷いのぉ~。こんなものを放置するとはな。そなた、オーラは見えぬのか?」


 暗黒卿が女性神官を遮ってしゃべったので、みんなもっとビクッとなってた。


 暗黒卿は意外にも若い女性の声だった。そして話し方が微妙だ。



「オーラとはなんでしょうか?」


 知らないものは聞くしかない。


「なんじゃ、知らぬのか? 仕方のないやつよのぉ。ほれ、見せてやるから、手を入れるのじゃ」


 暗黒卿がローブの袖口をこちらに向ける。

 ローブから手を出していないのが、普通じゃないし、闇の深淵に引っ張りこまれそうだ。


 怖いけど、逆らうのも怖いので、黙って手を入れたら、暗黒卿の肌に触れてしまった。

 フツーにすべすべしてた。

 無礼にならないように手の位置を少しずらして触れないように配慮した。



「何故掴まんのじゃ? それじゃぁ、見せられんじゃないか?」


 え? 触れて欲しいって意味だったの?

 そういうことならと手首辺りをふんわり掴んだら、視界が一変した。

 そして、人から立ち上るモヤモヤしたものが見えた。

 これがオーラだろう。

 それ以外にも色々と空間に漂うものが見えた。



 僕は驚きすぎて、身体の力がへなへなと抜けて、気付いたら膝立ちで暗黒卿の腰辺りにすがりついていた。


 その様子を見た男性の方の神官が、「無礼者!」と叫んで、僕に向かって錫杖を構えたので、涙が出るかと思った。


 この神官にとっては、他国の王子よりも暗黒卿の方が身分が上らしい。



「ジェフ、やめよ。初めて見たオーラがアレじゃ、驚いても仕方があるまいよ。本人にとってもあるまじき醜態じゃろうて、気の毒じゃろうが」


 うぐっ。

 さすが暗黒卿!

 的確にこちらをえぐってくる。


 相手が暗黒卿とはいえ、王子が人前で女性にすがりついてるってのは、まさしく醜態だ。

 でも、今ちょっと驚きで身体に力が入りにくいから許してほしい。



 暗黒卿がアレと言ったのは間違いなく濡れ鼠になった男爵令嬢のことだろう。

 本体が見えないぐらいごちゃごちゃいろんな色に濁ったオーラに包まれている。


 男爵令嬢と親しくしていた側近候補たちにもそのおぞましいオーラがまとわりついている。

 もっと言えば、側近たちほど濃くはないが、僕にもまとわりついていた。



 こんな気持ちの悪いオーラにまとわりつかれている僕に、触れることを許してくれる暗黒卿は、すごい人だと思う。



「ミリー、そこな令嬢にも見せてやっておくれ。ジェフはそちらの令息な?」


 暗黒卿が生徒を指名すると、ふたりの神官は手袋を外し、自分の手の上に彼らの手を置くように促していた。

 触れることでオーラを見せることができる仕組みの様だ。


「目撃者を増やしておかぬと、そなたの正気が疑われるでな」


 暗黒卿は、このなりで、配慮のひと?


 その後も次々に指名していき、僕の婚約者を含む総勢十数人の学生が僕と同じものを目撃することとなった。


 選ばれた生徒は色は様々だが、いずれも濁りの少ないオーラを纏っていた人物だった。


 確かにキレイだし、きっとああいうのが良いオーラなんだろう。


 騒ぎを聞いて駆けつけた学園長や数人の教師にも見せていたようだけど、この状況を適切に処理するのは難しいだろうと感じた。


 そもそもどこから手をつけてよいかわからない。



 件の男爵令嬢は皆が自分を見て愕然としているので、自分も見たいと言って騒いでいたが、神官たちもあれに触るのはイヤだろう。


 暗黒卿が指名するのをやめた後、側近候補に指示を出して、濡れたままの衣服を着替えさせるように手配した。


 オーラを見せてもらった人は皆、その場で泣き出したり、へたりこんだり、嘔吐したり、昏倒したり、とにかく酷い有り様だったから、暗黒卿にすがりついている僕の面目もたった。

 と、思いたい。



「手を離せば、見えぬようになるぞよ?」


 暗黒卿はわずかに震えながら自分の腰元に張り付いたままの僕にあきれ気味に声をかけたが、僕はこの現実から目を反らしてはいけない気がして、その場が解散するまで手首辺りを掴ませてもらった。


 その時には余裕がなかったが、冷静になった後、ずっとつかんでいた華奢な手首、しがみついていた脇腹、腰、お尻、そして足の感触を思い出して、なんというかちょっと大変なことになった。

 あの不気味な暗黒卿のなりで夢にまで出てくるから、再びちょっと大変なことになった。



**


 翌日、僕は3人が滞在しているという神聖国の公邸を訪ねた。

 こじんまりとしたタウンハウスだった。



 我らがアバディーン国と神聖国は間に4つも国が挟まっており、交流はほとんどない。

 魔法国のひとつだけど、ちょっとカルトっぽいというか、神秘主義な国のイメージがあるが、よく知らない。

 そんな国で我がアバディーン国に関係する神託が下りたなんて、不思議だ。


 神託の内容は、慶事だが少し異例な点があるらしく、慎重を期して暗黒卿もついてきたらしい。


 暗黒卿は、神官たちの訪問目的は、神託を告げることで、件の男爵令嬢とは関係がないと言った。



 男性の神官はジェフで、女性の神官はミリー。

 暗黒卿は「魔女」と名乗った。


「妾は、本件においては自分の好きなように名乗る許可を得ておるでな」


 暗黒卿は何故か嬉しそうな声でそう言った。

 どうやら名前は教えてもらえないらしい。


「皇王聖下はそのような意味でおっしゃったのではないでしょう?」


 ジェフがおふざけの過ぎる暗黒卿を窘めてくれたが、暗黒卿は方針を変えることはなかった。

 神聖国の皇王聖下から直々に命を受けた魔法使いを「魔女」と呼ぶわけにもいかず、せめて「暗黒卿」と呼んでよいか聞いたら、オッケーが出た。



「『暗黒卿』か? 良い名じゃ。気に入った」


「エリオット殿下も悪乗りしないでください」


 ジェフは頭を抱えていたが、どうやら暗黒卿に逆らえないらしい。

 喜んでもらえてよかった。



 神託を伝える前に、僕を浄化したいと言ってくれたので、お言葉に甘えた。

 僕にもあのおぞましいオーラが絡みついていたのが気になっていた。暗黒卿に触れていなから見えないけど、この瞬間もあれを纏っているのかと思えば、ゾッとする。



「ちと、ここなお座り」


 僕は暗黒卿の横に座ることを促され、向かい合った姿勢で両手の袖を「ホレホレ」と差し出されたので、自分の手を袖の中に入れて、暗黒卿の手を握らせてもらった。


 小さくてほっそりとした手だった。


「妾の魔力をそなたに流して瘴気を押し出すでな。気分が悪くなったら遠慮なく言うんじゃよ?」


「昨日は魔力を流してなかったんですか?」


「昨日は妾の魔力をそなたの瞳に憑依させて、魔力透視魔法を掛けたのじゃ。流すんじゃなくて乗せただけじゃ。よくできておったじゃろ? 憑依系は神聖国のお家芸の1つでな」


 相変わらず黒装束の不気味ななりだったが、中身は割と気さくなようだ。


「あっ」


「気持ち悪くないか? 憑依系と違いそなたの魔道回路全体に妾の魔力を行き渡らせるでな。慣れぬうちは全身には流さないもんなんじゃが……」


「だ、大丈夫です。すこしくすぐったいだけです」


 むしろメチャメチャ気持ちいいです。

 これはヤバい。なんか気持ちいいものが体中を刺激する。

 くすぐったいような、ぞくぞくするような、ふわふわするような……


「そなたは魔道回路も魔力量もなかなかの物じゃが、鍛えておらぬようじゃから、すこし目詰まりしておるようじゃの。ふむふむ、くすぐったいと感じるかもしれぬの」


「恥ずかしながら、魔術の訓練はあまりしてこなかったもので……」


「ははは。これは『あまりしてこなかった』というより、『全くしてこなかった』のレベルじゃが、まぁよい。3日ぐらいに分けて浄化することにしようかの」



 昨日、暗黒卿にしがみついていた時にもうっすら感じたことだが、今日はよりハッキリと彼女の魔力の心地よさが伝わってくる。

 ほこほこした暖かさで、脱力して、腰が砕けて、離れがたくて……


 そんな風に心地よさに身を委ねていたら、いつの間にか眠ってしまったようだ。目が覚めたら応接室のソファーに横たわっていた。誰かがブランケットをかけてくれたようだ。


 眠気に耐えかねて暗黒卿の腰元めがけてすがり付くように覆いかぶさってしまった気がしなくもないが、気のせいだと思うことにした。



 暗黒卿は疲れて既に眠っているとの事だったので、続きは翌日ということにして、ジェフとミリーに見送られて、宮殿に戻った。


 その夜、僕は幸福感に包まれて眠りについた。不気味ななりの暗黒卿はこの夜も夢に出てきて僕を困らせた。


**


 翌日は、細長い施術台のある小さな部屋に通された。僕が眠ってしまっても良いようにジェフが準備してくれたそうだ。この人は仕事が早いね。


「眠ってしまっても良いのじゃが…… 妾は今はまだ神の家に属している乙女じゃから、自分から殿方に触れることは許されておらぬのじゃ。だから話でもして眠気を紛らわそうぞ……」


 暗黒卿は、今日も今日とて黒装束にすっぽり包まれた格好のまま、施術台に仰向けに寝そべった僕と向かい合うように施術台の横の丸椅子に腰かけながら、そう言った。


 つまり、僕が眠ってしまって暗黒卿の手を離してしまったら、その日の施術はそこで終わりになってしまうということだ。

 ジェフとミリーは既婚者だから、彼らに頼めば僕が眠っている間にも瘴気祓いを施してもらえるらしい。

 そんなのイヤだ。

 僕は、暗黒卿にできるだけ長い時間触れていたい!

 頑張って起きてるよ!!

 

 そう決意して、寝てしまわないように暗黒卿の話に必死で耳を傾けた。


 

 ジェフとミリーは夫婦だった。

 神聖国の神官は、基本は二人一組で行動するらしく、男同士、女同士も多いが、男女で組むときは夫婦であることが多いそうだ。

 

 神聖性の魔力の行使が出来れば、その能力の高さによって位階が授けられるらしく、既婚、未婚を問わずに神官として活躍できる仕組みらしい。


 ジェフとミリーは、神聖国の後宮で、育てられた孤児だった。

 東宮では男児が、西宮では女児が育てられる。

 皇族が住まう場所は、後宮ではなく、内裏と呼ばれ、同じ宮殿の敷地にあるが、場所は異なる。


 神聖国の後宮は神の家と同義で、10才から17才までそこで修行を積みながら神に奉仕した子供は、18才になった時、その能力に見合った神官としての位階を得る。


 それらの子供は後宮を出る時に水盆の神託により、魔力の相性の良い配偶者を提案してもらえるので、1年齢100人までの枠が空いていれば、貴族の子女でも後宮での修行を希望する者も多い。

 

 水盆の神託は、条件が合うまで、相性の良い順に配偶者を提案してくれるので、魔族の純血種を配偶者の条件に入れたい貴族子女は、入宮を強く希望する。


 枠が空いていなくて、ゴリ押しで後宮に入りたい貴族は、孤児10人を引き取って育てることで、後宮の枠を1枠空けてもらえる。


 この時、魔力の低い孤児、神聖性ではない魔力が強い孤児から順に貴族に引き取ってもらうが、早いうちから他の道に進むための学習をはじめられるので、本人たちにとっても益のある養子縁組となる。



 後宮の子供たちは、男女問わず自分から異性に触れることが禁止されている。


 だから暗黒卿が僕に触れて瘴気祓いを施すことは許されない。

 僕から暗黒卿に触れて瘴気祓いを施してもらうことは、異例ではあるが、皇王聖下の意向に沿うものだから大丈夫だろうとのこと。


 貴族子女と孤児が共に育つなんて、想像を絶する世界だが、実力主義と血統主義がいい塩梅に上手く回っているようだった。


 僕は何とか起きていようと頑張って聞いていたけど、初めて聞く異国の話に想像を膨らませながら暗黒卿のふわふわと心地の良い魔力を全身で味わっていたら、やっぱり途中で寝てしまった。

 

 そしてその日の夜も暗黒卿は僕の夢に現れた。その不気味な黒装束は、もはや不気味に思えなくなっている。まずいことになったかもしれない。


**


「まぁ! すっきりと清められましたね。この分だと瘴気祓いも今日で終わりですね?」


 ミリーは、にこやかにそう言いながら、暗黒卿の待つ施術室に案内してくれた。

 僕の浄化が終われば、暗黒卿は神託を伝え、神聖国に帰ってしまう。


 僕には婚約者もいるし、暗黒卿とどうこうなりたいという希望を持つことはできない。それでも彼女に帰ってほしくない。

 ちょっとでも滞在を引き延ばせれば御の字だ。

 

 僕は今朝考え付いた引き留め作戦を行動に移すことにした。


「例の男爵令嬢の瘴気に侵された者たちの事なんだけど、ミリーとジェフに浄化をお願いすることはできないかな?」


「あの二人であれば難のないことじゃが……」


 暗黒卿は、瘴気の発生源となっている男爵令嬢本体が改心しない限り、新たな瘴気を発生し続けるため、すぐに元の木阿弥になってしまうことを心配していた。


「一旦祓い終えた後は、定期的に神聖国に依頼を出して、再び神官を派遣してもらうことはできないかな?」


 できることなら暗黒卿にも来てほしい。


「あぁ、それでもよいが、どうせならミリーとジェフに祓い方を指導してもらって、そなたらの国で祓えるようにするのも悪くないのではないか、と言いたかったんじゃ」


「それは、神聖国の秘儀ではないのか?」


「祓う方法は秘儀でもなんでもないぞ。後宮という名の訓練所に所属する子供たちの特殊性ゆえに閉ざされた印象があるもしれぬが、それは人の出入りの管理の問題だけで、技術自体は公開されておるからのぉ」


「そ、そうか! それは素晴らしい!! 実は、先日、ミリーとジェフに魔力透視をかけてもらった学生や教師たちの中に、技術を学ぶために神聖国への留学を希望している者たちがいるんだ!」


 僕は、ガバリと起き上がり「是非すぐにでも相談したい!」と、エスコートするように暗黒卿の手を引いて、ミリーとジェフを探した。

 名付けて「瘴気祓い終わらせない作戦」だ。


 せこい時間稼ぎであることは、自覚している。それでも暗黒卿が明日帰ってしまうよりマシだ。


 応接室に通された僕は、エスコートしていた暗黒卿と共に長ソファーに腰かけ、ミリーとジェフに依頼の内容と、希望する生徒の特長を最初の日に覚えたそれぞれのオーラの色と共に伝えた。


「あの日に『暗黒卿』が選別なさったのは、多少なりとも神聖魔法の適正がある者たちですから、教えるのは構いませんが、全員が神聖魔法の初学者となれば、一度に教えられるのは一人最大4名までです。男女4名ずつ合計8名までが限界でしょう」


 そう答えたのは、ミリーだった。彼女の方が位階が上なのかもしれない。


「それから『暗黒卿』は参加できません。ダメです。絶対に。『差し障り』がございます故、有象無象と交流すれば、皇王聖下の逆鱗に触れましょう。8人まででよろしければ、お受けしましょう」


 ジェフにとっては、我が国の貴族子女は有象無象らしい。こいつにとって暗黒卿はどれだけ高貴なお方なんだ?


「それでは、妾はこなたの国王陛下の許可が出れば、アバディーン宮殿の物品でも祓いながら待とうかの?」


 暗黒卿もいてくれるらしいのは、思わぬ成果だ。


「そうですね。それが終わったら、エリオット殿下の基礎魔力を鍛えるのに協力して差し上げるのはいかがですか? 恐れながら、殿下の場合、基礎魔力が整っておられませんから、わたくしたちでは、教えようにも、いかんともしがたいですもの」


 え? ほんとに? 暗黒卿が個人レッスンしてくれるってこと??

 ミリー、ありがとう!!

 千載一遇の機会に心が躍った瞬間、ナタでぶった切られた。


「ミリー。それは無茶ぶりというものじゃ。この者は、魔術の研鑽を好んでおらぬから、こんななのだ。お望みとあらば、妾に否はないが、親切の押し売りはしとうない!」


 神様、仏様、暗黒神様。

 僕は改心しましたので、暗黒卿から個人レッスンを授かることをお許しください。


 僕はソファーからサッと飛び降りて、暗黒卿の前に跪き、教えを請うた。


「私は、この度の一件で、魔術に対する考えを大きく改めました。これまでの無精を深く恥じているところです。許されるならば何卒ご指導賜りたく存じます」


 ローブの上からでも暗黒卿が首をかしげたのが分かった。

 私の反応は予想外だったらしい。


「お望みとあらば、妾に否はない、よ?」


 オッケーらしい。

 よし。

 そうと決まれば、「早速、関係者に連絡しますので」っと、サクッと辞して、王宮に馬車を走らせた。

 もちろん、暗黒卿のローブの袖に手と顔をを突っ込んで、その手の甲に忠誠を誓うのは忘れなかった。


 ローブにすっぽり包まれて、反応が分からないのが不安だが、ミリーとジェフと共に見送りに出てくれたから、怒ってはいないと思いたい。



 宮殿に着くや否や父王、母妃と面会し、神聖国の使者たちから指導を賜りたい旨を上奏し、その許しを得た。

 そして、その日の内に魔力透視を体験した総勢20名に速達を送り、訓練希望者は翌日の正午に執務室を訪ねるように促した。

 また、自身の婚約者には、少し早めに来て欲しいとのコメントも添えた。


 興奮冷め止まぬ心地でベッドに入ったが、疲れていたらしくすぐに眠りについた。

 暗黒卿は当然のごとく、その日の夜も僕の夢に現れた。すっかり常連さんだ。


**


 婚約者は、集合時間の2時間前にやってきた。

 彼女を見た瞬間、僕は走っていって土下座した。

 昔なにかで読んだスライディング土下座ってやつだ。

 作法が正しいかわからなかったが、それが最上級の謝罪の仕方だと書いてあった。


「トリス、すまない。私は主を定めてしまった。君とは結婚できない」


 そして予想外のことが起きた。婚約者が土下座返しをしてきたのだ。


「イーライ、ごめんなさい。わたくしもどうしても挑戦したいことが出来てしまいましたの。貴方とは結婚できません」


「え?」


 僕はあっけにとられた。


「ふふっ。貴方から少し早めに来てくれと言われたときに、すぐにピンと来たの。だから、わたくしも正直に打ち明けようと決めたの。まぁ、『あるじ』と来るとは思いませんでしたけれどもね。遠からずでしょう」


 婚約者は何故か微笑んでいる。


「ピンと来たの?」


「ええ。正確には貴方があのお方にみっともなくしがみついている時から、こうなることは予想できていたのよ」


 僕は顔に血が集まって真っ赤になっているだろうことが自分でも分かった。


「あ、あの時は、まだ何ともなかったんだよ?」


「ええ。貴方自身が気付く前から、わたくしは知っていた。そういうこともあるのよ。それよりわたくしの相談も聞いてくださる?」


「もちろん」


「それじゃぁ、ソファーに移動しましょう? ここは硬いから」


 僕たちはちょっと笑って、ソファーに移動した。


「それで、君のどうしてもやりたいことって?」


「単刀直入に言うわ。神聖国に留学したいの。お二人にちょっとした瘴気祓いを教えてもらうのではなく、神聖国で戦力になるレベルの神官を目指したいの」


 僕はこうなることが予想できていたわけではないけれど、彼女が言いたいことはストンと理解できた。


「なるほど。アレを見て、ちゃんと理解したいと思うようになった、的な?」


「ええ。そうなの。流石、付き合いが長いだけあるわ。わたくし元々魔法は好きでしょ? あの日に扉が開いちゃったの」


 彼女は自分の中の正義感に押されて、曲げない、折れない、我を通すような性格ではあるけれど、こういう大胆な野望を抱いたことはなかったように思う。


「今までの努力が水の泡になっても?」


「今までの努力が水の泡になっても! だからお願い。協力して?」


「それって、もう帰ってこないかもしれないレベルだよね?」


 彼女は、これまで妃教育と学園での学業を両立させるために、歯を食いしばって努力していたのではなかったか?


 本人がそれでいいといっているのだから、止められはしないが……


「ええ、もう帰ってこないレベルよ。でもこの国に何かあれば、必ず駆け付けるわ。この国が嫌いになったわけじゃないの。今でも大好きなの。発展を祈ってる。でも、わたくしはどうしても挑戦してみたいことが出来てしまったの」


 ふと透視魔法を受けた時の彼女の姿を思い出した。彼女はまったく彼女らしからぬ姿で、芝生の上に嘔吐し続けていた。


 普段の彼女であれば、ぐっと堪えるか、どこぞに走っていて人の目に付かないところで嘔吐するかするだろうと思う。


 あぁ、あの時、彼女の扉が開いて、その先に進みたくなったのだなと、そんな風に思った。


「うん。応援する。君のご両親は説得済み?」


「ええ。説得済みよ。可能であればミリー様とジェフ様に両親にも透視魔法をかけてもらえると、わたくしのやりたいことがより深くご理解いただけると思うの。だけど、それは自分でお願いしたいから大丈夫よ」


「それじゃ、後は私側の父王と母后か」


 僕たちはその日の夕方に、父上と母上に拝謁する機会を得て、婚約の解消を許された。

 トリスは、侯爵家の令嬢で十分裕福であること、帰国の予定が未定であることから、国費での留学を辞退し、それも許された。


 何故、こんなにすんなり話が進んだのか、わからないけれど、これが必然の巡りあわせのように感じる。


 それから、ミリーとジェフによる神聖魔法の訓練は、留学を決めたトリス以外の全員が希望した。男女4人ずつで8枠しかないと説明すると、3人がトリスと同じ様に留学する方針に転換した。


 残りのメンバーは、ミリーとジェフが去った後、参加していない人にも教え合えるような組み合わせになるように二人に選んで貰った。


 暗黒卿は、神聖国の神託はアレとは関係がないと言ったけれど、何もかもがすんなりまとまるのを見るにつけ、大いに関係があるように思えた。


 今日はやることが沢山あって暗黒卿に会えなかったのがとても寂しい。

 でも、彼女を想うだけで、心がポカポカ心地よくなって、よく眠れるから、いいってことにした。


 それと、これからは、彼女が夢に出てきたかどうかはいちいち書かないことにした。

 だって、彼女は毎日出てくるってことが、僕にもだんだんわかってきたからね。

 なんとも悩ましい人だ。


**


 あら、ごきげんよう。

 わたくしは、ベアトリス。

 アバディーン国のターリフ侯爵家の娘よ。


 王太子のエリオットの婚約者だったのだけど、ある事件をきっかけに神聖国に留学して、神官を目指すことにしたの。


 きっかけは、わたくしの婚約者。

 その日もわたくしはつまらない愚物と小競り合いをしておりましたの。


 そしてうんざりとした気持ちを隠したようで隠せていない婚約者が仲裁を開始した時、神聖国からの使者が亜空間より出現しました。


 わたくしは興奮いたしましたわ。わたくしが存在すら知らなかった魔法技術ですの。魔法陣なしで3人を転移できるなんて、そうそう見られるものではありませんのよ?


 2人は神官、残りの1人は黒いローブに全身を包まれた謎の女性で、わたくしの婚約者に何かを見せました。

 そうしたら、わたくしの婚約者ったら、腰を抜かして、その女性にしがみつきながらも、初めて宮殿の中に入った子供のように物珍しそうな表情でキョロキョロといろんなものを見ていましたの。

 無様でしたわ。


 そのあと、謎の女性の指示で、女性の神官が婚約者と同じものをわたくしに見せてくれましたの。


 驚きましたわ。わたくしが小競り合いをしていた愚物は、大変おぞましい魔力に包まれておりましたのよ。あんなつまらないものと小競り合いをしていたなんて、わたくしのプライドはズタズタですわ。


 でも、わたくしが見たものはそれだけではなくてよ。


 婚約者が腰を抜かしても手を差し込んで離さない袖口から、金色のキラキラした粒がふわふわと出てまいりましたの。わたくしあんなに綺麗なものを見たのははじめてよ。

 

 驚いて見とれていたら、女性の神官が「まぁ、貴方はとても良い目をしているのね?」と褒めて下さって、それが婚約者の放つ魔素の色だと教えてくれましたの。


 女性の神官は言いました。


 我が主は、ここに来るに当たって、あの餓鬼に構うつもりはなかった。


 神託に不審な点があったため、念のために様子を見に来ただけだった。


 でも、魔道回路がやせ衰えて今にも死滅しそうなあの餓鬼を見て、憐れみを抱き、情けをかけてしまった。そして、深淵に触れたあの餓鬼は、ようやくおのれの魔力を解放する術を得た。


 魔素が、波動性と粒子性を備えていることを知っていますか?

 波動性は、魔素の固有波長が短ければ強いエネルギー、長ければ弱いエネルギーを持ち、位相を揃えることができれば、増幅することも可能。

 そしてオーラのように見えるのが粒子性の影響です。


 これに加えて、魔素は属性も持ちます。水と親和性を持ち溶け込んで遊ぶもの、火と親和性を持ち燃え上って遊ぶものなどですね。


 あの餓鬼の魔素は、結晶性の属性を持ち、魔素同士が親和性を持って寄せ集まることで、位相を揃えなくてもそのエネルギーを増幅できる類の属性だと思われます。そう考えればあの餓鬼の魔力が目視でオーラのように見えず、粒のように見えることが説明できます。


 対称性や群論を用いれば、より説得力を持って説明できるのかもしれませんが、稀な魔素属性で研究が進んでおりません。


 その魔素の結晶性ゆえに、一粒一粒、粒子ごとに放出することができないのですから、あの餓鬼が魔力を出力するのは相当に困難でしょう。同じ属性を持つ者が、仮に一定数いたとしても、皆同じ様に魔素の放出ができず、検出される機会が訪れない。その結果、サンプルが少なすぎて、研究が進まないという悪循環に陥っていることが容易に想像できます。


 光子と親和性を持ち、光と遊ぶものかもしれないとも考えましたが、それなら、水魔法や火魔法と同様に一粒一粒放出できますからね。これは違うでしょうね?


 強い弱い、上位下位などで測れるレベルまで研究を進められるほどの事例がなく、一旦解明されてみれば、ただ見てキレイだと思うだけの役に立たない属性かもしれません。研究者に見つかれば、実験体にされるでしょうね。王子でよかった。



 わが主の魔力もまた、常人には見ることができず、神聖国では深淵と呼ばれます。


 最初は単に目視するには短波長すぎるだけだと推測されていましたが、現存する検出器では、その波長を検知することができません。そこに高エネルギーな魔素があることを感じ取ることができても、検知できないことには研究がすすみません。


 魔力の仕事量から逆算することも試みられましたが、上手く行きませんでした。


 我が主がいくら実験に協力しても、誰もその正体を解明することが出来ず、また制御方法を教えることもできませんでした。


 結局、あのお方は自分で魔力の使い方を覚えなければなりませんでしたから、似たような状況のあの餓鬼をより一層、特別に哀れに思ったのでしょう。


 それが神託に絡んでいるとなれば、それはもう神による巡り合わせですからね。

 わたしにも貴方にもどうしようもないことです。



 とまぁ、こういう感じのことを言われたのですよ。


 それでわたくし、その場でその女性の神官に、弟子入りを志願しましたの。わたくしにもそのような魔道の知識をお授けくださいって。


 そうしたら、「こんな知識、孤児の私でも知っているようなことですから、興味があるのなら神聖国に行ってごらんなさい」って。


 気分が悪くなって、その場で粗相をしてしまいましたわ。


 だって、世界がひっくり返ったのですもの。

 胃の中だってひっくり返りますわ。


 わたくし、侯爵令嬢ですのよ?

 そこそこ権力も財力もある家ですの。

 権力と財力を存分に使って魔術についての知識も技術も磨いてきたつもりでしたの。


 そのわたくしが知識も技術も太刀打ちできないと思い、師事したい方は、孤児ですの?

 神聖国って、どんな国かしら?


 行ってみたくなるってものでしょう?

 


 その女性の神官は、主に指示された作業を終えたあと、わたくしのところに戻って来ました。


 同僚と連携して、婚約者の魔素の固有波長にはフィルターをかけて、他の人には見えないようにしていたけれども、第一発見者特権だと言って、わたくしにもう一度、彼の魔素を見せてくれましたの。


 周囲にキラキラしたものが沢山散らばっていましたわ。特に「深淵」の周りはとてもキラキラとして、なんだか心地よさそうに漂っていましたの。

 自分の体には愚物のおぞましいオーラを巻きつけて無様なのに……


 おかしな人ですわ。


 だから、この婚約者におかしな体勢で「トリス、すまない。私は主を定めてしまった。君とは結婚できない」と頭を下げられたときは、もうおかしくって。おかしくって。


 わたくしも同じ体勢で「イーライ、ごめんなさい。わたくしもどうしても挑戦したいことが出来てしまいましたの。貴方とは結婚できません」と頭を下げましたの。


 ふふふ。

 これでおあいこですわね、わたくしたち。


 その時の彼の間抜けな顔は、一生忘れませんわ。


 好きだったかって?


 ええ、大好きでしたわ。


 愚物との小競り合いをやめられないほどに、大好きでしたわ。


 でも、心の底から、これでいいって、思えますのよ。


 不思議ね?



**

 

 その朝、僕は気分上々で、神聖国の公邸に足を運んだ。


 婚約者の問題も解決したし、暗黒卿は瘴気を祓い終わった後もアバディーン国に滞在し、魔術を教えてくれるし、いいこと尽くしだ!


 施術台に寝そべった僕は、二日ぶりの暗黒卿の魔力を全身で味わっている。

 幸せだ。


 僕が求婚したら、暗黒卿は受けてくれるだろうか?

 それとも水盆に魔力の相性のよい相手を紹介してもらうのだろうか?

 僕が頑張って、彼女に好いてもらえるようになったら、水盆の方の男は諦めてくれるだろうか?


「暗黒卿はさ、今、神の家に属しているんだよね?」

「そうじゃが?」


「18才になったらさ、神官になるの?」


「妾は、内裏の人間じゃよって、神官にはならぬよ」


 内裏って、皇族が住むとこだよね?

 神聖国の皇族の妃になることが決まってるってこと?

 3人を一つの魔法陣で転移できる彼女の強さは神聖国の皇室も囲い込むよな?

 でも、孤児だったとすれば、側妃コース?

 お飾りの側妃?


 それなら僕にくれよ。

 大事にするから!!


 やばい、なんか涙出てきた。



「内裏の人間? え? 水盆に聞いて配偶者を探すんじゃないの?」


 ローブの中の暗黒卿が首をかしげているのが分かった。


「ん? 水盆の神託で配偶者をおすすめしてもらったぞ?」


「え? もう既に結婚してる? 指輪とかしてないよね?」


 僕は瘴気祓いのために握っている暗黒卿の手の指を撫でて確認した。

 暗黒卿は、驚いてパッと身を引いて飛びのいた。


「は? 未婚じゃ。そなたさっきから一体なんなのじゃ?」


 僕は施術台から降りて、暗黒卿の前に片膝立ちで縋りついた。


「側妃でも、いいの?」


「なにゆえそなたが泣いておるのじゃ? 側妃は望ましくはないが、それでもよいかと思えるようになってきたところじゃよ?」


 暗黒卿が他の男に嫁ぐってだけでもツラいのに、それが側妃だなんて耐えられなくなって、僕の中の何かが壊れてしまった。

 片膝立ちのまま、彼女を更に抱き寄せ、そのお腹に顔をうずめて、彼女にすがった。


「そんな不誠実な男と結婚するのはやめて! 愛のない結婚なら、やめて!! 僕と結婚して。絶対に、絶対に大事にするから。最初に会った時から、君が好きなんだ。君が好きで好きで、毎晩君の夢を見る。君が好きで好きで、トリスに土下座して婚約解消してもらった。君が好きで好きで、大嫌いな魔力の訓練ですら、楽しみで仕方がないんだ」


「ジェーフ! ミリー!! 大変じゃ~! エリオットが魔素酔いした~~!!」


 ジェフとミリーがバタバタと部屋に入ってきて、暗黒卿の腰にすがりついて号泣している僕をべりべりとひき剥した。


「すまぬ。錯乱させてしまったらしく、脈絡がなさすぎて、何を言っているのか、よくわからぬ」


 暗黒卿が二人に詫びている。


「あ~。最近バタバタして、疲れがたまってたのかな? そういう時って魔素酔いしやすいよね」


「あ~。これは、ダメっぽいな。あとちょっとだから、一気に祓ってしまうのはどうだろう? 魔素酔いで痛みを感じにくくなっているかもしれない」


 ジェフが不穏なことを言っているが、僕は酔ってなんかいない。

 失恋の痛みに耐えかねて、ちょっと取り乱しているだけだ。


「そうね。これは、一気に祓ってしまった後に、気絶させて魔素を抜くっていう手もあるわ」


 ミリーは、もっと不穏なことを言っている。怖い。

 暗黒卿~。助けて~。

 僕は暗黒卿に向かって手を伸ばす。


「そうじゃのぅ。しかし、妾がやると、ますます酔うてしまうやもしれぬな。ジェフ、頼めるか?」


 暗黒卿は、心配そうな声だけど、言ってる内容は一番イヤだ。


「やだ~~。暗黒卿以外の魔力はイヤだ~~~」


 しまった、僕、本当に酔ってるかもしれない。


「だそうだ。深淵にお願いするしかなさそうです。カミラ、ついでに神託もいっとくか?」


 深淵ってなに?

 ミリーって、本名カミラなの?

 いや、いまそれどころじゃない。神託は聞きたくないよ!


「や~だ~。神託を聞いたら暗黒卿が帰っちゃうから、だ~め~」


 よくない。本格的に酔ってるかもだけど、言うべきことは言わないと。


「あ~。そういう解釈なのね? これは、早めにいっといたほうがいいわね! ちょっと待って、神託持ってくるわ。ジェフリーは殿下を支えてて?」


 ミリーがパタパタと神託を取りに行く。


「ダメ、それは、ダメ、暗黒卿が皇王の側妃なんて…… 絶対ダメ……」


 いかん、まぶたがだんだん重くなってきた。


「カミラ、エリオット殿下は深淵が皇王聖下の側妃になると勘違いしてるみたいだ」


 そう。それは、ダメ。


「エリオット、妾のフードを取っておくれ」


 よろこんで


「ローブのボタンもとれるかの?」


 がんばる


 なかは、みずいろの、デイドレス?

 かわいい


「妾の手を握って」


 どこ?


 ビリビリビリビリビリビリっ


「いたっ!」


 え? なに? 寝てた?

 

 ん? あんこくきょ~?

 かわいい!

 ちゅーして、いい?



「カミラ、今だ! 最略式でいこう」


「神聖国皇王ダニエルは、水盆のお告げに従い、その娘である深淵がアバディーン国王太子エリオットに嫁することを欲す。汝、アバディーン国王太子エリオットは、深淵を娶ることを欲するか?」


「あんこくきょ~なら絶対ほしい、あんこくきょ~じゃないなら、いらない」


 もうムリ、ねる。



「おっ! これでオッケーみたいよ、神の御印が出たわ」


「じゃ、ベッドまで運ぶか、深淵の部屋でいいですね?」


「ええ。人を呼んでくるわ……」



**


 目を覚ましたら、そこは見知らぬベッドの上で、僕は隣に眠る黒髪の女の子のおへその上あたりに手を置いて、更にその女の子の右手が僕の手の上に乗せられていた。


 え? 何? これ、どういう状況?


 ばばっとてを引くと、その女の子が目を覚ました。

 黒目だ。

 涼し気で、綺麗な黒い瞳だ。


 かわいい。


「エリオット、すまぬ。酔い潰して、神託で強制的に結婚させてしもうた」


 え? この声は……


「暗黒卿?」


 黒目黒髪の可愛い女の子が体を起こす。


「そうじゃ。でも、大丈夫じゃよ。神聖国は一夫一婦制じゃから、妾の国ではそなたが我が夫じゃが、そなたの国には関係ないから、そなたの国では側妃でも、愛妾でも、愛人でも、なんでも好きなように呼んでよい。だから妾を傍に置いてくれぬか?」


 僕も体を起こしてこのかわいい新妻に向かい合った。


「結婚、しちゃったの?」


「申し訳ない。妾が迂闊だったのじゃ。進退窮まって、もはや一刻の猶予もなくなってしまったのじゃ」


 ん? 神託でそんなに追いつめられてたの?

 ってか、かわいいな~。暗黒卿。


「嬉しいよ。嬉しい! 暗黒卿と夫婦なんて、嬉しい!!」


「怒っておらぬか?」


 思わず暗黒卿の体を引き寄せて抱きしめた。


「怒ってない。全然怒ってない。嬉しい! 暗黒卿、名前教えて?」


「深淵じゃ。妾と同じ能力を持つものは、皆その名で呼ばれる」


「深淵」


 名前っぽくない、名前だけど、なんか似合ってる。


「はい」


 やだ。返事した。

 興奮して、ちょっとオカマ言葉になってしまった。


「ジェフとか、ミリーとかみたいなフツーの名前っぽいのは、ないの?」


「皇王聖下から嫁ぎ先に合うような名前を好きに名乗ってよいと言われたから、『暗黒卿』にした。夫につけてもらった名前で、気に入っておるぞ?」


 夫? 僕のことだよね? やだ。鼻血でる。


「ごめん。そんなつもりじゃなかったんだ。魔女っていうのもどうかと思うけど、暗黒卿は酷いネーミングセンスだ。そりゃージェフが怒るわけだ」


「しかしな、そなた、婚約者がおるじゃろう? そんな中に割って入る邪魔者じゃから、受け入れられたとしても、そのうち悪い名がつくじゃろうて。それなら魔女がいいなぁ、とな」


 え? そんな覚悟で来てくれたの?


「婚約者は、もういないんだ。ベアトリスとの婚約は解消した」


「!!! あぁぁ。どうしたものか、妾はなんてことをしてしまったんじゃ…… 妾が当初の予定の通り、すぐにミリーに神託を読んでもらって、渾身の『不気味ローブ』を纏った妾を見たそなたにサクッと断ってもらって、妾たちが引き上げていれば……」


 暗黒卿が顔を手で覆って泣き出してしまった。

 え? 当初はそんな予定だったの??

 そんなことにならなくてよかったよ。


「いや、ちがうよ。そんな悪い話じゃないんだ!」


 僕は、暗黒卿の背中をトントンしながら、トリスが夢を持ったこと、僕はそれを応援したいこと、

 そもそも唯の政略で、お互いに情はあっても愛はなかったこと、

 僕は僕で暗黒卿が大好きになってしまって、トリスに頭を下げたことを説明した。


「それでもやはり、こんな事態になったのは、妾が迂闊だったのが悪かったのじゃ」


 いや、なんでネガティブ?

 今の状況って、ハッピーエンドだよね?

 それならハッピーエンドらしく、王子様は……


「ねぇ。暗黒卿。何をそんなに気にしているのかわからないけど、僕に協力できることがあれば、なんでもするよ。だから、今は……」


 僕は、彼女に顔を寄せてその唇にキスを……


 しようとしたら、彼女の手が二人の唇の間に差し込まれて、待ったがかかった。

 なんで?


「それなんじゃが……」


 まさか、ここで「そなたを愛することはない!」が来るとか、やめてよね?


「いろいろ始める前にな、そなたに見てもらわねばならないものがあるんじゃ」


 暗黒卿は僕の手を引いて、建物の屋上へ連れ出した。

 「ちょっと驚くかもしれぬが……」そう言って暗黒卿が最初の日と同じ魔力透視魔法を掛けてくれた。


 そうしたら、辺り一面、きんきらきんだった。

 金色の粒子がチラチラと舞っている。

 特に暗黒卿の周りはまばゆいばかりだった。


 そして、彼女は王城の方を指さした。

 王城も、ある一点を中心に眩いばかりの金色のモヤにおおわれている。

 金色の粒がいっぱい集まって、モヤのようにみえるんだろう。


「あれは、そなたの居室か?」


 そういわれてみれば、金色のモヤの中心は、僕の部屋辺りだが?


「この金色の魔素の結晶は、そなたが出しておるのじゃ」


 ん?


「妾がそなたに触れることを許したじゃろ? それからそなたは自分の魔素を放出することができるようになったんじゃが、無自覚に出しまくられると、目立ってしょうがないんじゃ」


 え?


「珍しい形状じゃから、きっと他国から高位の魔術師が押し寄せてくる。下手すれば戦になるからある程度回収する必要があるんじゃが……」


「回収できるの?」


「回収できるというか、毎朝回収しておる。見ておれ」


 そう言うと暗黒卿は王城の方へ手をかざして、金色のモヤを手中に集めた。

 そして、ころりとしたクッキーのような形になるまでギュッと濃縮した金色の塊を、パクっと食べた。


「え、それ、食べられるの?」


「そうなんじゃ。魔素の塊でな、魔力枯渇した時に食べると、魔素が補給できると思うぞ。しかも比較的長波長な黄色がベース素子だから、魔素エネルギーも刺激が少なく、誰にでも食べやすい。だからこそ、狙われやすいんじゃ? わかるかの?」


 しかも美味しいんじゃ、と言って頬を染めている。

 僕の魔素、美味しいって言ってもらえて、光栄です。

 僕も真っ赤になってる自信ある。


「どうやったら、止められるの?」


 暗黒卿は、ますます顔を真っ赤にして、おずおずと話し出す。


「これは仮説なんじゃが…… そなたがどういう時に魔素を生成しているかというとじゃな……」

 

 なんか、言いにくそうだ。

 大丈夫だよ。遠慮なく言って。

 僕はそんな表情を暗黒卿に向けた。


「最初は、そなたが妾の腕を掴んでいた時じゃな。次は、その日の夜じゃ。翌朝王城付近が金色になっていたので、慌てて回収した。」


 それで?


「それから、瘴気祓いの施術をしている時と、そなたが妾の手の甲に忠誠を誓った時……」


 暗黒卿がつないでいる手を変えて、手の甲を見せてくれたら、めちゃめちゃキラキラしたものが、暗黒卿の手の甲にくっついていた。


 え? これ、僕のキス?


「すさまじいキスマークじゃろ? これは気に入って、処置していないのじゃ」


 暗黒卿は耳まで真っ赤だ。


「そして、毎朝王城に生じているのは、その、そなた、魔素酔いした時に、言っておったじゃろ、毎晩、妾の夢をみる、と」


 え? それって、僕の魔素は、僕が暗黒卿のことを想うと出てきちゃうってこと?

 いろいろと恥ずかしすぎる。

 僕は顔を見られたくなくて、暗黒卿を僕の胸元に抱き込んだ。


「暗黒卿の周りが金色の粉でおおわれているのは、もしかして?」 


「ふふふ。妾はこの魔素の結晶に好かれておってな。くっついてくるのじゃ」


「……」


 恥ずかしすぎて、言葉が出ない。


「幸せじゃな~っと、思うておるよ」 


「うん。僕は君が大好きなんだ、暗黒卿」


「うむ。察しておった。どんどん規模が大きくなるでのぉ、急いで結婚して、妾が直接そなたから回収できるようにせねばならなんだよ。こんな風に」


 暗黒卿は、僕の唇に彼女の唇をそっと触れさせた。


「……」


 幸せ過ぎて言葉が出せない僕に、暗黒卿は更なる幸せな事実を突きつけた。


「今はまだそなたの魔力回路は痩せこけておるから、このくらいで大丈夫なんじゃが、そなたが魔術の訓練をして健康的な魔力回路になってしまったら、追いつかぬでな、もうちょっと別のところから回収する必要があってのぅ。それが、まぁ、その、結婚しないとダメな場所なんじゃよ」


 顔を真っ赤にして、ちょっと震え声で言葉を紡ぐ暗黒卿に、ピンと来た。

 ピンときちゃった。


 それから僕がシャカリキに魔術の訓練にいそしんだって、想像がつくだろう?


 その後、ちゃんと普通に魔術として魔力を放出する方法も教わって、僕は世界的にも有名な魔法使いになったんだ。


 でも、なんといっても、無尽蔵にあふれ出る僕の魔力を毎晩妻に受け取ってもらうのが一番好きだ。



 ん?

 男爵令嬢のおぞましい瘴気はどうしたのかって?

 

 ほっといてるよ。

 あの程度ならまぁ、誰かが瘴気祓いの練習台にするでしょ?

 僕らの愛の前には、些末な事さ。

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