無気力勇者とシェアハウスと女神の使い その1
「だからなぁー、きさま等若いモンはなっちょらんのだぁー。」
「はいはい、ソウデスネー。」
俺は隣でクダを巻いているオヤジさんのグラスにビールを注ぐ。
ビール2本空けただけで、ここまで酔えると言うのも珍しい。
最も、俺はビールは苦手で、瓶1本も飲んだことはないので、どれくらい酔いが回るのか知らないのだが。
ちなみに俺は今、ビールをコップ1杯飲んだ後は水割りをチビチビと飲んでる。
「おぃ、飲んでるかぁ。」
「はい、ここは美味しいお酒が多いですね。」
「そうだろ、そうだろ。ここは奢りだからなぁ。遠慮なく呑めぇ。」
「はいはい、遠慮なくいただきますよ………マスター、ブルーハワイを。」
俺は、オヤジさんのグラスにビールを注いでから、バーのマスターにカクテルを頼む。
ここはホテルのスカイラウンジ。
ビールよりもウィスキーやブランデー、カクテルなどの方が雰囲気に合う。
俺の給料では、こんな所で呑むのはよほど特別な日でなければ、まずないだろう。
出来ることなら、女の子と二人っきりで来たい場所なのだが……俺の隣には中年のオヤジさん。
世の中、ままならぬものだと小さくため息を付く。
もっとも、奢ってもらっている立場では言えた義理ではない。
このひとは唯の父親だ。
今日、唯と話し合うため……唯の話では俺の品定め、にやってきたのだ。
唯の両親とあったとき、俺の隣には唯だけでなく葉月も同席していた為、少し驚いたらしい。
特にオヤジさんは、大事な娘を騙している若造、に文句を言うつもりだったらしいので、機先が削がれた形になり、結局の所無難に話し合い、双方落とし所を見つけることが出来た。
これがもし俺だけだった場合、話し合いの趣旨がずれて、場合によっては取り返しの付かない方面での交渉決裂といった状況にも成り得たかもしれないので、葉月には感謝しかない。
………もっとも、カトレアでディナーと言う報酬を約束してあるため、報酬に見合った働きと言えばそれまでだが。
で結局、今日は駅前のホテルで一泊してから帰る、唯も今夜は両親と一緒に泊まることになり、俺はオヤジさんに、酒を付き合え、と言われるがままにここでこうして呑んでいるというわけだ。
「娘を………よろしく……頼む……。」
オヤジさんがボソッとそう呟く。
そろそろ限界なのか、カウンターに突っ伏しているため、どのような表情でそういったのか分からないが、多分この一言を言うためだけに、俺をここまで連れてきたのだろう。
この年代の人は、本当にめんどくさい。
「これも何かの縁ですからね。独り立ちできるまでは面倒みますよ。」
俺は苦笑しながら、そう声をかけるが、オヤジさんはすでに寝息をたてており、聞いてはいないようだ。
オヤジさんをこのままにしておけないので、唯を端末で呼び出す。
このホテルで泊まっているので、直ぐに来るだろう。
程なくして、唯と母親がラウンジに姿を見せる。
唯の母親は、オヤジさんに声をかけ、肩を貸してそのまま出て行き、その場には唯だけが残る。
「今日はありがとうございました。」
唯はそういって頭を下げた後、俺の隣に座る。
「おい、こら。何座ってんだよ。」
「良いじゃない。私こういうところ初めてなんだもん。オトナの雰囲気あじあわせてよ」
「お前にはまだ早いよ。と言うよりこんなところにいると、お持ち帰りされても知らないぞ。」
「おにぃさんにならお持ち帰りされてもいいよ?」
「バカ、やめろ。マスターが通報しようとしてるだろ。」
「わぁ、綺麗。これなんて飲み物?……私にも同じのくださーい。」
「聞いちゃいねぇし………。」
唯が俺の目の前のブルーハワイに目を奪われる。
仕方がないので、もう一つ注文する………ただし、ノンアルコールでだ。
「お母さんがね、3年間、自由にやっていいって。そういう風にお父さんと話していたみたい。」
唯が目の前に置かれたブルーハワイ(ノンアルコール)をみながら、呟くように話し出す。
「3年間頑張って、それで先が見えないようなら、すっぱりと諦めて帰ってきなさいって言われた。」
「良かったじゃないか。」
「ウン、これもおにぃさんと……葉月さんのお陰だね。」
「運が良かったんだろ。自分の運の良さに感謝するんだな。」
俺はブルーハワイを口に含む。
何故か、懐かしい夏を感じる………かなり酔ってるな。
それからのことはあまり覚えていない。
カクテルを2杯ぐらい呑んだ後、ラウンジを後にし、唯を部屋に送り届けたところまでは覚えている。
その後はどうやって自分の部屋まで帰ったのか………?
目覚めたときは、ちゃんと自分の部屋のベッドにいた。
◇
数日後、俺は約束通り葉月をカトレアのディナーに招待した。
流石の定番で鉄板なデートスポットであり、またドレスアップしてきた葉月の、艶しくそれでいて何処か可愛らしい姿に目を奪われ、雰囲気に当てられたこともあって、食後の夜景が見えるスポットで、キスを交わしそうになった………。と言うより、あそこで電話がかかってこなければ、キスをして……そのまま先へと進んでいたに違いない。
あの時ほど電話の相手を呪ったことはなかったが、そもそも、そう言うときに端末の電源を切っておかなかった自分が悪い。こう言うところに、恋愛経験値の差が出てくるのだろう。
さらに言えば、電話の相手が由美さんであり、あるお願いをしていて、夜中だろうが分かり次第連絡がほしいといってあったため、文句も言えない……つまりは自業自得であり、単にツイて無かっただけだ。
そして、さらに数日後、仕事で4日程遠出をすることになった。
この予定は以前から決まっていたことなのだが、運悪く、唯のモデルクラブの面接日と重なってしまっている。
後のことを葉月に任せたいのだが、あれから避けられているようで口も聞いてくれない。
そのあからさまな態度に、事務所内では俺が葉月に無理矢理迫って振られたのでは?などというデマが密やかに回っていて居心地の悪いことこの上ない。
完全に無実、とは言い難いので、甘んじて受け止めていると、その態度がまた良からぬ噂を呼ぶ。
「一躍時の人だな。」
「勘弁してくださいよ。」
「で、ホントのところはどうなんだ?」
目の前の事務所の先輩が揶揄うように聞いてくる。
明日の出張についての打ち合わせのために呼び出されたのだ。
「どうもこうもないですよ。どうせ俺が何言っても、それが面白くなければ、面白い噂の方を信じるんでしょ。」
「まぁ,それが真理だな。」
無駄口をそこまでにして、明日からの出張に関しての打ち合わせを詰めていく。
「……と、まぁこんな感じだが……新見、お前ファンタジーはどのあたりまで詳しい?」
「昔ゲームでやったぐらいですよ。あの勇者が魔王を倒すRPG?」
「そっか、まぁ定番だな。一応、この辺りも流し読みでいいから読んでおけよ。」
センパイの端末から俺の端末に電子書籍のアドレスがいくつか送られてくる。
今回の仕事は、あるイベント会場に設置されるブースのプロデュースと撮影会だ。
プロデュースと言っても、殆どは本職の人が終えており、俺がやるのは実際に完成したものを見て、写真映えするように細かい調整を指示するだけだ。調整設置に3日間。最終日はお披露目のプレイベントとして、ゲストによるミニトークショーと撮影会が行なわれる。
その撮影会を見届けるまでが俺の仕事だった。
先輩がファンタジーについて言及していいたのは、イベントのテーマが異世界ファンタジーであり、ゲストが着る衣装も、ファンタジーをテーマにしているからだ。
一口にファンタジーと言っても、多岐に渡るため、定番どころの小説を読んでおけと言ってくれたのだろう。
こと、写真など、アートに関してはイメージが大事なのだ。
イメージが貧困であれば何も伝わらない。
イメージをどう伝えるために表現するか?それが写真を撮影する上のキモであり、それが出来るかできないかが技術力の差であり、それを自然と出来るのが才能というものである。
才能の無い俺としては、ひたすら自分の中の引き出しにタップリとイメージをしまい込み、必要に応じて取り出せるようにしなけれなならない。
才能がなくても、イメージの蓄積とそれを表現する技術があれば、それなりの画が取れる、というのが、俺が8年かけて辿り着いた結輪だ。
幸い現地に着くまで時間はたっぷりある。
うちの事務所は変なところでケチなので、こういう出張の時余程でなければ新幹線を使わせてもらえない。
1~2時間ぐらいなら在来線を使ってゆっくりしろ、というのがウチの事務所のポリシーなのだ。
帰ってから明日の朝までと、現地に向かう電車の時間を使えば、これくらいの書籍なら3~4冊は読めるだろう。
俺は先輩にお礼を告げ、店を後にした。
◇
「ねぇ、おにぃさん。何読んでるんですかぁ?」
「ん、資料。」
「どれどれぇ……ってエッチなのじゃないですかぁ。」
唯が覗き込んできたとき、丁度、主人公がヒロインを凌辱しようとする場面で、挿絵もついていた。
「最近はこういうの当たり前なんだろ?」
この本はR指定ってわけでもなく、普通に本屋でも売られている。
出版社のHPにも「小中学生の間で大ブレイク!」などという煽り文句が書かれているぐらいだ。
実際に内容としても次の瞬間、別のヒロインによって主人公が張り倒され未遂で終わっているので、行為に及ぶ描写など欠片もない。
「でもでもでもぉ……。」
「興味があるなら、このリーダー置いてってやるから明日にでも読んでみれば?明日から一人だし暇だろ?」
「明日から一人って、どういう事ですか?」
「言ってなかったっけ?明日から4日間出張なんだよ。」
「えー、聞いてませんよぉ。……でも、そっか、だからおねぇさん……。」
「ん?葉月がどうしたって?」
「おにぃさんとおねぇさん、デートしてきたんでしょ?どうでしたぁ?おねぇさんおっきかったぁ?」
ニマニマと笑いながら唯がのしかかってくる。
「オイこら、襲うな。」
「えー、私もおにぃさんとイチャイチャしたいよぉ。おねぇさんばっかりずるいぃ~。」
先日、両親と会ってから唯の態度が少しだけ変わった。
それまでは、どこか緊張が抜けなく、わざと明るく振舞っているような感じだったのだが、今は自然体で甘えてくるようになった。
自然に笑えてるのは良い事なのだが、こう、無防備にこられると色々と不味い。
「おにぃさんと離れるの……淋しい。」
唯がじっと見つめながら言う。
「だから、そういうのは不味いんだって。」
俺は唯との距離を開ける。
さっきまで本を読んでいたせいで、主人公との意識のシンクロが抜け切れていない。
唯の事がとても可愛く見え、愛しく思ってしまう。
普通、本を読むとき、俯瞰して眺めるように読む人と、主人公にシンクロし、その世界に入り込む人に分かれる……らしい。
前者はあくまでも物語を物語として捉え、終始冷静な状態のため後を引きずらない。
しかし、後者の場合、程度の差はあれど、その世界に入り込むため、読後に口調が変わったり、テンションが引きずられることもある。重症者になると、しばらくはこっちの世界に戻ってこれないという事もあるらしい。
軽い例で言えば、映画などを見た後、その主人公になり切って出てくるような、アレであり、重い例は中二病と呼ばれる患者を想像して貰えばわかりやすいかもしれない。
俺の場合、どちらかというと入り込むタイプなので、読書を邪魔されるのはあまり好きではない。
だから普段は人の居る所で読まないのだが、今回ばかりは仕事もあり、間が悪かった。
丁度読んでいた本は、多数のヒロインの間で揺れ動くさまを描いた異世界を舞台にしたラブコメであり、その中のヒロインの一人が唯によく似ていたのだ。
また、そのヒロインが可愛く生き生きと描かれていて、俺の感性を直撃していたのもまずかった。
「えー。おにぃさん、唯の事嫌いなの?」
偶然だろう、唯の言葉が本の中のヒロインと被る。
主人公はその言葉の後ヒロインを押し倒していたのだが……。
「えっ、ちょっと、マジですかぁ。」
気づけば俺は唯を床に組み伏せていた。
「えっと……おにぃさんなら……いいですよぉ。でも優しくしてくださいねぇ。」
じっと俺を見つめていた唯の瞳が閉じられる。
俺はそのまま顔を近づけていき、そして……。
……意識が途絶えた。
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