後輩 VS 幼な妻
「……。」
「……。」
空気が重い。
向かい合う形で座る葉月と唯。
互いに自己紹介をした後、お互いの顔を見たまま微動だにせず、以来ずっとこの状況が続いている。
「あー、俺ドリンク取ってくるわ。」
俺はその場の空気に耐えられず逃げを打つ。
◇
誠二が逃げ去った後も、テーブルでは不穏な空気と沈黙が続く。
その沈黙を先に破ったのは唯の方だった。
「おねぇさんは、おにぃさんのなんなんです?」
可愛い人、というのが、唯の第一印象だった。
誠二に呼ばれてやってきたのはいいが、何故この人と合わせたのだろう?と疑問が募る。
「なんだと思う?」
葉月は悠然と構えながら逆に問い返す。
平静を装っているが、葉月もまたかなり動揺していた。
……可愛い娘ね。新見さんの趣味ってこっち系かぁ。
自分も可愛い系だと自覚はある葉月だったが、目の前にいる娘とは系統が違うのが分かる。
誠二に持ち掛けられた『相談事』と言うのは「拾った子をどうすればいいか分からない」と言うものだった。
だから葉月は「何ならウチで引き取りますよぉ。」と軽く答えたのだ。
拾ったと言うから、てっきり子犬か子猫だと思っていた。
誠二のアパートはペット不可なので困っているのだろうと思いこんでいたのだ。
葉月のアパートもペット不可ではあるが、そろそろ引っ越しを考えていたので、これを期にペット可の広いところに引っ越すのもいいと思った。
誠二のアパートの近くなら、子犬(もしくは子猫)の様子を見に遊びに来てくれるかもしれない、と言う期待もあった。
しかし蓋を開けてみれば、子犬でも子猫でもなく、女子高生だったとは。
………ひょっとしたら、彼女がいる、と牽制されたのかな?
葉月自身、最近露骨にアピールをしている自覚はある。
そうでもしないと、全く進展しないと言う焦りからくるものだったが、それをウザがられたのかもしれない。
そう考えて、落ち込んでしまう葉月だった。
「彼女さん……ですか?」
……おにぃさんみたいな素敵な人に彼女がいないなんてあるわけがないよね。
考えてみればすぐわかることだったのに。
こんな可愛い人が彼女なら、私に手を出さないようにしていたのも頷ける、と唯は結論付けた。
「そうだ、って言ったら?」
葉月は内心の動揺を隠しながらそう言ってみる。
次に来るセリフは、「別れてください」だろうか?それとも「私の方が彼にふさわしい」だろうか?
葉月は本で読んだことのある修羅場の場面をいくつか思い出して想像する。
実のところ、学生時代からそれなりにモテていた葉月だったが、恋愛経験はない。
告白されることもあったが、一目見て「何か違う」とピンと来なくて断り続けていた。
そのせいか、いつしか「高嶺の花」とされて、周りでザワザワするも直接葉月に言い寄ってくるような男性は姿を消していたのだ。
自分ではそんな気もなかったのだが、そういう態度が同性に受けが悪く、葉月にとって友人と呼べる存在は少なかった。
なので、色々注意やフォローしてくれる存在もなく、結果として異性からも同性からも距離を置かれ孤立していった。
だから、葉月には対人関係の経験値が少なく、こういう時に参考になるのは本で読み漁った知識だけなので、偏ってしまうのは仕方のない事だった。
しかし、唯の行動は葉月の想像と違っていた。
いきなり目の前で頭を下げたのだ。
「ごめんなさい。私みたいなのが、おにぃさんの傍にいるの気分良くないですよね。でも、もう少しだけ一緒にいる時間をください、お願いします。」
恋人の家に見知らぬ女性がいるというのは許せることじゃないだろう、という事は唯にだってわかる。
また、自分が原因で、親切なおにぃさんが、目の前の可愛いおねぇさんと喧嘩するのも嫌だった。
だけど、唯自身にも叶えたい夢があり、その為にはもう少しだけおにぃさんの親切に甘える必要があった。
だから唯は自分にできる唯一の事……誠心誠意心を込めてお願いをするのだった。
「ちょ、ちょっと、頭を上げてよ。ごめん、彼女じゃないから。お願いだから頭を上げて、ねっ。」
葉月は焦った。
まさか頭を下げられるとは思ってもみなかったのだ。
それどころか、この勢いでは、床に座り込み土下座をしかねない。
……これが若さか。
などと益体もない事を考えつつ、必死に唯を押しとどめる葉月だった。
「彼女さんじゃないんですか、そうですかぁ。てっきりおねぇさんが「シアさん」だと思ってました。」
葉月の必死の説得により、ようやく頭を上げた唯が、ドリンクで口の中を潤しながらそう言う。
「ちょっと待って。「シアさん」ってだれ?どう言うこと?」
葉月は唯の言葉に聞き流せないものをとらえ、訊ねる。
「うーん、今朝お兄さんが寝ぼけて私を抱きしめながら「シア」って言ったんですよぉ。」
「ちょっと待って!寝ぼけて?抱きしめた?………色々ツッコみたいことが多いけど、唯ちゃんはそれを「彼女の名前」だと思ったのね?」
「はい。凄く甘い声で囁かれたので、思わずキュンッてなっちゃいました。」
「うぅっ、私も囁かれたい…………じゃなくてっ!」
誠二について話す二人の様子は、端から見れば仲のいい友人そのものにしか見えず、一人の男を取り合っているようには見えなかった。
◇
「………なんですよ。酷くありません?」
「ヘタレかっ!………まぁ新見さんらしいって言えばそうなんだけどね。私の時も……。」
誠二が敢えてゆっくりドリンクを選び、さらには牛歩戦術並にゆっくり、しかも遠回りしながら戻ってくると、そこには先ほどまでの重い空気とは打って変わって、仲のよい女の子同士が会話しているときに放つ、明るくほわほわな空気に包まれていた。
重苦しいよりは余程マシなのだが、これはこれで中に入り辛いものがある。
「お帰り~。遅かったね。」
「そうですよぉ。待ちくたびれました。私もドリンク取ってきますね。」
席を誠二に譲り、席を立つ唯。
「あ、唯ちゃん私も行くわ。」
キャッキャと騒ぎながらドリンクコーナーに仲良く向かう二人をみて、杞憂だったかと胸をなで下ろす。
最初二人を会わせたときは「失敗した」と思ったのだが、今の様子を見る限り余計な心配だったようだ。
今の二人は、誰がどうみても仲の良い友達にしか見えない。
最も二人が仲良くなったきっかけが「誠二が如何にヘタレなのか?」と言う話題で盛り上がった為、だと言うことは当然の事ながら気づいていない。
これで、唯を葉月に押しつければ、俺の面倒はすべてなくなる。
この時は、そのことを信じて疑わなかった。
◇
「マジか?何でそうなった。」
「いや、まぁ、それは仕方がないと思うよ?」
唯の言葉を聞いてテーブルに突っ伏し頭を抱える俺を、葉月が慰めてくれる。
「えっと、あの、ごめんなさい?」
「なぜ疑問系……。まぁいいか、過ぎたことよりこれからのことを考えよう。」
「新見さんのその前向きな思考大好きです。」
ニコニコと笑顔で頷く葉月。
ここだけの話だが、葉月の笑顔は可愛い。
だからそんな顔で「大好き」と言うのはやめてほしい。
どうしても誤解して期待してしまうだろ?
益体もない事を考えつつ、これからどうするのが良いかと言うことに思考を切り替える。
唯の話では、この週末に唯の両親が来るらしい。
唯を引き取りにくるならいいのだが、どうやら俺の品定めにくるんだとか。
「最初はね、冷静に話してたのよ。勝手に家出たことを謝って、それでも自分の将来のことだから理解してほしくて………。それでうまく話がまとまりそうだったんだけど、今どうしてるのかと聞かれて、おにぃさんに御世話になってることを素直に話したら、お父さん急に怒り出して……。」
「普通は怒るわよねぇ。大事な娘が、どこの馬の骨とも分からない見ず知らずの男にキズモノにされたとなれば………ところで、何で「馬の骨」なのかな?」
「知るか!………って言うかキズモノになんかしてねぇぞ。」
「事実と、それが信じられるかは別問題よねぇ。」
葉月の言葉に俺は黙り込む。
そのことは痛い程良く分かっている。
人は、事実ではなく信じたい方を信じる生き物だ。
そして、その信じたい方というのはえてして事実と真逆である方が多い。
さらに言えば、当事者とは関係のないその他大勢は、地味な真実より派手な虚構を好む。……その方が面白いからだ。
そして、その派手な虚構に踊らされ、真実は埋もれていく……世の中の大半はその様にして出来ている。
「………だと思うのよ。」
「ん?」
俺が暗い思考に沈んでいる間に葉月が何かを言っていたようだ。
「悪い、ボーッとしてた。」
「もぅ!だからね、唯の御両親が来るとき、私も同席するって言ってるの。唯が見知らぬ男性と二人っきりでいるより、女性も一緒の方が安心するでしょ?……なんなら先輩にも声掛けておく?」
「いや、葉月の同席はありがたいが、由美さんは必要ない。そもそもそれじゃぁ順序が違う。」
「それもそっか。」
俺の言い分に葉月はあっさりと引き下がるが唯は不思議そうな顔をしている。
その表情に気づいた葉月がフォローを入れる。
「あのね、先輩は新見さんが唯に紹介しようとしているモデルクラブの古参の人なの。」
「古参というか、事実上のトップだな。あそこの社長は由美さんの言うことなら大抵は通すからな。……それだけに、唯が由美さんと会う前にはすべての問題を片づけておくべきだ。」
「ま、そういう事ね。」
俺の言葉に頷く葉月。
それを受けて唯も深く頷く。
「それでね、それでね………。」
葉月がさらに話を続ける。
葉月の声が何故か心地良く、聴いているだけで眠りに誘われる。
唯に出会った前後からみるようになった不思議な夢。
夢だというのに妙にリアリティがあって、それがまた面白い。
ただその夢のリアルさ故か、あまり休んだ気になれず、ちょっとした隙間時間があると眠くなるのは、やっぱり疲れが取れてない所為なんだろうか。
この2~3日に起きた問題が解決しそうだ、というのもあるだろう。
「………って思うんだけど、どう?って新見さん聞いてますか?今大事な話なんですよ。」
「ん、あぁ、聞いてる聞いてる。いいんじゃないか、別に。」
葉月が何を言ってたか分からないので、適当に答えておく。
昔誰かが言っていた。「女性が意見を求めるときは、意見を求めているのではなく、同意を求めているのだ」と。
だから、よく分からないときは同意しておけば問題ない………はず。
そんな事を考えながら、俺の意識は闇の中へと落ちていった。
◇
「新見さん、本当にいいんですね。今更冗談って言うのは無しですよ。」
「葉月さん、……おにぃさん寝ちゃってます。」
「はぁっ!普通こんな大事な話してるときに寝るぅ?」
「あはっ、あまり聞いてなかったりして。」
「はぁ………まぁいいか。一応承諾は得たし………新見さんOKだって言ったよね。」
「はい、言いましたね。」
「じゃぁOKと………唯はそれでいい?」
「はい、私は大変有り難いですけど………いいのかな?」
唯はちらっと横を見る。
そこには深く眠りにつく誠二の姿がある。
「いいのいいの。ちゃんと確認したんだし、OKって言ったし。それとも唯はやめる?」
「いえ、お願いしますッ!」
葉月の少し意地悪な問いかけに、唯は慌てて大きく首を振り、葉月の計画に乗ることにしたのだった。
前回、今回と葉月ちゃんが目立ってます。……本来は名前すらないモブだったはずなのですが(^^;
他の作品でもそうですが、現実を私が描くと、なぜか人物が思い通りにかけません。
キャラが勝手に動くのを喜ぶべきか、コントロールできない自分の未熟さに落ち込むべきか……。
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