無気力勇者旅立つ?
何でこうなっているんだろう?
俺は頭を抱える。
目の前には、全裸のまま毛布をかぶり、頭だけ出した状態で、俺を睨む少女がいる。
「責任、取ってくれますよね?」
少女は涙ぐみながらそう言ってくる。
「あのなぁ、何で俺が責任とらなきゃならんのだ?大体何の責任だよ。」
「私の裸みた……。」
「勝手に脱いだのはお前だ。」
「私にキスした………。」
「されたんだ。所かまわずキスしてきたのはお前の方だろ?」
「……私の胸触った。」
「……………………。」
「もぅ、お嫁にいけないっ!」
わっと泣き崩れる少女。
「えっと、落ち着け。俺は何もしてないし、お前は何もされてない。ただ酔っ払って、一緒のベッドで横になってただけだ。」
だから、お嫁にだって行けるぞ、と泣きじゃくる少女………シアを宥める。
夢の中の筈のこの世界。てっきり目が覚めれば、また唯が横にいるのだろうと思っていたのだが、目が覚めた時に目の前にいたのはこの少女、シアだった。
裸で抱きしめられていたシアは、最初何が何だか分からずぼーっとしていたが、自分の置かれている状況を理解した途端、真っ赤になって毛布をかぶり、俺を責めている、というのが今の状況。
「……。ホントに何もしてない?」
涙目で見上げてくるシア。
「してないしてない。」
「女神様に誓えますか?」
「あぁ、女神だろうが魔王だろうが何にでも誓ってやるよ。」
「本当の本当に何もしてないんですか?」
「あぁ、何もしてない。」
「………………ヘタレ。」
「何でやねんっ!」
◇
「それで、セイジさんはこれからどうなされるんですか?」
先日見た、少し古めのカントリーガールのような衣装に着替え終えたシアが訊ねてくる。
会話をしつつも、その手はしっかりと動いており、瞬く間に朝食が出来上がっていく。
「私と結婚してこの村で暮らすというなら歓迎しますよ?」
むしろそうしましょう、と言いながらテーブルに朝食が並べられていく。
「あのなぁ……。そもそもここはどこなんだ?」
俺は椅子に腰を下ろし、手を合わせて、頂きますと小さく言ってから用意された朝食に手を着ける。
焼きたてのパンは、表面は少し堅いが、中はふっくらとしていて、噛むとほのかな甘味を感じる。
スープは色々な野菜を煮込んだものだろうか?
コンソメほどではないが、深い味わいがある。
ソーセージと野菜を玉子で和えたものは素朴で優しい味がする。
………そう言えば朝食を摂るなんて何年ぶりだろうか?
ここが夢の中だという事も忘れて、しっかりと味わう。
「ここはアルバの村ですよ。セイジさんはどこから何しにいらしたのですか?」
俺が食べるのをニコニコと眺めながらそう言うシア。
「どこから……かは分からないな。気付いたらあの熊………オウルベアに追われていたんだ。」
俺はそう答えながら、コーヒーによく似た飲み物に口を付ける。
見た目はコーヒーそのものなのに、味は紅茶と言うギャップに、つい顔をしかめる。
しかし、味まで分かる夢というのも凄いよなぁ。
「そうなんですね。ではその前は?」
「その前かぁ……。」
今の俺は夢を見ている、なんて言っても、頭がおかしいと思われるだけだろう。
かと言って、なんて言えばいいのか……。
そこまで考えて、俺はふと少し前の夢を思い出す。
確か、なんか知らない場所で、ミーアって言うコスプレ少女に世界を救えって言われたんだっけ?
その時の事を思い出しながら、シアにそんな事を話して聞かせる。
「まぁ、じゃぁセイジさんは勇者様なのですね!」
いきなりシアのテンションがあがる。
「早速行きましょう!」
「ちょ、ちょっとまて。落ち着け!」
俺は二の腕をつかんでいるシアの手を振り解き、シアを座らせる。
「いったい何なんだ。勇者ってどう言うことだ?」
確かにあの夢でも、ミーアに勇者がどうのと言われた気もしたが、あまり話を聞いてなかったからなぁ。
「世界を救う勇者様ですよ。この村には昔から、勇者様が最初に降り立つと言う言い伝えがありまして。」
「言い伝え?」
「ええ。『世界に災い降り懸かりし時、女神が勇者を使わす。勇者はこの地より旅立ち、艱難辛苦を乗り越え世界を救う』とあります。」
「………その勇者が俺だと?」
コクンと頷くシア。
「艱難辛苦にあうのは決定事項なのか。」
コクコクと再度頷くシア。
「帰って良いか?」
「どこに帰るんですか。」
立ち上がってベットに向かう俺の腕を引っ張る。
「どこって……現実?」
「訳分かりません。ここが現実ですよ。それより出かけますよ。」
そう言って俺の腕を引っ張り外へ連れ出す。
「出かけるって、どこに行くんだよ?」
シアに引っ張られながら、行き先を訊ねる。
ここまで来たらジタバタしても仕方がない。何より格好悪い。
まぁ、なるようになるだろ。
「もちろん旅立ちの準備です。……まずはここですね。」
シアに連れてこられたのは、村のある家の前。剣を模した看板が架かっている。
「ここは?」
「武器やさんですよ。……オジさーん。」
「おぅ、シアちゃんとお客人じゃねぇか。夕べはお楽しみだったかい?」
「それが、この人ヘタレで……。」
「アンちゃん、そいつはイケねぇな。それともシアちゃんじゃ小さくて満足出来ねぇってか?」
店の親父は下卑た笑いを浮かべる。
「私は88ありますっ!小さくないです……ってなに言わせるんですかっ!そうじゃなくて、セイジさんは勇者様だったんですよ。」
「おっ、………おぉっ!勇者様かい。じゃぁこれ持って行きな。防具屋にも知らせておくぜ。」
親父の表情は一転して愛想の良い笑いに変わり、一本の棒を俺に渡すと慌てて外へと飛び出していった。
「これは?」
「ヒノキの棒ですね。勇者様の由緒正しい武器だと言われています。旅立つときは「ヒノキの棒」「旅人の服」「お鍋のふた」を装備していくと言い伝えにあります。」
「………そうか。」
なんか昔のゲームにそんなのがあった気がする。
さすがは夢だと、妙なところで感心するのだった。
「ここで最後ですね。」
あれから防具屋で旅人の服をもらい、道具屋でお鍋のふたをもらった。
行く先々で、「夕べはお楽しみでしたね。」と言われ、その都度シアが「この人ヘタレで……。」といい、俺を見る目が残念なものに変わるのを体験し続けた俺のHPは、残り僅かになっている。
シアに案内された最後の店は「薬屋」だった。
ここで既にお馴染みになったやり取りの後、薬草を5束貰う。
「これで全部揃いましたね。………では行きましょうか。」
「行くって?今のが最後の場所って言ってなかったか?」
「何行ってるんですか?準備が整ったんですよ。みんな待ってますよ。」
よく分からないままシアの後に付いていく。
連れて行かれた場所は、村の入り口だった。
そこには全村人達が集まっている。
「皆の者。勇者様の旅立ちじゃ!」
「おぉ!」
「頑張れよっ!」
「アンちゃんならやれるぜ!」
村長の言葉に続き、村人達の励ましの言葉が口々に贈られる。
「セイジさん………いえ、勇者様。旅の無事と立派に務めを果たされることを、この地よりお祈りしております。…………お元気で。」
シアは俺の唇に自分の唇を押しつけ、そして離れる。
…………これは、旅立たないとは言えない流れだな。
俺は仕方がなく、皆に背を向け、村の外へ向かい歩き出した。
「セイジさん……………。」
シアの声が、遠く小さく消えていく………。
こうして、俺は始まりの村、アルバから旅だったのだった。
◇
……………その夜、アルバの村の外れにある家に、一人淋しく向かうシア。
村での作業が長引いて帰るのが遅くなったのだ。
ほんの2~3日のことだったが、セイジがいてくれて楽しかったことは事実だ。
それを証明するかのように、家路に向かう足取りが重い。
帰っても、もう誰もいないことが分かっているから……。
シアは出迎えてくれる者のいない扉を開ける。
「よう、遅かったな。」
「……………。」
一瞬ドキッとした。
誠二が帰ってきたかと思ったのだ。
……しかし、それはシアの願望が生み出した幻聴だった。
「セイジさん……どうか、気を付けて……。」
シアの真摯な祈りが深い闇の中に響き渡るのだった。
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