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無気力勇者とコスプレ少女

「……南無法蓮華経、南無……。」


ポクポクトいう特徴ある木魚の音と読経が静かに響く室内で俺は目を覚ます。


一瞬、クマに殺された自分の葬儀かと思ったのはナイショだ。


「……しかしリアルな夢だった。」


今は親父の葬儀の真っ最中。和尚の読経の声を聴きながら、俺は先ほどまでの夢を思い出す。


間近に迫った熊の殺気と息遣い。その爪に斬り裂かれた時の壮絶な痛み。


どれひとつとっても夢とは思えないほどのリアリティだった。


「考えても仕方がないか。」


俺は小さな声で呟きながら、目の前の葬儀に集中する。


長い読経が終わり、焼香し、再び長い読経を聞きながら終わるのを待つ。


やがて、読経も終わり和尚が退場していく。


これで葬儀は終わりで、後は親父を隣接した火葬場で焼き、お骨を墓に収めればそれでおしまいだ。



「悪いけど席外していいか?」


親父を火葬場の窯に入れた後、俺は兄貴と妹にそう声をかける。


「ん、隣で精進落としの用意してあるんだが?」


「あ、俺の分はいいよ。近くが今日の現場なんだ。任せてあるとはいえ、トラブルが起きてないか気になってな。」


「おにぃ、骨上げは2時間後だよ。それまでに帰ってこれる?」


妹が不安げな顔でそう聞いてくる。


今までも、よく不測の事態に巻き込まれて、色々とブッチしてきた前科があるため、妹の俺に対する信頼度はゼロだ。


「まぁ、何もトラブルがなければすぐ戻ってくるさ。……トラブルがあった場合は、……悪いけど後任せる。」


「ちゃんと戻ってきなさいよ、バカにぃ。」


そんな妹の言葉を背に受け、俺は火葬場を後にした。




「さて、何もなきゃいいけどな。」


オヤジには悪いが、生きている人間には生活がある。


仕事上でトラブルが発生すれば、下手すれば明日からの職を失うことだってあり得るのだ。


「……まぁ、仕事人間だった親父なら理解してくれるだろう。」


そんな事を呟きながらも、俺の頭の中に、葬儀前に見たコスプレ少女の姿が浮かぶ。


考えすぎだと思うが、どうしても引っかかってしょうがないのだ。


葬儀会場から現場まで車で5分もかからない。


凄い偶然ではあるが、葬儀の真っ最中でなければ、最悪直ぐ対処に向かえるという事で、経験の浅い若手を代理にすることが出来た。


もっとも、そういうセイジもまだ26歳で十分若手と言われる年なのだが、高卒で今の事務所に入って8年のキャリアがあり、中堅どころとして重宝されているのも間違いはない。


また、普段の行動が落ち着いていて(同僚に言わせれば年寄り臭いのとのことだが)実年齢より上に見られることが多いため、取引先からもそれなりの信頼を得ている。


「あ、新見センパイ。今連絡しようと思ってたんですよ。」


車から降りた俺を見るなり、現場を任せていた代理の若手が駆け寄ってくる。

どうやらいやな予感が的中したみたいだ。


「何があった?」


「来てもらった方が早いです。もう僕じゃどうしていいか分からず……。」


そう言いながら俺の手を引っ張る若手の後に続いて奥へ進む。



後輩に手を引かれて進んだ先では、「ファンタジー撮影会」と大きく書かれた看板の下でカメラを持った男数人と、コスプレをした女の子が何やらもめている。


目を凝らしてよく見ると、揉めている女の子の方は、葬儀場前で出会た少女だ。


「あの子は?」


「え?センパイが手配したモデルじゃないんですか?」


「バカいえ、モデルは一人だってちゃんと詳細にも記載してあるだろうが。」


「えぇ~。でも、あの子、ここに来るなりポーズを取り出して……。」


あの少女は、後輩の話では、最初キョロキョロしていたが、カメラマンたちに向かって笑顔を振りまきポーズを取り出したというのだ。


だから、後輩も、遅れてきたもう一人のモデルだろうと思ったらしい。


仕様書と現場で違いがあるのはよくあることなので、後輩もあまり気に留めなかったらしい。


「それで、いつまでもあの衣装のままなので、「焦らすのもいい加減にしろ」って、お客さんが怒り始めて。」


「だろうな。……しかし、そうするとあの子は一般人だ。どうして紛れ込んだか分からないが、とりあえずは引き離そう。」


俺は騒ぎの渦中へと飛び込んで行く。


「あー、ゴメンナサイね。この娘は違うんですよ。」


「なんだとっ」


「話が違うじゃねぇかっ!」


「違いませんよ。ちゃんとモデルの紹介はしてあるでしょ。そこにこの子いなかったはずですよ。」


俺は何か言いたそうにしている少女の身体にバスタオルをかけ、本部のテントに連れて行くように、アシスタントの女性に目配せをする。


「しかしだなぁ。俺達は金払ってるんだぞ。」


「そうだそうだ。」


「だから撮影会してるでしょ、ほら、あっちで本職のモデルさんが呼んでますよ。」


俺が指さした先では、可愛らしく誘惑する笑顔を向けているモデルがいる。


こういう時は、感情を抑えて、あくまでも冷静に事実を告げることが大事なのだ。


「っ……。」


カメラを持った男たちは悔しそうに顔を歪める。


「間違った素人が騒がせたお詫びに、撮影時間を30分延長しますからそれで収めてください。あと、あの娘は紛れ込んできた一般人らしいので、撮影したデータを消せとまでは言いませんが、外部への流出はしないようにお願いします。次回以降も無事開催できるようにご協力お願いしますよ。」


そこを落としどころにしろ、と、そして、データは処分しろと言外に含めて伝える。


「クッ、わかったよ。」


カメラを持った男たちは、少し不満げながらも真のモデルに向かっていく。


彼らにしても、意味のない言い合いで時間をつぶすような勿体ないことはしたくないはずだ。


そんな暇があれば、1枚でも多くモデルの姿を写真に収めるのに費やした方がお互いの為にもいいと思う。


俺は、後輩とアシスタントの女性に、モデルのフォローと後を任せる指示を出すと、テントに残っている少女と向かい合う。


「お兄さん、さっきタオルケットくれた人だよね?なんで邪魔するのよ?」 


状況が分かってない少女は、そう言ってくる。


「えっとな、お前……。」


「お前じゃないわ。唯よ。 」


「あー、じゃぁ、唯ちゃん、何しに来たんだ?ここがどんな場所か分かってるか?」


「子ども扱いしないでよ。コスプレ撮影会の会場でしょ。それぐらいわかってるわよ。だからこうしてコスプレしてきたんじゃない。」


「……間違ってはいないが、ただのコスプレ撮影会じゃないんだよ。」


俺はそう言って、モデルを指さす。


「えっ、……ちょ、ちょっと、なんであの子脱いでるのっ!」


丁度、モデルはお客さんのリクエストにこたえ、その豊満なボディを曝け出している所だった。


「そういう趣旨の撮影会だからだよ。あのモデルはセクシー女優……AV女優と言った方が分かりやすいか?」


今回のイベントはセクシー女優がモデルのコスプレ撮影会だ。

当然ポロリもあれば全裸もある。

モデルもプロなので、お客さんを焦らしながら、エロティックに誘う様に絶妙なタイミングで脱いでいく。

お客さんはそれを楽しみに高い参加費を払っているのだから、モデルが脱がない、なんて事が有れば怒るのも当然だ。


「え、でも、このサイトに書いてあって……。」


唯が端末でサイトを開き、そのページを見せてくる。


「あぁ、これは悪質なフィッシングサイトだな。」


内容が内容だけに、あまり大っぴらに告知しているわけでもなく、また、人目に付きにくいこのような場所を会場に選んでいるので、一般人が間違って紛れ込むような事故は起きない筈なのだが、稀に、今唯が見せたようなサイトの管理者が、便乗詐欺を働くこともある。


「金振り込んだのか?」


俺が訊ねると唯は黙ってコクンと頷く。


そのサイトにはモデル募集と参加費の振込先が書いてある。


更には有名カメラマンも参加するので、モデルの道が開けるかも?と大きく煽り文句が書いてある。


「モデルになりたかったのか?」


「ん。」


再び訊ねると、唯は小さく頷く。


「まぁ、少し高い授業料だと思って、次からは気を付けるんだな。」


モデル参加費は1万円とある。


唯は見た感じ高校生だろうと思われ、高校生のお小遣いとしては決して安くない出費だろう。


「家はどこだ?送るよ。」


葬儀場の前であった時もこの格好だったし、見た感じ着替えの類は持っていなさそうなので、そのまま帰すのはトラブルの元になると考え、そう言ったのだが、唯は小さく首を振る。


「帰れない。」


そう言って唯は端末を見せる。


そこには、『格安!モデル養成所。寮アリ。すぐ入居可!』と謳っているスパムメールが表示されていた。


「まさかと思うけど……。」


誠二の問いかけにコクンと頷く唯。


その後、ぽつりぽつりと話し出す唯の言葉をまとめると、こんな感じだった。


唯には憧れている声優さんがいて、一時期は声優を目指そうと考えたこともあったそうだ。


しかし、自分に演技は無理と悟ってからも、諦めきれず、色々と考えていたらしい。


コスプレはその一環で、今唯がしている元になったヒロインも、その声優が声をあてている。


そして、コスプレ衣装を作っている時に、友達の言った「モデルになれば?」という一言が引き金となり、モデルを目指すことを考えたそうだ。


しかし、当然のことながら両親は反対。唯としてもモデルになりたいと思ったものの、どうすればいいか分からず、結局諦めかけたところで、例の詐欺サイトが目に留まり、そのサイトに誘導されるがままにお金を払い、この会場まで来たという事だ。


因みに、モデル養成所のフィッシングサイトには30万もの金額を払っており、そのお金は、親の口座から黙って引き出したというのだ。


これでは帰れない、と思うのは仕方がないと思うが……。


「あのなぁ、自分一人で生活できないガキがナマ言ってんじゃねぇ。」


「出来るもんッ!」


そう言っておもむろに衣装を脱ぎだす。


「ヌードモデルやればお金貰えるんでしょ。今からでも撮影いいよ。」


「あほッ!」


俺は慌てて脱ぎ掛けた服を抑え、頭からタオルケットをかける。


「そう簡単な話じゃねぇんだよ。そんなんだから騙されるんだぞ。」


「だって、だって……。」


「とにかく、帰れっ!」


「イヤッ、絶対モデルになるの。」


「そんな甘いもんじゃねぇって言ってるだろ。」


「だからといって何もせずに諦めるのはイヤなのっ。」


「お前なぁ。」


唯の強情さに呆れつつも、その気持ちには思い当たる節もある。

自分も高校生の時には似たようなものだったからだ。


「おにぃさんの所に泊めて?」


「はぁ?」


いきなり何言いだすんだコイツ?と唯を見るが、唯はいたってまじめだ。


「私、家に帰れないし、モデルになるまでは帰りたくないの。」


「だからそんな簡単なもんじゃないって。大体住む場所も金もないんだろ?」


「うん、だからおにぃさんの所に泊めて。」


「あのなぁ?」


「泊めてくれなきゃ、おにぃさんに襲われたって叫ぶ。」


そう言って唯はタオルケットを外す。


半裸になった唯の姿、今にも見えそうな胸、今叫ばれたら、あまりよろしくない状況になるのは間違いない。


いい加減にしろっ!と叫びそうになったが、唯の眼を見て振り上げたこぶしを納める。

涙が浮かんだその瞳の奥に、あまりにも真剣な光が見えたからだ。


その瞳を見ていると、遠い昔に失った何かを思い出すような焦燥感に駆られる。


「はぁ……。とりあえず今日だけな。こんな所じゃゆっくり話も出来んからな。」


「ホントっ!ありがとう。」


喜ぶ唯をそのままに、俺は端末を出してメールを打つ。


すでに2時間が経っている。


骨上げがそろそろ始まる頃だ。


『トラブル発生。今日はそのまま帰るのであとは任せる』


その一文だけを打って端末を閉じる。


「とりあえずは移動するぞ。」


唯を促し駐車場まで移動し、唯を助手席に乗せる。


そのまま運転席に座り車を動かすが、少し行ったところで止める。


「どうしたの?」


「あぁ、ここなら誰も居ないからな。」


「えっと……私襲われる?……おにぃさんのお世話になるし覚悟は決めてるけど……出来れば、もっと落ち着いたところで優しくしてほしいなぁ。」


「何バカなこと言ってるんだよ。さっさと出ろ。日が暮れてしまうぞ。」


「えっと、でも……。」


「その恰好で撮影されるつもりで来たんだろ?あの連中のデータは流出できないように手を打つから、残らない。それじゃぁつまんないだろ?」


俺は取り出したカメラを見せながらそう告げる。


「えっと、撮ってくれるの?」


「少しだけな。この場所じゃぁ、いい画像()が取れるのは10分が限界だから早く準備しろ。」


「ウンっ!」


そして、満面の笑顔のコスプレ少女をカメラに収め、家に帰り付いたのは日が暮れる少し前だった。




「えっと、おにぃさん、やっぱり一緒に寝よ?」


枕を抱え、ベットに座った唯が上目遣いに見ながら言う。


こうしてみれば、可愛いと思えるぐらいには魅力的ではある。あるのだが……。


「出来るわけないだろ?いいからサッサと寝ろ。」


「でも、私がここ使うと、おにぃさんの寝る場所がないよ?」


「ダイニングで寝るからいい。」


「ダメだよそんなの。大体、お葬式であまり寝てないんでしょ。ちゃんと寝ないと疲れが取れないよ。」


唯は、先ほどの妹とのやり取りで、今日が親父の葬式だったことを知ってしまい、それから申し訳なさそうな表情のままだった。


「誰かさんが転がり込んでこなければゆっくり休めたんだがな。」


「うー、意地悪ぅ。分かってるよぉ。だから一緒にって言ってるんだよぉ。」


意地悪くいってみると、唯は抱きついてきてそんな事を言い出す。


「あのなぁ、俺だって一応健全な男なんだぞ。」


「分かってる……だからいいよって言ってるのっ。」


そう言いながらも震えている唯の頭に手を乗せ、優しく撫でる。


「そんなに震えているくせに……もう、わかったからサッサと寝ろ。」


上着のボタンに手をかけた唯を押しとどめ、無理やりベッドに押し倒し、その横に潜り込む。


あのままではらちが明かないので、唯が寝静まったところで移動したほうが早いとの判断だった。


「おにぃさん、ゴメンね。ありがと……。」


唯が俺の背中に抱きつきながら、小声でそんな事を言う。


なんとなく、なんとなく唯が愛しくなり抱きしめたい衝動に駆られるが、その行動を起こす前に、俺の意識は深い闇へと落ちて行った。



夢を見ている……誠二はそう思う。

何故夢とわかるかというと、目の前に、彼女の姿があるからだ。

別れた彼女は、あの頃と変わらない微笑みで、静かに歩み寄ってくる。


「誠二…」


その声に、胸の奥が締めつけられる。

嫌いになって別れたわけじゃない……これは未練なのだろうか?


彼女は何も言わず、ただ優しく彼を抱きしめた。


誠二も、もう迷わずその腕を受け入れる。


温もりが懐かしくて、涙がこぼれそうになる。


唇が重なり、夢の中でふたりはもう一度、深く結ばれた。



何か柔らかなものに包まれている――

そんな感触の中、誠二はゆっくりと目を覚ました。


ぼんやりとした視界の中に、見覚えのある輪郭が浮かぶ。


「……唯?」


視線が合ったその瞬間、唯ははっとして、小さく息をのむ。


そして、ぽっと顔を赤らめながら、そっと指で自分の唇を押さえた。


その仕草に、誠二の胸が騒ぐ。


まさか……いや、アレは夢で……


静けさの中、互いの鼓動だけが妙に大きく聞こえる……。


「俺……何かしたか?」


誠二は戸惑いながらも、視線を逸らせないまま問いかける。


唯は少しだけ唇を尖らせた後、ふわっと微笑んだ。


「――責任、取ってね。」


その一言は、思いのほか可愛らしくて、けれどしっかりと胸に刺さる。


「な……っ」


誠二の顔が一気に赤く染まるのを見て、唯はくすっと笑った。


その笑顔があまりにも無邪気で、でもどこか確信犯的で――


夢よりも、ずっと現実のほうが甘い……いや……やはり厳しいのだろう。


この後の事を考え、誠二は頭を抱えるのだった。



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