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無気力勇者のスローライフ ~魔王?何それ?美味しいの?~  作者: Red/春日玲音


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無気力勇者のスローライフ

照明がじりじりと肌を温め、唯はカメラのレンズ越しに微笑みを送っていた。

白いワンピースの裾が、スタジオ内の送風機にふわりと舞う。

カメラマンの「いいね、その表情!」という声に、ほんの少しだけ顎を引き、視線を柔らかく流す。


ポーズを変えるたびに、アクセサリーがかすかに揺れ、ライトを受けて小さく煌めく。

周囲ではメイク担当がファンを手にスタンバイし、スタイリストが袖の皺を直す。

唯は深く呼吸し、台本にはない自然な笑みを浮かべた。


「はい、唯ちゃんお疲れ様~。」

ディレクターの声が上がると、スタッフたちが拍手混じりに緊張を解く。

唯は軽く会釈して、足元のヒールをそっと脱ぎ、カメラの背後で待っていたアシスタントに笑顔を返した。

その顔には、プロとしての集中を終えた、ふわりとした安堵がにじんでいた。


「唯ちゃん、このあと一緒にランチ行かない?」

隣で着替えを終えた同じ事務所のモデルが、気軽な調子で声をかけてくる。

唯はバッグのファスナーを閉めながら、「あー…うん、いいよ」と笑顔で返した。

返事は軽く、それ以上の色は乗せない。


そのまま廊下に出ると、すれ違うスタッフたちが「お疲れさま」と声をかけてくる。

唯は会釈を返しつつも、胸の奥では別の感情がじんわり広がっていた。

――ここまで、ようやく。


数年前、照明の熱も、レンズ越しの期待も、自分とは無縁だった。

緊張で声が震え、ポーズひとつすら満足に決められなかった日々。

逃げ帰りたくなるほどの悔しさと、鏡の前で繰り返した練習の夜。


今はもう、呼吸の仕方も、視線の置き方も、体に染みついている。

軽い調子で誘いに応じる自分に、ふと、遠くまで来た実感が押し寄せた。


……全部、おにぃさんのお陰だね。


唯は、廊下の窓から差し込む光を受けながら、ほんの少しだけ目を細めた。



「ミア先生、重刷決まりましたよ。これでシリーズ累計100万を越えます。」

担当編集が笑顔で報告すると、ミアは軽く息を吐き、窓の外の青空をぼんやりと見上げた。


「ようやく私もミリオン作家かぁ。」

その言葉には、喜びとどこか遠い場所への憧れが混ざっていた。


ミアはかつて、昼はモデルとして華やかなスタジオの中でポーズを取り、夜はパソコンの前で物語を書き綴る二重生活を送っていた。

鏡の前での笑顔と、キーボードを叩く静かな夜の時間。どちらも自分の大切な居場所だった。


ある日、撮影現場で出会った彼……。

彼のお陰で体験した事は、今までの常識を覆すものだった。

その体験をもとに書き始めた物語……。

最初は趣味の延長に過ぎなかったその物語が、徐々に読者の心を掴み、反響が大きくなる。


「まるで自分が異世界にいるみたいだ」と感想をもらうたび、書く喜びが増していった。


やがて、執筆の依頼や出版の話が舞い込むようになると、自然とモデルの仕事が減っていく……。

ミアはふと気づいた。鏡の前での笑顔から、文字の中の世界へと主役が変わっていたことに。


今では彼女の名前は作家として知られ、異世界の冒険譚は多くの人々の心を揺さぶっている。

でも、時折ふと思い出すのは、あの撮影現場の光と影、そして自分が歩んできた二つの道の交差点だった。


しばらくの間、窓の外を見つめながら、ミアの心はふと思い出の方へと飛んでいく。


「……そう言えば、最近向こうに行ってないよねぇ。」

仕事の忙しさに追われ、長い間訪れていないあの場所。

懐かしい風景や人の顔が、遠く霞んで見えた。


……今夜あたり、久しぶりにいってみようかな?彼にも会いたいし。


彼女の瞳には、次の物語の種ともなる、新たな旅の予感が静かに灯っていた。



「せんぱ~い。聞いてますぅ?」

葉月が甘えた声で、そっと誠二の腕を抱き寄せる。

「聞いてるよ。黒田の奴だろ?ほっとけよ」

葉月は少し間を置いて、ぽつりと口を開いた。

「でもぉ、最近ね、黒田君やたら私に話しかけてくるんだ。もう、ちょっと困ってるの」

誠二は内心、ぐっと胸が締め付けられるのを感じながらも、平然と答えた。


「へえ、そうか。べ、別に気にしないぞ。」

「ふふん……ひょっとして…やきもち?」

葉月はからかうように、くすっと笑いながら、目を細める。

誠二は顔をほんのり赤らめて、視線を逸らした。

「な、何言ってんだよ。そんなわけないだろ」

「そう?やきもち焼いて欲しいなぁ。」

葉月は腕をぎゅっと強めに絡めて、ぐっと顔を近づけた。

そして小さな声で囁く。


「私が愛してるのはセンパイだけ……だよ?」


誠二はその言葉にドキッとして、動けなくなった。

葉月の甘い囁きが、胸の奥にじんわり響いた。


久しぶりのランチタイムは、二人にとっていつも以上に特別な時間になった。



夕暮れの街角、誠二はふと立ち止まり、宝飾店のウィンドウをじっと覗き込んでいた。

指輪やネックレスが並ぶ中、ひときわ輝くリングに目が留まる。


「センパイ?」

背後から甘い声がした。振り返ると、葉月がそっと近づいていた。


慌てて何でもない風を装い、笑顔を作る。

「いや、別に。ただの通りすがりだよ」


しかし葉月はその店のことをよく知っている様子で、興味深そうに指輪を見つめていた。

「ふぅん…………ずっと気になってたんだぁ。」


誠二は心の奥で緊張を抱えながらも、葉月の視線に気づく。


「あぁ……もうっ! 葉月、指のサイズを教えてくれっ!」

誠二がそう言いながら、指示したのは、以前二人で話していたあの特別なデザインの指輪だった。


その瞬間、葉月の瞳にうっすらと涙が浮かんだ。

「センパイ……いいの?……ありがとう。私、ずっと待ってたんだよ」


誠二はその涙を見て、胸の中がじんわり温かくなるのを感じた。


「葉月……これからもずっと、一緒にいよう」


夕日に染まる街並みの中、二人の距離はまたひとつ近づいた。



「じゃぁ、ハヅキさんと?」


森の静けさが広間の空気を包み込み、ユリアの言葉がふわりと漂った。


誠二は少し息をつき、遠くを見るように視線を泳がせる。


「向こうの世界ではね、結婚というのは色々面倒なんだよ。お互いの家や、立場……色んなものが絡み合っていて……」

「ユイやミアは?」

セリスが聞いてくる。


「向こうではお嫁さんは一人って決まってるんだ。でも、気持ちは変わらない。向こうでは結婚という形が結べなくても、心は繋がっているんだよ」


「向こうだと、ダメ男の言い訳だよねぇ。」

ミアが揶揄う様に言う。


「まぁ、向こうではハヅキお姉さんに譲りますけど、コッチではおにぃさんは唯のモノだからね。」

そう言いながら腕を絡ませ抱き着いてくる唯。


「唯ちゃんだけのものじゃないでしょ……。はぁ、コッチでは仕方がないわよね。」

諦めた様にため息を吐く葉月。



セリスを受け入れ、ミーアが喚き散らしてから数か月が過ぎた。

誠二はいまだに、魔境と呼ばれる森の中で、5人の嫁と共に暮らしている。

と言っても、誠二と、葉月、唯、美亜は、寝ている時で、来ようと願った時にしかこちらにはいられないので、6人が揃うのはおよそ半年ぶりだったりする。



ユリアは少し考え込みながらも、言葉にする。


「でも、ハヅキさんも、ユイもミアも、そして私とセリスも、誠二さんのお嫁さん……ですよね?」


セイジは微笑みを浮かべ、


「そうだね。みんな大事な俺の嫁だ。」


と、ユリアの問いに真摯に応えた。


「なるほどぉ……ハーレム野郎のお言葉、頂きました。」

ミアがそう言いながら、何やらメモをしている。


「センパイも、向こうでもそうはっきりと言ってくれればいいのにぃ。」

ぼやく様に呟く葉月。


「あ、そう言えば、結局どうなったの?」

思い出したかのように唯が言う。


「なにが?」

「ほら、勇者だよぉ。おにぃさんが勇者で、魔王を倒すために召喚されたっていうのが、今の状況の原因だよね?」

「あぁ。そのことか。」


誠二が異世界に呼び出されたのは、魔王を倒す勇者としてだった。

しかし、その『魔王』は、いま誠二の横で、顔を赤らめながら寄り添っている。


結局のところ、セリスがここで誠二と一緒に暮らすことで、人族への影響はなくなった。

誠二がいなければ、こんな事にはならなかったので、大局的に見れば、誠二(勇者)が魔王セリスを倒した(封印した?)という事でいいだろう、となり、一応役目を果たしたことになっている。


その褒美として、なにか望みを一つ叶えようと言わた時、誠二は「じゃぁ世界の半分」と、冗談で言ってみたら、ミーアがキレて、誠二をこの世界に縫い留めようとしたのだ。

それで、慌てて謝罪し、結局得たのは、『コッチとアッチの世界を自由に行き来する権利』になった。

これによって、唯も葉月も美亜も、好きな時にこっちの世界に来れるし、誠二がいれば、ユリアとセリスをあっちの世界に連れていくこともできるようになった。


とはいっても、だからと言って、なんかが変わるわけでもなく……。

唯はモデルとして売れ出しているところだし、美亜は売れっ子小説家として忙しい。

葉月は相変わらず事務所内ではモテまくりで、誠二に至っては相変わらず他人の尻拭いに似た後処理を任されていて、忙しいだけ。

変わったことと言えば、コッチで手に入れた宝飾品なんかをあっちの世界で売って少しばかり、お小遣いに余裕が出来たぐらいだ。


その余裕も、葉月に指輪を送ったことでなくなってしまったのだが……。


最近では、仕事をやめてこちらに永住しようか?というようなことも考えている。

しかし、そうしてしまうと、葉月たちもこっちに来ると言い出しかねない。

ようやく夢をかなえる第一歩を踏み出した彼女たちを、誠二は応援したいと思うから、誠二も同じ世界にいるにすぎない。


「ま、いまは息抜き程度に来られればいいか。」

のんびり暮らすのは、まだ先でもいい。

いつの間にか足元にすり寄ってきたシュバルツとヴァイスの背を撫でながら、誠二はそう思うのだった。

一応、ここで完結します。

打ち切りENDです。

この設定自体は気に入っていますので、次の機会があれば、異世界要素をバッサリと切って、現代ラブコメとして新しく書くかもしれません。


他作品も含め、今後とも応援よろしくお願いします。




ご意見、ご感想等お待ちしております。

良ければブクマ、評価などしていただければ、モチベに繋がりますのでぜひお願いします。

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