無気力勇者と魔王サマ!? その2
「セイン様……。」
「えっと、ユリア、悪いがデートは中止だ。戻って、色々話を聞こう。」
俺は茫然としているユリアに声をかける。
「あ、はい、そうですね……。」
俺は、近くにいたシュバルツの子供に声をかけ、「姫様」改め「セイン様?」を背中に乗せる。
道中落とさないか心配だが、一緒にいたクーちゃんの眷属が、任せておけ、と前脚を上げる。
どうやら糸で落ちないように支えてくれるらしい。
他の魔族たちも、一応は糸で拘束した状態で、シュバルツの子供たちが運んでくれるようだ。
「じゃぁ、先に拠点に戻っててくれ。」
俺は魔族を乗せたアークやシュバルツの子供たちに声をかける。
「ユリア、とりあえず戻ろう。話はそれからだ。」
「ハイ……。」
ユリアは茫然としたままだが、しっかりとヴァイスに捕まっているので、途中落ちることは無いだろう。
一応、気を付けておいてくれ、とヴァイスに声をかけ、俺はシュバルツの背に乗って、拠点へと戻ることにした。
◇ ◇ ◇ ◇
「姫様、お逃げください。ここはもうダメです。」
近衛隊長のアレックスが部屋に飛び込んでくる。
「やはりだめか。」
ボクは、小さなため息をつき近くのバックを手に取る。
元より、持っているものなんて少ない。このバックの中身だけが自分の持ち物だ。
「ミューナ。キミはどうする?」
「意地悪言わないでください。足手まといなのは承知の上ですが、私は姫様と、ずっと一緒です。いざとなればこの身を盾にしてでも姫様をお守りいたしますわ。」
「もう「姫様」じゃないよ。」
ボクはミューナに苦笑しながら言う。
あの娘に会ってから、もう逃げだすのはやめようと、この地に戻ってきて、自分なりに頑張ってきたつもりだった。
だけど、結果はこの通り。
こっちの勢力が貧弱過ぎて、争いにもならないから被害が少ないのが救いかな?
「姫様、お急ぎください。」
「アレク、逃げたらこの地はどうなる?」
「……為政者が変わるだけで、民に変わりはありません。多少の変化はあるものの、それは日常茶飯事の事ゆえ。」
「しかし、ボクが逃げたのが分かれば、ケイオスたちは探し出そうとするのでは?それが民の負担にならぬか?」
「その点は抜かり有りません。姫様が脱出した後、この館に火を放ちます。姫様はここで焼け死んだと、工作いたしますので、ここから逃げ通せる事さえできれば、後は何とかなります。」
「そうか……アレクたちはどうするのだ?」
「姫様が死んだとなれば、私らは失業ですからね。姫様について行きますよ。もっとも、私を含めて5人だけの供となりますが、多少の不便はご勘弁を。」
アレックスは少しおどけたように言う。
「そうか、其方らの忠義には、いずれ報いよう。今は脱出することが優先だな。」
「その通りです。さぁこちらへ。」
ボクとミューナはアレックスの後に続いて、隠し通路を使って、郊外の森へと逃げ延びることが出来た。
「さて、これからどうする?」
「姫様は目立ちますからね。とりあえずま何処かの街まで行って、そこで女装しますか?」
「ボクは一応女なんだから、女装というのはおかしいぞ。」
「ははっ、そうですけどね、次期魔王の王子セイン様が、実は王女のセレス様だって事は、ここに居るもの以外知りませんからね。少女姿になれば、追っ手にも見つからないと思いますよ。」
「そうですわ。姫様も、やっと普通の女の子に戻れる日が来たのです。それを喜びましょう。」
「……ミューナ、普通の女の子は『姫様』なんて呼ばれないと思うよ。」
「いいじゃねぇですか。これで俺らも、ようやく蔑称ではなく心から姫様と呼べるんですから。しばらくはそう呼ばせてくださいよ。」
アレックスの部下の一人がそういう……確かオグンとか言ったか。
「ははッ、蔑称ね。まぁその通りなんだから仕方がないよ。」
男のくせになよなよしている。
王子のくせに剣の腕はからっきし、
力強さの欠片もない、まるで守られることしかできない「お姫様」だな。
そんな風に、兵士たちの間で「姫様」とか「お嬢様」と呼ばれていたのは知っている。
事実なので、仕方がない、と甘んじて受けとめていたが、周りを守ってくれていた近衛隊からしてみれば歯がゆかったに違いない。
それでも、辛うじて「王子」として体面を保てたのは、お父様から受け継いだ膨大な魔力のおかげ。
単純な魔力勝負であれば、今回反旗を翻してきたケイオスを始めとする四天王だって圧倒することが出来る。
ただ、瞬間的な魔力量は高くても、継続して使用するための体力が心もとない。
だからまともにやりあえば、四天王クラスには敵わない。
それが分かってるからこそ、お父様が次期魔王の位をボクに譲ると言い出した時には、周りからの猛反対が起きた。
それらの争いに嫌気がさし、逃げ出して人間族の住む街へ行った時に、あの娘に会った。
あの娘こそ、なんの力もない「お姫様」の筈なのに、話していると、その神に秘めた強さというのが伝わってきた。
彼女と語らうひと時は、今までの人生の中で最高に楽しかった。
彼女の瞳に深い愛情を感じた時、ボクはこれ以上逃げちゃいけないと感じた。
だからこそ彼女から逃げた。この逃げを最後にして、次に会う時は胸を張って会うために。
その後、風の噂で、彼女が望まぬ隣国の王子との結婚から逃げ出し、国をでたことを知った。
その報告を受けた時、実に彼女らしいと思い、ボクも負けてられない、と覚悟を決めて魔王を継ぐことを決意した。
「したんだけどね……。」
結果がコレだ。
魔王を継いで1年も経たないうちに四天王の反乱。
ボクは数少ない、でも信頼のおける部下数人と逃げ出した流浪の魔王。
それでも、ボクを慕ってついてきてくれたこの人たちを何とか守らないといけない、そう思っていたんだけど……。
「姫様、ここは私達が切り開きますので……。」
「大丈夫、ボクだって戦える……フレアアロー!」
ボクの放った火炎が、周りを囲むタイガーベアを焼き尽くす。
「さすがですね。しかし、タイガーベアは群れることをしない筈なのに、なぜ、こんなにいるのでしょう?」
倒したタイガーベアを見分しながらアレックスが言う。
普通なら、タイガーベアと遭遇する場合、単体、もしくはつがいである場合が多い。
それは彼らの習性で、自分の縄張りに他の個体が侵入することを拒むからだ。
なのに、今倒したタイガーベアの数は十三体。普通ではありえない数だ。
「やはり『迷獄の森』と呼ばれるだけはありますね。ここから先は慎重に生きましょう。」
アレックスの言葉に頷き、ゆっくりと進む。
この『迷獄の森』には、災厄級の魔物がうじゃうじゃといる。
戦闘力に長けた魔族だからこそ、近くに街を作っていられるのだが、それでも、奥に入り込めば、魔王ですら敵わないモンスターが山ほどいる。
ブラックヴァイパーに、エルダーコカトリス、群れで襲われたらまず勝ち目がないファング種、特に進化したダーク種は「出会ったら即退散」とまで言われている。
他にもデーモンスパイダーと言われるタランテラ種は、見つかったら最後、逃げ出すことも出来ず、諦めて餌になるしかないと言われている。
そんな数多くのヤバい魔物がいる森だからこそ、追っ手を撒くことが出来る……出来るのだが……。
「姫様ぁッ!……。」
ボクは成す術もなく、蜘蛛の糸に絡めとられる。
災厄中の災厄、アークタランテラ。
その巨体に似合わない機動性と、攻防一体変幻自在の糸、そして圧倒的なパワーを誇り、凶悪な毒もある。
ボクの持つ最大級の禁呪『バーストフレア』でさえ、彼のものの表面を少し焦がす程度でしかなく、魔力を使い果たしたボクはあっさりと絡めとられてしまった。
ボクを助けようとしたミューナもオグンも、同じように蜘蛛の糸に絡めとられている。
みんなゴメン……それがボクの最後の意識だった。
◇
「……ここは……」
ボク生きてる?
「お目覚めですか、セイン様。」
「キミは……。」
ボクをのぞき込んでくる少女の姿には見覚えがある。
あの娘だ。あの街であった、ボクに立ち向かう勇気をくれたあの娘。
「よかった。生きてたんだね。」
ボクは手を伸ばそうとして、身動きが取れないことに気付く。
「セイン様もご無事で……本当に良かった。」
彼女……ユリーシアはボクの顔を見て安心したのか、その場で大粒の涙をポロポロと零す。
「えっと、泣かないで……ユリーシア。」
頭を撫でて慰めてあげたいけど、何故か体中が動かない。
「ユリアとと呼んでください。ユリーシアの名前は捨てたのです。あなたを追いかけると決めたあの日に……。」
ユリーシア……ユリアは、ボクと別れてからの事を話してくれた。
別れた後、ほどなくして、隣国の王子との間に婚姻話が持ち上がったこと。
ボクを愛してしまったと言って、国を飛び出したこと。
国を飛び出した後、迷獄の森の反対側にある、人間族の間では「極悪の森」と呼ばれる森の中で魔物に襲われたこと。
その窮地を救ってくれた冒険者の事。
その冒険者に依頼して、ずっとボクを探していたことなどなど……。
「もう二度と会えないと思っていたセイン様に会えるなんて……。」
「あ、うん、ゴメンね。見ての通り、ボクは女だから、ユリアの気持には答えてあげられないんだ。後、ボクの事はセリスと呼んでほしいな。」
「私はセイン様に会ったらずっと謝らなければ、と思っていたのです。だからセイン様……セリス様が女性であったことにホッとしている自分がいるのです。」
「謝るって……何を?ボクはキミに感謝することはあっても、謝ってもらう事なんか一つもないよ?」
「いいえ……。私は初めて会った時から、ずっとセイン様をお慕いしていました。この身はセイン様に捧げようとずっと心に決めていたのです。」
……ユリアって、こんな重い娘だったんだ。
「だけど、セイジ様……私を助けてくれた方です……にお会いして、ずっと暮らしていくうちに、私の気持は彼に傾いて行って……セイン様の行方も分からず、私はセイン様をあきらめてしまったのです。」
良かった、本当に良かった、とボクは心から安堵した。
ユリアの事は好ましいと思うけど、だからと言ってこのような重い愛を受け止める自信はない。
諦める前に出会ってたら、ボクが女性って事も関係なく、ぐいぐい来たに違いない。
ボクはまだ見ぬ、セイジとかいう男性に心からの感謝を告げる。ユリアをもらってくれてありがとう、と。
「ううん、ユリアは、その人と一緒で幸せなんでしょ?」
ユリアは少し頬を赤らめ、コクリと頷く。
「だったらいいじゃない。ボクとは今後とも友達として仲良くしてくれたらうれしいけど。」
「勿論。セイ……セリス様は私の大親友ですわ。」
「えっと、だったら、様付けは止めて欲しいかな?」
「分かりましたわ。セリス。」
「うん、ありがと。ところで、ここはどこ?後、ボクが動けないのは何故?」
ボクがそう訊ねると、ユリアは、何故か視線を逸らす。
「えっと、ユリア……ユリアさん?」
「あ、えっと、ここは私達が暮らしてる場所なの。セイジ様は「拠点」と呼んでるわ。」
「そう……なの……。っ!みんなはっ?アレクやミューナは無事なのっ!?」
不意にボクが気を失う前の事を思い出す。
あの死神と呼ばれる巨大蜘蛛に捕まって……。
「あ、えーと、大丈夫よ。命の保証はしてるから。」
「命の保証って……。みんなはどこ?ボク行かなきゃ……みんなを守らないと……クッ、なんで動けないのっ。」
「えっと、暴れないで。大丈夫、後で会えるから。でも今は少しだけ我慢して。」
「大丈夫って、何がっ、一体どうなってるのっ?」
「セリス落ち着いて。あなたの立場は一応捕虜なの。そして今は裁判中なの。だからもう少しだけ大人しくしててね。
……捕虜?裁判?一体何がどうなってるの?
動けないボクは、ただただ待つしかできないようだった。




