無気力勇者と最初の戦い
「無限インベトリー、各種魔法の才能、ドラゴンをものともしない物理攻撃力に伝説の武器各種、体力の大幅アップに各種体耐性、そして大量の通貨……こんな所でいい?」
派手な衣装に身を包んだ少女……ミーアが確認してくる。
「あー、そうだな、後、あらゆる知識とか?」
俺の言葉に、ミーアが顔をしかめる。
「あのねぇ、こんな無茶苦茶な条件をタダの人間に押し込んだら身体が壊れるわよ?そのうえ頭の中まで壊したいの?」
「じゃぁ、それだけ無茶をやっても壊れない頭と体も。」
無茶苦茶言ってるのは分かっている。
ただ、どうせ夢なんだし、かなえられようが無理だろうが、言うだけはタダだろうと、思いつく限り要求してみた。
とは言っても、俺の要求なんて、仕事で必要なために流し読みしたラノベがもとになっているので、何がどれだけ有効なのかすら分からない。
ただ、思いついた単語を並べているだけなのだが、それがかなり無理を言っているというのは、ミーアの態度から伺い知れる。
「まぁ、ムリならいいんだぜ?」
「うぅ……わかったわよ。でも、身体に負担がかからないようにある程度制限するからね。」
ぶつぶつよ文句を言いながら、どこからともなく取り出した手帳に何やら書き込んでいくミーア。
デジタル化が進み、メモもデジタルタブレットで取るのが当たり前になっているこの時代、手帳などというアナログなものを久しぶりに目にしたので、ついその手元をのぞき込む。
「見るなっ!エッチ!」
その俺の視線に気づき、慌てて隠すミーア。
「いや、エッチって……エロ小説でも書いていたわけでもあるまいし。」
「乙女の秘密を覗くなって事っ!……これでいいかな?」
ミーアは手帳を再度見返した後、何やら呟いてその手帳を握りしめる、
すると、ミーアの手の中にあった手帳が光に包まれその姿を失っていく。
更には、ミーアが俺に向かってその光を投げつけ、俺の身体が光に包まれる。
そして俺の意識が急に遠のいていくのを感じる。
「これであなたは勇者として活動できるわ。約束通り世界を救ってね。」
ミーアのその声が遠くから聞こえたのを最後に、俺の意識は途絶えた。
◇
「………ぃちゃん、……おにぃちゃんってば……。」
誰かの声が聞こえ、身体が揺すられるのに反応し、意識が覚醒していく。
「やっと起きた。」
「ん?ここは?」
「もぅ……ここは葬儀場の仮眠室。あまり強くないのに飲み過ぎだよ……気持ちはわかるけどね。」
目を開けると妹の姿が見える。
少しだけやつれたその顔。少し赤く充血している目の下に軽いクマが出来ている所からして、夕べは寝ていないのだろう。
「あ、あぁ、悪い。ちょっと飲み過ぎたか。」
「そうだよ。もう棺は祭壇に運ぶらしいから、おにぃはそっちをお願いね。」
「あぁ、わかった。兄貴は?」
「あっちで、葬儀屋さんと今日の打ち合わせ中。来客の対応とか、色々忙しいんだから、おにぃもこっちが終わったら手伝ってよね。」
そう言って、妹は子供たちの面倒を見るために部屋を出ていく。
「夢か……ま、そうだよな。」
通常、夢というのは意識が覚醒した後、急激に薄れていくものだが、余程印象に残っているのか、夢の中のミーアという少女と話した内容までしっかりと覚えている。
「っと、忘れる所だった。」
ミーアの姿を思い出したところから、本来、今日の仕事であるイベントの事を思い出し、事務所に電話を入れる。
電話に出た若手の所員に、今の状況と引継ぎを頼み、詳細はメールでと伝えて電話を切る。
最近の若い者は……、と、つい愚痴りたくなるような若手所員の態度に苛立ちを覚えつつ、引継ぎに必要な書類と詳細を添えてメールを送信し、一息つく。
その後、葬儀屋の指示に従って祭壇を整えると、後は時間までやることがない。
親父の意向により、葬儀はひっそりとした家族葬にしたのだが、それでも弔問客が皆無という訳ではない。
とは言っても数が多いわけでもないので、その辺りは兄貴に丸投げだ。
妹は子供たちと一緒に母に寄り添っているので、邪魔しないほうがいいだろう。
完全に暇になった俺は、葬儀が始まるまでの2時間、どう過ごそうかと考えながら、頭を冷やすために会場の外に出る事にした。
◇
「ん?なんだありゃ?コスプレか?」
目の前、と言っても通りの向こう側だが、そこに、奇抜な衣装でキョロキョロとしている少女の姿がある。
衣装やウィッグのせいではっきりとは分からないが、たぶん高校生ぐらいだろう。挙動から見るにひょっとしたら中学生かもしれない。
「この辺りで、ウチ以外イベントやってる所ってあったっけ?」
俺は気になって端末を取り出し、情報を検索する。
「んー、やっぱりないなぁ。」
まぁ、コスプレして街を歩いてはいけないという法はないので、別にいいのだが、……とにかく目立つ。
あれだけ目立つと、いろいろと問題が起こるのは間違いなく、この手の事で問題が起きると、関連企業に少なからず影響が出るのが困る。
俺は仕方がなく会場に取って返し、タオルケットを手にして再び外に出る。
道の向こうには、まだウロウロとしている少女の姿がある。
時折端末らしきものを取り出してキョロキョロしているのを見ると、道に迷っているようだ。
俺はタオルケットを手に、道路を渡り少女の傍まで行く。
「あのなぁ、そんな恰好でウロウロしてると絡まれるぞ。」
俺はそう言いながらタオルケットを投げてやる。
「な、何よアンタ……ナンパなら間に合ってるわよ。」
律儀にタオルケットを受け取りながらそういう少女。
「違うって、そういう露出過剰な姿で一般道を歩くなって言ってるんだよ。会場以外でのコスプレは、マナー違反とまではいわないが、無用なトラブルを避けるためにも慎むべきだ。」
近くで見ると、少女の姿は、俺でも知っている、あるゲームのヒロインのコスプレをしていた。
この手のヒロインにしてはおとなしめの衣装ではあるのだが、サブカルに詳しいものならともかくとして、一般人から見たら、ただの露出の激しい変わった服装にしか見えないのも事実だ。
コスプレをして道を歩いていけないという事はない。たまにマナーがどうとか議論している者たちもいるが、単純にこんな格好で公共の場を歩いていれば目立つことは間違いなく、容易にトラブルの種になりやすい。
結果として、本人たちだけでなく、周りまで巻き込む大騒ぎまで発展しかねないので、イベント会場や撮影会場以外でのコスプレは慎むべき、というのが俺の持論だ。
もっとも、仕事柄コスプレイヤーたちと接触を持つ機会が多い俺だからそう考えるのであって、他の人には、それなりの別の意見もあるだろう。
「あ、そうなんだ、ありがとう……。」
俺の言葉を聞き、少女は素直に受け取ったタオルケットを体に巻き付ける。
これはこれでシュールではあるが、露出過剰のコスプレよりマシ……だと思いたい。
「じゃぁな、どこまで行く気か知らんが、気を付けてな。」
「あ、ちょっと待って……。」
立ち去ろうとする俺を少女が呼び止める。
「あの、ノーブル・タテヤマってどう行けばいいか分かりますか?」
少女の言葉に顔をしかめる。
その場所は、本来、俺が行くはずだった現場であり、こんな少女が行くべき場所ではないのだが。
「あぁ、ここを真っ直ぐ行った後、山側に向かう細い道があって、そこを上って行けば辿り着くよ。」
ひょっとしたら関係者かもしれないし、見た目こんな感じだが実年齢は二十歳以上で急遽モデルとして呼ばれたのかもしれない。そう考えて、場所を丁寧に教える。
「ありがとうございます。助かりました。親切なお兄さん。」
少女?は笑顔で手を振って、俺が教えた道を走って行った。
◇
「さて………どうするか。」
思わぬところで時間を喰ったものの、まだ葬儀が始まるまで1時間以上ある。
「ま、ここでいいか。」
俺は会場の自分に割り当てられた席に座る。
ここなら葬儀が始まればもし寝ていたとしてもだれかが起こしてくれるだろう。
別に悲しさとか感じているわけでもないが、最後まで近くにいてやるのが子としての務めだろう。
そんな事を何が得ながらゆっくりと目を閉じると、すぐに意識が遠のいていった。
◇
「どわぁーっ。無理無理無理!」
俺は全速力で走っていた。
後ろからは大きなクマが追いかけてくる。
「野生の熊のスピードには、人間の脚ではかなわないって聞いてるけど……さすがは夢の中、何とかなるモノだな。」
俺は走りながらそんな事を思う。
葬儀会場で目を瞑ったところまでは覚えている。
つまり、これは俺が見ている夢で間違いない。
間違いないのだが、何故か、肌に感じる空気の流れとか、周りの木々が醸し出す、森の中特有の匂いとか、追いかけてくる球磨の息遣いや殺気など、あまりにもリアルすぎる。
そして何より、夢とはいえ、クマに食われる体験は勘弁してもらいたいというのが本音だ。
だからこうして逃げているわけだが……。
「というか、夢なら、もっと都合よく熊を倒すための武器とか持ってないのかよ。」
そう考えた途端、頭の中にある言葉と剣のイメージが浮かぶ。
「出でよファルシオン!」
俺は思い浮かぶ言葉をそのまま口にする。
すると、光の粒子が手に集まり、いつの間にかイメージで見た片手剣が握られている。
「マジか?」
俺は立ち止まり、剣を構えて振り返る。
すごい勢いで迫りくる熊。
俺は思いっきり剣を振り下ろす。
とは言ってもアニメなどで見た見様見真似だ。
そもそも現代日本において、剣術などというものは一般人に縁はなく、セイジも学生時代に授業で剣道をやった程度だ。
さらに言えば、セイジが今手にしているのは西洋スタイルの片手剣。日本の剣術や剣道は刀を基本としている為、まったく勝手が違うのだが、馴染みがないという点においてはどうでもよく、要はセイジが剣の扱いに慣れていないという事実だけが残る。
そんな状況なので、セイジが滅茶苦茶振り回しても、クマに致命傷を与えられるはずもなく、逆に足を止めてしまったために、クマとの間にあった距離というアドバンテージが無くなり、却って絶体絶命という状況に追い込まれているのだった。
「来るな、来るな、来るなっ!」
幸いにも、セイジの振り回す剣の勢いに押され、中々近づけない熊。
下手に踏み出せば斬られることが分かっている為に、距離を置いて様子を伺っている。
今は近づけないが、その内体力が尽きれば、剣の動きも鈍る。それを分かっていて待っているようだった。
「クッソ、どうすりゃいいんだ?」
剣を振り回しながら考える。
このまま近づいても剣が当たらない事は分かっている。
かといって剣を振るのをやめれば、あの熊は一気に襲い掛かってくるだろう。
しかし、このままでは体力が尽きて、逃げる事もままならなくなる。完全に袋小路に追い詰められている。
「仕方がないか。」
俺は振り回している剣を一度止める。
諦めたわけではない。このままでは無駄に体力を消耗するだけだ。
こちらから近づいても剣が当たらないのなら、だれがどうやっても当たる位置まで来てもらえばいい。
そう考えたのだ。
予測通り、剣が止まったのを見て、様子を伺いつつジリジリと寄ってくる熊。
一応警戒はしているのだろう、こっちが動けば即座に対応できるような動きだった。
ジリ、ジリと段々間合いが迫ってくる。
迫り来る熊の息遣いと殺気。
その眼は獲物を目の前にした捕食者の眼だ。
それを見ただけで喉がひりつく。
「クッソ……これは夢だろうが。」
夢とは思えないほどのリアルな感覚に、思わずぼやきが口をつく。
剣の長さと熊のリーチ……少しだけ剣の方が長い。
つまり、クマの手が届くほんの少し前で剣を振ることが出来れば俺の勝ちだ。
熊も同じことを考えているのだろう、剣の間合いに入る少し前で動きを止める。
クマに剣戟を加えるには一歩踏み出さなければならない。
しかしそれは同時に熊の間合いにはいる事になる。
逆もしかりだ。
クマが攻撃するには剣の間合いに入ることになる。
条件は同じ、後はどちらが先に動くか?というだけだった。
俺も熊も睨み合いを続ける。
俺の頭の中には、すでにこれが夢であることは吹き飛んでいた。
目の前に迫る危機。殺らなければ殺られるただそれだけの単純な術式。
俺は目の前の熊と、自分が握るファルシオンに全神経を集中させていた。
先に動いたのは熊の方だった。
いつまでも睨み合いを続けても埒があかないと思ったのだろう。
一気に飛び掛かり間合いを詰めて、その凶悪な爪を持つ腕を振り下ろす。
俺は熊が飛び上がるとは思ってもみなかったため、対応が一瞬おくれ、それが致命的な隙となった。
振り回したファルシオンは確かに熊を斬り裂いた手ごたえを感じたが、それ以前に振り下ろされた腕が俺の身体を切裂く。それと同時に猛烈な痛みが体中を駆け巡り、俺の意識はあっさりと吹き飛んだ。
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