無気力勇者とシェアハウスと女神の使い その4
……ん、重い。
目を開けるが体の上に何かが乗っているようで、自由が利かない。
……と言うか、実際に何かが乗っていた。……唯だ。
唯が、俺に抱きついて寝ていた。
「えっと、確か……。」
俺は寝る前の事を思い出す。
確か、唯と……あれ?
キスする寸前まで行ったことは覚えている。
しかしその後意識を失い、向こうの世界に跳ばされた為、その先の記憶がない。
そして、唯の魂も俺に引きずられて……。
「ちゃんと戻ってきてるんだろうな?」
一応、ミーアは、唯の事も「手伝ってくれるなら嬉しい」と言って、俺達の召喚が安定するまではフォローするようなことは言っていたけど……。
「まいっか、取り敢えずは、面接頑張れって事で。」
俺はそっと唯を引きはがし、ベッドから起き上がる。
因みに引き剥がす際、唯の胸に手が当たった事、ついでに偶然を装って少しだけムニムニしたことは内緒だ。
バレたら死ぬ……社会的に。
「さて、どうするかなぁ。」
ミーアと情報のすり合わせをしたことで、色々分かった事が有った。
と言っても、情報量が膨大過ぎて、かなりの事をシャットしてしまったため、持ち帰れた情報は少ない。
その中でも一番重要と思われること……向こうとこっちを行き来する際の注意事について思考を巡らす。
・向こうの世界では、魔王率いる魔族によって、人類は滅亡の危機に瀕している。
人類を救うため、魔王を倒す勇者として誠二が召喚された。
・召喚時のトラブルで、こっちの世界で眠ると、意識が向こうに召喚される。ただし、ある程度自分の意思でコントロールできるようにしてくれるらしい。
具体的には、1週間ぐらいであれば、向こうに行かないようにすることが出来る。その代わり、その後は強制的に召喚される。
・向こうとこちらの時間には差がある。向こうで1週間過ごしたとしても、1ヶ月過ごしたとしても、こちらでは一晩でしかない。だからあまり向こうに居続けると時差による混乱が起きる。
・睡眠時同じ場所で寝て、且つ肉体的接触があると、その者も向こうの世界に召喚される。唯が向こうの世界に召喚されたのも、それが原因。
これは現在原因究明中との事。
・俺の中には、あらゆるチート能力の可能性が眠っているとの事。しかし、その可能性も開花させねば意味がない。現在使える能力は初級の魔法と鑑定、そしてポーション作成ぐらい?
「はぁ、結局わかっているのはこれくらいか……。」
分かっている事実を並べてみたものの、それ程情報があるわけではない。
あれが夢であればよかった。
代り映えのない毎日に、夢とはいえ、ちょっとした刺激が清涼剤となる。
だが、現実となれば話は別だ。
特に寝ている間に別世界に行く?
別世界で何日過ごしても、目覚めたら翌朝?
……どう考えても現実の生活に影響が大きすぎる。
世界を救うというのが簡単にできるとは思えないし……簡単にできるなら、そもそも呼ばれたりはしないだろう。
とにかく、こっちの生活に影響が出ないように行動するしかない。
現状どうすればいいのかわからないが。
「……まだ少し時間はあるか。」
時計を見て呟く。
今の時間は4時17分。東の空が明るみ始めている。
2~3時間は読書の時間が採れそうだ。
俺は端末を起動して、読書を始める。
この中に何かヒントとなるものがあればいいと思いながら、ページをクリックしていくのだった。
◇ ◇ ◇
カシャ!カシャ!
ファインダーの中で美少女が微笑む。
「次はその剣を構えてみて。」
カシャ!カシャ!カシャ!カシャ!
「うーん、ちょと気合入れて振ってもらえるかな?俺をモンスターだと思って。」
カシャ、カシャ、カシャ、カシャ……。
振り上げてから斬り落とすまでを、連写でシャッターを切る。
「次は、横薙ぎに……いや、そうじゃなくて、こう……。」
時には演技指導?を交えながら、モデルさんにポーズをとってもらい撮影を続ける。
誠二は一通り撮影を終えると、終了の合図を出す。すると、軽く汗を拭いた愛でるの女の子が近づいてくる。
「お疲れ様でーす。どぉでしたかぁ?」
「うーん、モデルはいいけど、俺の腕がダメだね。」
「またまたぁ。ちょと見せてくださいよぉ。」
モデルの女の子は人懐っこい表情ですり寄ってくる。
「ちょっと待ってて。」
俺はノートパソコンを近くに持ってきて、確認する。
撮影データは、Wi-fiでこのノートに飛ぶようになっているので、確認はすぐに出来るのだが、データ量とサイズの関係で、まだ転送が終わっていない。
「お、終わったか。」
転送終了のアラートを消してビュワーを立ち上げる。
「え、見せて、見せて。」
横から覗き込むように顔を近づけるモデルさん。
名前は確か、ミアちゃん。年齢は18歳って言ってたっけ。
唯と同い年か。
視線がつい胸元にいってしまう。
今着ている衣装は、このイベントのメインとなる『ファンタジーランドオンライン』という、ネットワークゲームのジョブ「ソードダンサー」の初期衣装だ。
この手の衣装はご多分に漏れず露出度が激しい。
特にこのソードダンサーというのはオフショルダーで胸元の切れ目が深い、どうやって脱げないようにしているのか謎とプレイヤーの中でも物議を醸し出しているぐらいのシロモノなので、健全な男であれば、どうしてもそこに視線が行くのは仕方がないのだ。
俺は、気づかれないように視線を逸らすと、いくつかのカットを拡大して並べる。
「どう?」
「うーん、イマイチですね。」
「……下手でゴメンな。」
「大丈夫ですよぉ。モデルがいいからねぇ。」
「キミ、それ自分で言うか?」
俺は苦笑しつつも、その通りなので何も言えず、画像のチェックをさっと行う。
「あっ、でもそれとそれ、後これも素敵じゃないですかぁ?」
「ん、どれ?これか……。」
俺はミアちゃんが選んだ写真を拡大して並べる。
実は俺自身これはいい、と自信を持っていたカットだ。
最も、200枚近くの中でたった3枚しか自信もって提供できる写真がない、というのも情けないものがあるが。
「うっわぁ……すごくいい。ほんとに異世界にいるみたい……。ね、ね、ね。このデータ頂戴。」
「んー、いいけど、SNSにあげる前にクライアントの許可とってね。」
著作権や肖像権の問題で色々ややこしいことがあるが、今回のモデル事務所およびクライアントとの契約では、モデルが自身のSNSで紹介するためにデータが欲しいとなれば提供することも含まれているので問題はないだろう。
両者共に今回のイベントを通じて大々的に宣伝したいという思惑もあり、モデル自身のSNSというのもバカに出来ない宣伝材料なのだ。
ただ、クライアントがパンフレットなどの告知に使用しようとしている写真が先に公開されると色々面白くないことも起きるので、そのあたりのさじ加減は微妙なのだが……まぁ、俺には関係ないことだ。
「じゃぁ、もう少し休憩していて。少しライトの調整お願いしてくるから。撮影はそのあと再開ね。」
俺はその場を離れ、彼女のマネージャーに声をかけ、ステージに向かう。
撮影している時に感じた違和感を、スタッフに伝えるが、中々上手く伝わらない。
こういう時、自分の口下手が嫌になる。
だが、普段こういうことを任せている葉月はこの場にいないので、自分で何とかするしかないのだ。
現場のスタッフが怒りながらも動いてくれる。
自分でも無茶を言っているのは分かる。
何といっても、俺が今伝えたイメージはあっちの世界で見た風景そのものなのだから。
本物を見た後ではどうしても作り物がチャチく見えて仕方がない。
だからせめて雰囲気だけでも……と思ったのだが、あのスタッフの怒り様からしたら、それでもかなりの無茶なんだろう。
しかし、彼はやってくれた。
本物に近づいたわけでもないが、光の当て方などを工夫して一部分だけ切り取ればかなりイメージに近いものになる。
俺はミアちゃんを呼んで、立たせる位置、ポーズ、ライトのあたり方、スモークなどの効果を事細かく指定してテストを重ねる。
・
・
・
全ての撮影が終わったのはそれから5時間後だった。
「お疲れ様ですぅ。」
「おつかれさま~。」
ミアちゃんに挨拶をしながら一部のスタッフを残して撤収を始める。
残った一部のスタッフは、これから、明日のイベント用の最終調整を行うのだ。
「ミアちゃんお疲れさま。明日も頼むね。」
「ホントにお疲れですよぉ。今度はもっと楽なお仕事に呼んでください。」
「あはは。」
撮影に5時間かかったと言っても、そのうちの4時間はテストにかけた時間で、その間彼女は、俺の指示通りに1㎝単位でちょこちょこと動いていた。
はっきり言って普通に撮影されていた方が楽なのは間違いない。
俺も途中で、やり過ぎだな、とは思ったのだが、ここまできて中途半端な結果だと、かえって怒りを買うのは分かり切っていたので、最後まで突っ切るしかなかったのだ。
「じゃぁ、明日ね。」
「あ、ちょっと待ってください。」
片付けを終えて帰りかけたところで、ミアちゃんが呼び止める。
「少し待っててくださいね。」
彼女はそう言って、迎えに来たマネージャの下に駆け寄る。
そして二言三言話してから戻ってくる。
「じゃぁ行きましょうか。」
「オイオイ、行くってどこへ?」
「ヤダなぁ、打ち合わせですよぉ。そういう話だったんじゃないですかぁ。新見さん、ボケるには早いですよぉ。」
彼女は周りに聞こえるぐらいの声で言いながら俺を引っ張っていく。
彼女に連れられてきたのは近くのファミレスだった。
「で、どういう事かな?」
彼女は打ち合わせと言ったが、そんな予定はない。とすれば何か話があるのだろうが……。
「んー、ちょっとお話したかたんですよ。新見さんも現役女子高生とデート出来ていいでしょ?」
「現役女子高生は間に合ってる。」
「……新見さん、ロリコン?女子高生と付き合ってる?」
「……人聞きの悪いこと言わんでくれ。それより、話って?」
「あ、ごめんなさい。実は、さっき休憩中に、新見さんの端末が見えちゃったんですよ。」
「覗きの自白?」
「そうじゃなくて……コレ。」
そう言ってミアちゃんが自分の端末を見せる。
その画面に映っていたのは、俺が電車の中で見つけたサイトのある1ページだった。
そのサイトは、自由に小説を書いて投稿できる大手のサイトで、そこで投稿していた作者の多くが書籍デビューをしていることでも有名なサイトだ。
俺はその中で、気になった小説をいくつかピックアップしていいて、彼女が見せて来たのはその中の一つだった。
「新見さんもこれ読んだんですよね?どうですか、面白いですか?」
「いや、あまり面白くはなかったな。」
「そうですかぁ………。」
目に見えてがっくりとうなだれるミアちゃん。
「でも、まあ、設定は細かく作り込んであるよな。それは凄いって思うよ。」
「ほんとうですかっ!」
その言葉を聞いた彼女は、一転して元気になり、ガバッと顔を上げる。
「あぁ、異世界について調べていたんだけど、この作品ほど丁寧に世界観を作り込んでいるのは見あたらなかったな。」
向こうでの今後の指針に役立つのはないものか?と探していたときに見つけたのがこの作品だ。
ミアちゃんに言ったように内容が面白いわけではかったが、異世界の成り立ちや、主人公の能力など、事細かに、しかもご都合主義ではなく、ちゃんとリアルに基づいて合理的な説明がなされている。
もっとも、終始にわたってその様な説明が入るのが物語としての面白さを損なわせているのだが。
「ありがとうございます………実は、これ書いたの私なんですよ。」
「えっ……、あ、ゴメン。」
まさか、作者本人とこうして直に会うとは……。しかもその本人に面と向かって「面白くない」と言ってしまった。
知らなかったとはいえ、失礼だっただろう。
「あ、いえ、黙っててゴメンナサイ。ただ新見さんが読んでくれたと知って、どうしても感想が聞きたくて……。」
俺たちはお互いに頭を下げ、顔を上げてお互いをみた後、どちらからともなく笑い合っていた。
「でも意外です。新見さんってこういうのに興味なさそうな印象だったから。今回のイベントも仕事でって感じでしたし。」
「あー、やっぱりわかる?」
「分かりますよぉ。新見さんからは同類の匂いを感じませんから。」
ミアちゃんの話では、この手のジャンルに関わるクライアントやスタッフは大きく二つに分かれているという。
一つは、サブカルに造詣が深く、その文化が大好きで大好きで、その大好きを仕事に昇華した人。もう一つは、サブカルについてはどうでもよく、ただ利益が出るから、と割り切っている人なんだそうだ。
そして俺もその後者に入るというらしい。
「あ、でも、後半の新見さんからは、私たちと同じ匂いを感じましたよ。だから、現場スタッフさんもあれだけ頑張ってくれたんですよ。」
「頑張って………って、怒ってなかった?」
「あはっ、逆ですよぉ。新見さんが再現しようと思ってるものを、上手く形に出来ない自分に怒ってただけで、新見さんに怒ってたわけじゃないですよ。その証拠に、最後のカット見たときの皆の表情凄く良かったでしょ?」
………あれは、やっと終わったっていう表情じゃなかったのか。
「ところで聞いて良いですか?」
「なに?」
「新見さんって、サブカルに興味なさそうなのに、何であんなに一生懸命だったんです?」
「ん、あ、あぁ、いや、まぁ………。」
俺は言葉を濁すが、ミアちゃんのクリッとした目を見てふと閃く。
この娘は、どうやら異世界とかに造詣が深いらしい。
そして俺は詳しくないが、異世界におけるヒントを探してる。
だったら、話を振れば何らかのヒントが見えてくるのではないだろうか?
「実はな………、今度異世界モノの企画を考えていてな。」
「えー、どんなのです?って言うか私が聞いちゃっていいことなんですか?」
「あぁ、まだ企画の前段階だし、そもそもまだ形にもなっていない。それに何も分かってなくて困ってるんだ。だからここで話が出来るのも何かの縁と思って知恵を貸してほしいな。……って言うか時間大丈夫?」
「大丈夫ですよー、終電に間に合えば。そんな面白そうなこと、こっちからお願いしたいですよぉ。あ、だったら晩ご飯も頼んじゃいますねー。新見さん何にします?」
ミアちゃんは嬉しそうにウェイトレスを呼んで、追加オーダーを頼むのだった。
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