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09.異世界にやってまいりました。

 アイラが口にした「貴族」という単語に、シュウは大いに驚く。


 貴族というのは古代の特権階級の総称で、今では殆ど耳にしない単語だ。

 アイラの発現を読み取ると、ここでは貴族でない者は姓を持たない、ということになる。


 シュウの脳内で幾つもの情報が飛び交い、弾けては繋がるを繰り返す。

 やがて混乱は徐々に収まり、嫌な予感をシュウに抱かせた。


 見たことのない草原。

 通じない言葉。

 原始的な衣服。

 時代遅れの「村」という共同体。

 エルフという実在しない種族。

 極め付けが、貴族という存在。


 ピースが勝手に嵌まっていき、不穏なパズルが完成していく。


「ねぇ、アイラさん……ここは、どの星の、どの大陸の、なんて国なの?」


 問いかけを無視されたアイラは、冷や汗をかくシュウを怪訝に見据えながら答えた。


「星というのは分からない、ここはグラン大陸の東部にあるアルデリア王国だ」

「グラン……アルデ……」


 最後のピースが、カチッと嵌った気がした。


 アイラが言った「グラン大陸」と「アルデリア王国」。

 それらはシュウにとって該当するものが全くない単語だった。


(俺の知らない世界……)


 何かのきっかけで異世界へGO!

 マンガでもラノベでも読んだことのあるシチュエーションである。

 ただ、それは作中の主人公の身に起きることだから、見ていて楽しいのだ。

 自分が実際に同じ状況に置かれてしまったら、楽しむ余裕などもはや何処にもない。


(なぜこうなった……)


 苦笑いで始まり、驚きに続き、冷や汗を経て、最後はがっくりとうな垂れるシュウ。

 そんな百面相を繰り広げるに、アイラは徐に不機嫌になる。


「……で、結局お前は何者なのだ?」


 据わった眼が怖いアイラに、集は項垂れながらもちゃんと答える。。


「あぁ、貴族じゃないよ。俺は……そうだな、凄く遠いところから、ただの迷子だよ」


 まだ信じられないし、実感もありはしない。

 だが、現実は変わらない。


 どうやら自分は、異世界に来てしまったらしい。


 確定ではないが、状況証拠が多すぎて否定する要素が見当たらない。


(コ◯ン君、何時もひとつだけしかない真実なんて、今日に限ってはいらないです……)


 子供で大人な探偵を呪ったところで状況はなにも変わらなかった。






 暫くの間呆然としていたシュウだが、ようやく正気に戻ったのか、俯いていた顔を上げた。


「ねぇ、アイラさん」

「アイラでいい。さん付けで呼ばれるのは嫌いだ」

「あ、そうなだ。じゃあ、アイラで」

「うむ」


 頷くアイラに、シュウははっきりと言った。


「俺は、この村で悪さをするつもりは一切ないよ。だから、そんな怖い顔しないでほしいかな」

「私は狩人だ。村の安全を守るのも、私の勤めだ。氏素性のはっきりしない者を警戒するのは、当然のことだろう」


 降ろしていた弓を握り締めながら、アイラは毅然と言い放つ。


「分かった。アイラが納得できるまで、俺のこと見張っててくれていいよ」

「最初からそのつもりだ」

「ところでさ、ガランさんは何処にいるの?」

「ガラン殿なら畑で見かけた。用があるなら案内しよう。勝手に動き回られても困るからな」


 そう言って、アイラは先導して歩き出した。


 どうやらよそ者であるシュウをかなり警戒しているらしく、アイラは終始無言。時折チラッと視線を向けてきては、射殺さんばかりに睨んでくる。

 そんな姿も凛々しくて美しいのだが、如何せんその手にはまるで「何かすれば即座に殺す」とでもいうかのように矢を番えたままにしている弓を持っているので、雰囲気も何もあったものではない。

 案内というか、殆ど連行だった。


 そんなアイラの後ろを、シュウは緊張しながらついていったのだった。




 歩くこと40分。

 ようやくガランの姿を見つけた。


「おう、坊主! やっと動けるようになったか!」

「はい、ご心配をお掛けしました」


 シュウの丁寧で流暢な言葉に、ガランは一瞬驚きで固まり、次の瞬間には豪快に笑い出した。


「おう! ちゃんと喋れるじゃねーか!」

「あはは。多分ですが、頭を打ったせいかも知れません。今ではもう平気です」

「そうかそうか。突然ボーっとしたかと思うえば、三日もの間うんともすんとも言わねーからな。みんな心配してたぞ。そこのアイラなんか、お前さんがあまりに動かないから、何か良からぬことでも企んでるんじゃないかって、そりゃあもう怪しんでたぞ」


 異常に警戒されていたのはそのせいか、とシュウは納得する。

 人形みたいに動かない人間を突然連れてこられたら、誰だってどうしていいか分からないもの。

 村の安全を守る立場であるアイラならば、警戒心を抱くのは当然だろう。


「みなさんには色々お世話になりました。本当にありがとうございます」

「いいって、いいって! 困ったらお互い様だ!」


 おおらかに笑いながら手を振るガランに、シュウは深々と頭を下げたのだった。






 その日の夜。

 晩餐の席で、ついにシュウはガラン家のメンバーと正式に顔合わせを果たした。


 屈強でぶっきら棒だが実はすごく優しい村長のガラン。

 妊娠8ヶ月で、ふんわりした雰囲気のテーレ。

 ちょっとクールで実は子供っぽい14歳のシャーレ。

 そして、シャーレの兄でありガラン家の長男のハイン。


「ようやくお話ができましたね、シュウさん」


 さわやかな笑顔を浮かべながらそう言ったのは、シュウがアルト村に着いた翌日に帰宅してきたハイン。

 髪はガラン譲りのブラウンだが、顔立ちは母親に似たおっとりタイプで、強面なガランから生まれたとは思えないほどハンサムだ。

 背丈はシュウとほぼ同じだが、体格はシュウより遥かにマシな細マッチョである。

 農民というよりは文系男子といった雰囲気の持ち主で、人も力仕事より会計や交渉事が得意と明言している。


「いやー、シュウさんが全然動かないから、石化の魔法をかけられたのかと思って焦りましたよ」


 町まで香草を売りに行ったハインが家に戻ってきたのは、シュウが自動言語学習機能を起動した日の翌日。

 しかも、運が悪いことに、家についたのはちょうど昼時だった。

 この時間帯はみんな仕事に出払っているから家には誰も居ないはず、と油断していたハインは、客室の扉を開いて──その場で固まった。


 日差し加減のせいで、ほんのりと薄暗い部屋。

 そんな部屋で佇む、微動だにしない人影。

 彫像かと思えば、ちゃんと呼吸をしている、目も開いている。

 が、話しかけても何も応じず、ただ虚ろな視線を向けてくるだけ。


 さぞ不気味な体験だっただろう。


「その節は大変ご迷惑をおかけしました……」


 自動言語学習機能をフルフォースモードで起動した副作用のせいで、健全な若者(ハイン)を無駄に怖がらせてしまったことに罪悪感が止まらないシュウ。


「いえいえそんな。僕が勝手に勘違いしただけですよ」


 ハインは、慌てたようにパタパタと手を振る。


「本当に、ご心配をおかけしました……」

「敬語なんて使わないでください。僕はシュウさんより一つ年下なんですから」


 シャーレと同じ扱いで構いません、と付け加えるハイン。

 なんていい人なんだろう、と感動したシュウは、自然と笑顔になった。


「うん。じゃあこれからもよろしくね、ハイン」

「よろしくお願いします、シュウさん」


 こうして、シュウはガラン家の全員と知り合うことが出来たのだった。


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