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05.草原にて

 目を覚ました集は、徐に辺りを見渡した。


 見慣れた高層ビル群は見当たらず、名物となっている空中走行車の渋滞行列もない。

 現代人として毎日のように目にする都市の姿は、何処にもなかった。


 集の目の前に広がっていたのは、広い草原。


 溢れんばかりの生気を宿した緑色の草は、足首の高さまで伸びている。所々では美しい花々が咲き誇り、一面の緑に鮮やかな彩りを添えている。

 それが、この低い丘から見渡す限りに広がっている。

 見上げれば、真っ青な空は雲ひとつなく、まさに蒼穹というに相応しい。どこに居ても薄っすらと見える筈の軌道エレベーターが、今はなぜか何処にも見当たらない。


(俺ってば、郊外の緑地区画まで吹っ飛ばされたのかな?)


 勿論そんなアニメチックなことなどあり得るわけないのだが、集はどうしても考えずに居られなかった。


 状況が、余りにも不可解なのだ。


 自分は、間違いなく地獄のような戦場に居たはずだ。

 しかも、目の前にレーザー誘導式ミサイルが着弾し、そのまま自分を巻き込みながら爆発したのを、この目で見ている。


 それなのに、なぜか気が付くと無傷で草原のど真ん中にいる。

 周りに人がいないので、誰かに聞きたくても聞けない。

 完全に五里霧中である。



 ふと、集は自分の足元に黒い物体があることに気が付いた。

 黒くて硬くて薄い長方形の箱──ミサイルが着弾する直前に思わずキャッチしたものだ。

 手に取ってみると、それは今までに感じたことのない触感だった。

 金属製なのは間違いないが、ほのかにシリコンにも似ている。表面をコンコンと叩いてみても、反響音がないので中が空なのかどうか解らない。まるで石を叩いたような音だ。


(どう見てもアタッシュケースだよなぁ。どうやって開けるんだろう)


 隙間すらないそれは、まるで人の素材から切り出したかのようで、一見アタッシュケースには見ない。が、よく見てみると横幅がある方の側面には取っ手が付いていて、それで辛うじてこれがアタッシュケースだと結論付けることが出来た。

 本体の片面中央部には赤いエンブレムが刻印されており、正三角形の三辺にそれぞれ一本ずつの棒が中心に向かって延びている形をしている。正三角形と「Y」の文字を組み合わせたようなデザインだ。


(これって……何だっけ?)


 集にはそのエンブレムに見覚えがなかった。

 それも当然で、このエンブレムは国家機密に関わる書類や物資に刻印されるものだ。一般人には知っていよう筈もない。


 しばらくアタッシュケースを弄っていると、遠くから人らしき声が聞こえてきた。

 振り返った先には一人の男性と思しき人影が遠くから近づいてきていた。


「Ooi--! Neaile--?」


 距離があるので、その男が何を言っているのかは分からないが、人に会えた集は少しホッとする。


 目の前まで歩いてきた男の国籍がわからないので、集はとりあえず「世界公用語」という現代人ならば誰もが話せる言語で話しかけてみる。


「テルテア」

「……? Terutea?」

「……え?」


 奇妙なことに、男は決まった返事を返さず、ポカーンとしていた。

 これは、ありえないことだ。


 集が話した「世界公用語」は、現代人にとって必修言語だ。

 世界公用語の歴史は古く、根源を辿れば旧文明時代に開発されたリンガ・フランカにまで遡るという。その有用性と重要性は世界共通で、かつては文書内容の厳密正を保つためにフランス語を用いて作成していた国際条約の成文も、現代では世界公用語で統一されている。

 もちろん、現代でも各民族・文化ごとにそれぞれの固有言語──所謂「母国語」というものは普通に存続しているし、日常生活でもその母国語による交流がメインとなるのだが、高度に国際化した現代社会において、世界公用語の重要性は日常生活レベルでも各国の母国語に引けを取らない。

 テレビCMはどの国でも3割が世界公用語による放送だし、公共交通機関のアナウンスは決まって母国語の後に世界公用語が流れるし、商品のラベルに至ってはそのすべてが世界公用語での表記が義務付けられている。

 電脳インプラントによって言語学習が容易になった現代において、わざわざ世界公用語を習わないというのは、かえって生活を不便にするだけであるため、そんなことをする人間は皆無だ。。

 無論、集も日本語と公用語の両方をマスターしている。


 そんな万人が話せる世界公用語において、日本語の「こんにちは」に当たる「テルテア」の返事は、決まって「アテルテ」である。これは状況如何に関わらず、そう決まっているものだ。


 が、目の前の男はそれを知らずに復唱して返してきた。


 明らかに世界公用語を話せない人間の所作である。

 こんな人間は、全太陽系を探しても10人は居ないだろう。


 集は困惑気味に男を観察した。


 身長175センチの集と並ぶと拳ひとつ分ほど高い。低く見積もっても185センチは有るだろうか。

 体型はガッチリしており、服の上からでもその筋肉の盛り上がりが見て取れる。「ひょろもやし」とあだ名を付けられたことのある集とは雲泥の差だ。

 肌は日焼けで浅黒く、ブラウンの髪は角刈り風にカットされている。

 太い眉毛に堀の深い目元、無精髭を生やした男くさい顔立ちだ。

 年齢は三十代半ば位だろうか。「ザ・屈強なおじさん」という感じである。

 その背には大きなくず籠を背負い、中は何かで一杯だった。


 おじさん(仮)は心配そうに口を開く。


「Leihi ett、Etwel ette kiab?」


 何を言っているか分からず、集は困ったように笑う。


「すいません。あなたが何を言っているのか分りません。私の言葉は分かりますか?」

「Suima……?」


 男は困ったようにぼりぼりと頭を掻きながら首を振った。

 お互い何を言っているのか解らないらしい。


 暫く考え込んだ男はやがて苦笑いを浮かべ、集の肩をたたきジェスチャーで付いて来るように促した。


「Hekke ains una otte。Leihi ett ata niru『SOPUNE』hatl」」


 何を言っているのかは分からないが、どうやら同行を許されたらしい。


(いい人みたいで良かった。おじさんに付いて行って、状況を確認してみよう)


 ここで断っても何一ついいことはないと判断した集は、おじさんの好意に甘えて付いていくことにした。


 ちなみに、おじさんがちょっと悪人面で怖いとは、口が裂けても言えなかった。


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