04.惨劇
集は目の前の光景が信じられなかった。
多脚機動戦車が爆発した。
多脚機動戦車は、六本足を持つ高さ3メートルほどの、蜘蛛によく似た戦車である。
その胴体部分は大まかに前後の2ブロックに分かれており、前部が操縦ユニット、後部が武装ユニットとなっている。
6本の足は、前部の操縦ユニットの両側に2本、前後連結部分の左右に2本、そして後部の弾薬庫と主砲が搭載された操縦ユニットの左右に2本づつ付いている。
砲台の上には別々に動かすことができる大口径主砲が二門並列で装備されており、片方は高出力レーザー、もう片方は質量実体砲弾を射出することが出来る。
ナノ合金装甲に覆われた多脚機動戦車は、星間飛行船に次ぐ耐久力を有する。
兵器の小型化と高機能化が絶え間なく進む現代において、昔のような大規模な戦闘行為は殆どなくなった。
多脚機動戦車のような陸戦用大型兵器に至っては、500年ほど前に勃発した「惑星開発利権戦争」以来、一度も大々的に用いられていない。
それでも、多脚機動戦車が圧倒的な対物・対人兵器であることに変わりはなく、各国軍でも淘汰するという話は聞こえてこない。
歩兵による多脚機動戦車の撃破は、専用の携行型対戦車ミサイルを装甲板に対し垂直に直撃させるのがセオリーだ。
これは最もスタンダードな方法だが、実行が非常に難しい。
対戦車ミサイルは迎撃され易い上に、それを垂直に直撃させなければならないのだ。生身の歩兵では、あまりに分が悪い。
よって、各国間では「戦車には戦車を」が常識となっている。
しかし、今回は状況が違った。
集が見たものは、まさに「えげつない」としか形容できないものだった。
数人の男が突然パレードを見物していた人ごみの中から抜け出し、多脚機動戦車の下まで走って行った。そして体当たりでもするかのように多脚機動戦車の足に飛びつき、何かを叫んだかと思えば、その直後、男は多脚機動戦車もろとも爆発したのである。
それが、パレードの隊列のあちこちで起きている。
明らかに人間爆弾だ。
(う、嘘だろ、こんな……)
破けた衣服の破片と砕けた装甲板が、集の近くに落ちる。
それに混じって、赤い霧雨が漂い始めた。
辺りは轟音と悲鳴に飲み込まれ、混乱が場を支配する。
人間爆弾による、自爆テロだ。
えげつない攻撃だが、ある意味でとてもスマートとも言える。
人間と違って、機械である多脚機動戦車は「油断」などしない。
たとえ敵がパレードに紛れていようと、非友軍兵器を所持していれば、多脚起動戦車の警戒システムが自動で反応し、ピンポイントで敵を殺傷する事もできる。
遠距離から対戦車ミサイルなどの対戦車兵器を撃たれたとしても、多脚機動戦車に搭載されている自動迎撃システムが自動的に撃ち落としているだろう。
何れにせよ、通常兵器での攻撃は殆ど意味をなさない。
しかし、接近してくるのが「兵器」ではなく「人」であれば、話は別だ。
武装していない民間人の接近に、自動迎撃システムは反応しない。
特に、民衆が多く参加するこの建国記念パレードの間は、民間人への誤射を防ぐために自動迎撃システムの脅威判定から「人間」を除外している。
よって、操縦士の人的判断が無い限り、人間に対して攻撃することは一切ないのだ。
それが、仇となった。
集は知らないことだが、この自爆した男たちは、人民統合国の軍によって改造された特攻隊員だった。
ドローンや機械人形では迎撃されてしまうので、多脚戦車に近づくのは生身の人間でなければならない。彼ら特攻隊員に対戦車弾頭を仕込んで接近させ、そのままゼロ距離で起爆させるのが最も確実である。
総判断した人民統合国は、彼ら特攻隊員の腹部内臓を全摘出し、対戦車弾頭を複数埋め込み、その起爆装置を彼らに持たせたのである。
まさに余命数時間の特攻隊だ。
当然のことながら、これは国際条約で禁則されている「自爆テロ」に当たる行為だ。
旧文明が終わりを告げてから2000年以上、数多くの紛争や戦争が勃発した。
が、幸いなことに、人間同士の戦争は依然として「ルールある戦争」の体を貫いている。
それが、行き過ぎた戦闘行為を規定・禁止する「新戦時国際法」である。
要は各国が共通認識として「これは流石にやったらアカン」という行為を規定し、「もしやったら全員でシバくからな」と各国が共同で遵守する強制力ある条約だ。
規定で禁止されている行為は、実に多岐にわたる。
その多くが「民間人の保護」と「人類種の保存」を主眼としたものだ。
例を挙げれば「軍による非戦闘要員への攻撃禁止」「化学兵器の使用禁止」「バイオ及びナノバイオ兵器の使用禁止」「放射性兵器の使用禁止」「隕石を用いた大量破壊行為の禁止」「テラフォーミング施設の破壊禁止」などがある。
細かいものだと「対人地雷の使用禁止」や「インビジブルワイヤーによるトラップの使用禁止」「マイクロウェーブフィールド展開装置の使用禁止」などが挙げられる。
その中でも、「自爆テロの実行禁止」は旧文明時代から受け継がれてきた、非常に重要な項目だ。
実行者の命と引換えに無差別に殺傷する「自爆テロ」は、国際法で規定されている「軍による非戦闘要員への攻撃禁止」という項目を真っ向から破る行為だ。
戦時中のみならず、いかなる時でも禁止されている行為である。
自爆テロは、非戦闘要員への被害が甚大なだけでなく、その「無差別な殺傷行為」というモラルに悖る性質そのものが社会に深刻な悪影響をもたらす。
何時何処で襲われるか分からない恐怖によって社会全体が恐怖し、疲弊し、混乱し、崩壊する。それによって、多くの国が不必要な戦争に巻き込まれ、多くの国が崩壊するに至った。
自爆テロで親族を失った者は多く、人類は身をもってその悪辣さを思い知ることになった。
それは各国政府も同様で、西暦2100年代に独立項目として新たに追加されて以降、この「自爆テロ禁止」を破る国は皆無だった。
──今回、人民統合国がそれを大々的に破るまでは。
(お、おいおい、どういうことだよ……!)
信じられない思い出、集は眼前の惨状を見ていた。
映画でしか見たことがない、本当の自爆テロだ。
何が起きているのかを脳が理解するだけで、しばらくの時間を要した。
そして、現状を理解すれば、やることは簡単だった。
集は震えて上手く動かない両足を懸命に動かし、その場から逃げる。
目の前では、展開を開始したパレードの部隊が、何処からともなく飛んできたミサイルに攻撃されていた。
多脚機動戦車の自動迎撃システムがその殆どを撃ち落としているが、標的を外れたミサイルや迎撃されて爆発したミサイルが大きな爆炎を巻き上げ、パレードを見ていた市民たちを飲み込んでいる。
(一体全体、なにが起きてるんだっ!?)
心では思っていても、脚を止めて確認する余裕はない。
この場に残れば……いや、少しでも逃げ遅れれば、あのミサイル攻撃に巻き込まれてしまう。
鼓膜を破るような爆音と肌を焦がす熱風が集をを追い立てる。
周りは逃げる人々で混乱の極地にあった。
燃える人。潰される人。吹き飛ぶ人。
泣き叫ぶ者。吹き飛んだ腕を捜す者。体についた火を消そうと地面を転げ回る者。
目を覆いたくなるような惨状が、そこには広がっていた。
(まずい! 死ぬ!)
そんな意味不明な悲鳴を内心で叫びながら、集はがむしゃらに走る。
極限状態でアドレナリンが大量に分泌されているせいか、視野が狭窄し、周りの惨状が見えなくなる。鳴り響く銃声も悲鳴も聞こえてこなくなり、静かになったようにさえ感じる。
人にぶつかりながらも何とか逃げ延びていた集だが、突如、一人の男の子が視界に飛び込んできた。
集の目の前にいる男の子はひどい泣き顔で、その手には千切れた腕が握られていた。
正確には、彼の手を引いていた別の誰かの手だろう。男の子はその千切れた手を引いたまま、その場で立ち尽くして泣いていた。
(まずいまずい! これも死ぬ!)
もはや、この子も危ないと思ったのか、それともこの子を邪魔に感じたのか、集には定かではなかった。
この子を守ってあげればいいのか、それとも無視して逃げればいいのか、それすら分からない。
ただ漠然と「何かがまずい」「何かが死ぬ」と感じていた。
意味不明な思考だが、それ以外の考えが頭にない。
ゴウッ、と集は背中に熱風を感じる。
反射的に、集は男の子を左にある路地の中に突き飛ばす。
男の子がここに居てはマズいとという本能に駆られた行動だ。
直後、爆風が周の背中を襲う。
路地裏に突き飛ばされた男の子は、体を地面に打ち付けて悶絶していたが、爆風に捲かれることはなかった。
その代わり、逃げ遅れた集は見事に爆風に巻き込まれ、2メートルほど前に吹き飛ばされる。
立ったままの姿勢で吹き飛ばされた集は、空中でも体勢を崩していなかったお陰で、まるでヒーロー映画の主人公のように両足で着地した。
再び走り出すことに支障はない。まさに奇跡と呼べるような偶然である。
男の子の安否が気になって、思わず足を止めてり振り返った。
とそこで、自分の懐に向かって飛んでくる黒くて四角い箱を見た。
反射的にキャッチする集。
なんだろうと見てみれば、それは見たこともないデザインの──黒いアタッシュケースだった。
飛んできたから思わずキャッチしてしまったが、ここはまだ戦場のど真ん中だ。
こんなアタッシュケースに構っている場合ではない。
集は、再度走り出すためにアタッシュケースを捨てようと手を離し──
誘導レーザの赤い線が目の前に照射され、直後、腕ほども太い円柱型の物体が一直線に飛んでくるのを目撃した。
(────ミサイルっ!?)
集がそう認識した瞬間、そのミサイルが目の前で爆発した。
オレンジ色の爆炎が辺りを包み込む中、集は「レーザー誘導方式かぁ」というどうでもいい感想を残し、意識を失った。