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03.襲撃

「状況を報告せよ!」


 指揮官の男が通信兵に指示を飛ばす。


「フォックストロット・スリー及びゴルフ・フィフテーン大破! 人間爆弾による自爆攻撃に遭った模様!」

「クソ! 人間爆弾だと!? こんな大部隊でも突っ込んでくるのか!」


 部下の報告を聞いた指揮官の男は、指揮車両の中で悪態を吐いた。


 今回の建国記念式典では、パレードとして大部隊が第二春日部市にある軍の基地から皇居の地下にある基地までを行き来する事になっている。

 表向きは国民を楽しませる催しであるが、その裏ではパレードを隠れ蓑に極秘作戦が展開されているのだ。


 その極秘作戦の中核となる「とある物」が、山車にカモフラージュしたこの式車両に積まれている。


「全部隊に告ぐ!

 敵の襲撃を受けた! これより戦闘態勢に入る!

 民間人の安全を最優先に! 発砲を許可する!

 アルファからブラボーは周囲の警戒! チャーリーは敵を発見し次第、殲滅に移れ!」


 各部隊に指示を出した指揮官の男は、即座に無線の回線を全て切り、近くにいたナノサイボーグの女性三名に命令を下した。


「白鷺、黒鷺、赤鷺、『NNC - 00』を守れ」

「「「了解」」」


 白鷺と呼ばれた女性が黒いアタッシュケースを手に取り、残りの二人が彼女を背中で囲むように立つ。

 他の部隊に敵を殲滅させ、自分たちはこの狭い指揮車両に立てこもり、最優先保護対象を守る。

 これが現状における最良の判断だ。


「こんな街中で戦闘を繰り広げるつもりか! どれだけ人命を軽視するつもりだ、人民統合国は!」


 怒りを部下に聞こえないように吐き出し、指揮官の男は冷静を取り戻そうと拳を握る。

 しかし、その呟きはナノサイボーグ化によって聴力が著しく強化された白鷺たちの耳によって余すとこなく拾われていた。


 が、白鷺に指揮官を責めるつもりはない。

 民間人を巻き込む人間爆弾は、国際条約で明確に禁止されている。それをこんな町中で堂々と、しかも人が多く集まるパレードの中で使うなど、言い逃れが出来ないほどの国際条約違反だ。

 どんな理由があろうと、民間人を巻き込む戦闘行為は、許されるものではない。

 ナノサイボーグ化の影響で感情を抑制されている白鷺だが、この時ばかりはシステムに警告を出されるほど怒りを感じていた。






 ナノサイボーグは、人体に特殊なナノマシーンを注入して作られた、最新鋭の兵科である。

 その外見は普通の人間と全く変わらないが、肉体の質感は人間のそれと比べてかなり硬く、その運動性能は比較にならない程に高い。


 当初、軍は脳の移植による人体の完全機械化を計画していたが、この「脳を移す」といういかにも簡単そうな手術は、誰にも成功させることが出来なかった。

 それどころか、被験者のクローンへの脳移植すらも、成功させることが出来なかった。正確には、手術自体は至極簡単で容易に成功したのだが、脳移植を行った者は、何故か数日内に死亡してしまうのだ。

 死亡の原因は「移植合併症」や「脳の不可解な壊死」と様々だが、何故そんなことが起こるのか、何故どんな手段を尽くしても治療できないかは、未だに解明できていない。

 まるで脳を取り出した瞬間から寿命が数十倍の速度で失われているかのようで、それ以降、この計画は無期限凍結されることが決定した。

 ある科学者などは「やはり人には魂があり、違う器には魂が定着しないのだ」などと言い始め、魂の存在証明までしだす始末である。

 ほぼ全ての病気を克服した今の人類の医療技術をもってしても、人の機械への完全移植は実現できていないのである。


 それに引き換え、ナノサイボーグ化は、ナノマシーンによって人体の全細胞を「生体金属」という極めて特殊な金属に置き換えることによって、人間の完全機械化を成功させた、世界的にも最先端の技術である。

 ナノサイボーグは、普通の人間のように滑らかに動くことが可能であり、その筋力は常人の数倍にも達し、その皮膚は戦車用装甲板並みの耐久力を有する。

 その機動性能は各種兵器の中でも最高レベルで、軍用追尾ドローンを振り切ることが出来るほど。

 外見的類似性が高い機械人形(アンドロイド)と比べても、ナノサイボーグはパワー・耐久力・起動性能いずれの面でも劣ることはなく、寧ろ中身がAIではなく生きた人間であるため、より臨機応変な行動を取ることが出来る。両者を比較した場合、機械人形(アンドロイド)が勝っているのは安価さ以外になく、性能面では圧倒的にナノサイボーグに軍配が上がるのだ。


 機動性能だけでなく、その防御性能も並外れている。

 ナノサイボーグの皮膚は「生体装甲」と呼ばれる構造をしており、並の弾丸を容易に弾く。

 対サイボーグ用大口径貫通弾や小口径ビームライフルですら、当たり所が甘ければ痛覚遮断したナノサイボーグを無力化することは出来ない。それこそ、高出力レーザー兵器や大質量艦載砲でも用意しない限り、ナノサイボーグを一撃で無力化させることは難しい。

 おまけに、ナノサイボーグは、整備ごとに一度限り使える「緊急救命機能」を用いることによって、脳以外の全てを破壊されても生命機能を維持することが出来る。

 脳を直接破壊しない限り、致命傷になりえないのだ。こんなものと戦場で出会えば、絶望しか感じないのは容易に想像できるだろう。



 このように優秀な兵科だが、もちろん欠点はある。

 それは、戦闘能力と引き換えに、人間としての幸せをほとんど失うことである。


 ナノサイボーグは、ナノマシーンによって人体の全細胞を再構築される。それは脳から内臓全般にまで至る。

 ナノサイボーグ化した人間は味覚を失い、消化機能全般を失い、生殖能力を失う。中には特定の感情まで失ってしまう者もいる。

 これは設計当初に判明した「とある問題」が解決できなかったが故に、ためにやむを得ず仕様として黙認した結果だ。


 その欠陥とは、エネルギー効率の悪さ。


 ナノサイボーグのエネルギー効率の悪さは異常である。

 それは、現存する兵器やデバイスとは比較にならない程。

 例えば、今ではほぼ全人類が使用している「電脳インプラント」というデバイスは、右耳の後ろの頭蓋骨に小さなチップを埋め込み、ナノマシーンで脳と同期させることによって機能している。

 これに使われる市販のナノマシーンは、「脳機能のサポート」と「五感情報のデジタルデータ化」という簡単な機能しか無いため、消費エネルギーが非常に少なく、通常の食事で消費エネルギーのその殆どを補える。

 集のように長時間使用が当たり前のヘビーユーザーでも、ナノマシーン用のエネルギー補給サプリメントを服用すれば事足りる。


 しかし、軍事用ナノマシーンとなれば話は別だ。

 大出力を誇る軍事用ナノマシーンは、その出力に見合ったエネルギーを消費する。たとえ短時間の仕様でも、出力の大きさ次第ではとんでもないエネルギー消費になる。

 そして、そんな軍事用ナノマシーンの塊と化したナノサイボーグの体は、維持するだけでも膨大なエネルギーが必要になる。

 軍では、一日に一度アークエネルギーのチャージを兼ねた全身整備を義務付けており、それを怠るとパフォーマンスの低下や機能不全を引き起こし、最悪、生命維持の停止を引き起こしてしまう。

 それほどナノサイボーグの身体というのはエネルギーを食うため、人間としての機能の大半をカットしないと、短時間で行動不能になってしまうのである。



 人間としての幸せを捨てること以外に、ナノサイボーグにはもう一つ大きな問題が存在する。

 それは、サイボーグ化に適合する人間があまりにも少ないことである。


 細胞の生体金属化は不可逆的であり、たとえ細胞の置き換えに成功して無事ナノサイボーグに成ったとしても、元の体には二度と戻れない。

 それは取りも直さずナノサイボーグ化する者は永遠に人間をやめることになる、ということでもある。

 更に、ナノサイボーグ化に成功するかどうかは、実際に試して見なければ誰にも分からない。


 実に無責任極まりない話だが、これもまた、人間にはどうしようもないことである。


 この件に関して「事前にクローンで試して見ればいい」と提唱した研究者もいたのだが、それはすぐに無駄だと判明した。

 2000年以上前から、クローンはなぜか人間としての意思を持つことが出来ない、ということが実証されている。

 同時に、クローンに行った実験結果がオリジナルの人間に符合しない、という奇妙なことも多発した。

 これらの現象が何故起きるのかを説明できる者は、この2000年間、一人として存在しなかった。


 このクローンにまつわる奇妙な結果はナノサイボーグ化にも起きており、実際、被験者本人のクローンで実験して問題なかったからサイボーグ化ナノマシーンを投与してみたら被験者が細胞置換の過程で死亡してしまった、という例は無数に存在する。

 そのため、ナノサイボーグ化は「予行演習」が出来ず、志願者は皆、高い致死率に挑まなくてはならない。

 故にナノサイボーグ化に志願する者は少なく、それに成功する者は更に少ない。


 この様に様々な欠点があるナノサイボーグだが、その性能はやはり破格だ。

 投入箇所やタイミングによっては戦局を一変させることすら出来るため、戦略兵器と見做している国もある。

 その戦略的価値は、数々の欠点を補って十分に余りある。

 故に、各国はナノサイボーグの研究と確保に全力を注ぎ、少しでも優位に立とうとスパイ戦を繰り広げる。






 白鷺は、両腕で抱きしめている黒いアタッシュケースを見下ろす。


 このアタッシュケースには、とてつもない価値を持つものが入っている。

 それは、ナノサイボーグが持つ数々の欠点(常識)を覆す可能性を秘めている、この世で唯一つの重要物(キーアイテム)が入っている。


 名称は「NNC - 00」。

 数週間前にまったくの偶然から発見された、非常にユニークな「突然変異」を果たした、唯一無二のナノマシーンだ。


 ナノマシーンは、ナノプロテインで構成された、特定の役割を持つナノサイズのロボットである。

 設計上、ナノマシーンの構造は非常に繊細で緻密だ。微かな構造上の変化でも機能不全を引き起こしてしまうため、完全な形態の保持が要求される。

 そのため、ナノマシーンには損傷や外的要因による性質変化に対する自己修復や自壊機能が完璧なまでに備わっている。

 よって、ナノマシーンには所謂「突然変異」というのが起きにくく、たとえ超低確率で起きたとしても、自己修復機能で修復するか、修復不可能なまでに変異した場合は自壊プログラムが自動で発動するため、ナノマシーンの変異体は実物として残らない。

 超特殊な生体金属で構成されている軍用のナノサイボーグ化ナノマシーンともなれば、そのプロテクトは民間品とは一線を画す。そもそも設計の段階で突然変異を徹底的に抑制する構造にしているため、「軍用ナノマシーン突然変異体」はもはや「空想生物(ユニコーン)」と同じ扱いとなっている。


 要するに、軍用ナノマシーンの突然変異体など、存在するはずがないのだ。


 しかし、運命の悪戯と言うか、大自然の奇跡というべきか──

 つい先日、「突然変異など絶対に許さない」という設計者たちの努力と自負を嘲笑うかような出来事が起きた。起きてしまった。



 なんと、何の変哲もなかった一瓶のナノサイボーグ化ナノマシーンが突然変異を果たし、そのまま活動状態を維持したのである。



 その結果、「機能面において耐久力が少しだけ低い代わりにエネルギー効率が驚異的に良いナノサイボーグ」を生み出すナノマシーンが誕生した。

 それが「NNC - 00」である。


 これは、驚くべき発見だ。


 ナノサイボーグの最大のネックは、そのエネルギー効率の悪さにある。

 それを解決する機能を秘めているこの「NNC - 00」を研究すれば、人間としての機能をカットしなくて済む──人間としての幸せを捨て去らなくてもいいナノサイボーグを生み出すことが出来る様になるかもしれない。

 もちろん、生体細胞をナノマシーンに転換する際の致死率の高さは依然として改善されていないが、それでもこの発見はナノサイボーグという存在の定義を一変させるには十分である。

 それに、こういった突然変異体を前例として研究を重ねれば、何時の日か致死率の低いナノサイボーグ化ナノマシーンを開発できるかもしれない。

 そうなれば、世界の軍事バランスは一変する。


 この「NNC - 00」には、それだけの価値があるのだ。


 研究者たちによると、この可怪しな軍用ナノマシーンは耐久性やエネルギー効率の他にも色んな機能に変化を齎したようだったが、第二春日部基地では機材不足のため、それ以上の解析は出来なかった。

 更なる研究のためにも、機材が豊富な皇居地下の中央基地に「NNC-00」を移送する必要があった。



 白鷺は、絶対に離すまいと黒いアタッシュケースを強く抱きしめる。


(わたし達に出来るのは、これからナノサイボーグ化する後輩たちのために、身を呈してでも「これ」を守ること)


 このアタッシュケースの価値は理解している。

 まだ見ぬ後輩たちのためにも、このアタッシュケースは守りきらなければならない。


 なぜなら、これを狙う勢力がいるからだ。



 価値あるものは必ず、誰かに狙われる運命にある。

 日本皇国と長年敵対していた人民統合国は、ナノサイボーグ技術で大きく日本皇国に遅れを取っていた。

 そして日本皇国軍の上層部は、国家防衛情報省からの情報によって「NNC-00」がすでに彼らから狙われていることを掴んでいた。

 だからこそ、今回のパレードに乗じて移送を行う予定であった。

 これは極少数にしか知られていない極秘情報だ。


 しかし、人民統合国はそれすら嗅ぎ付け、尚且つ攻撃を仕掛けてきた。

 国民に向けたパフォーマンスとはいえ、仮にもナノサイボーグや多脚機動戦車を含む混成機甲師団一個師団のパレードである。街道沿いに移動しているため陣形は伸びきっているが、それでも総数7500に達する大部隊だ。

 これに攻撃を仕掛けるなど、正気の沙汰ではない。


 そう思ったのは白鷺だけではないらしく、指揮官の男も密かに奥歯を噛み締めていた。


(大軍に守られているから手を出してくるわけがないと、何処かで高を括っていたのかもしれないな、俺は)


 指揮車両の外で轟く戦闘音をBGMに、指揮官は小さく舌打ちをした。


(敵も、全滅覚悟で奪いに来ているのか)


 この「NNC - 00」を奪わなければ、日本皇国の軍事力は更に数段階は増すことになり、その分だけ統合国は遅れることになる。

 逆に、これを奪えれば、日本皇国との軍事力差は一気に縮まる。それどころか、余裕で超越する可能性すらある。

 どれだけ犠牲を出しても奪う価値が、このアタッシュケースにはあるのだ。


(奪取が不可能でも、破壊を目論んでいる可能性は高い)


 奪えないくらいなら壊してしまえ、ということだ。

 そうすれば、少なくとも軍事力の差が今以上に開くことはなくなる。


(なら、相手は損失を度外視してでも突っ込んでくるだろう)


 死兵ほど怖いものはない。


(奴らも、こちらにナノサイボーグがいることは分かっているはずだ。対抗策は大型戦車や高出力レーザーくらいだろうが、それらを気付かれずに日本皇国本土に持ってくることは不可能に近い。ならば、まだ何か隠し玉を持っていると考えたほうがいいだろう)


 眼前に流れる戦闘データを高速で読みながら、指揮官の男はそう分析した。




 結論から言うと、彼の分析は半分正しく、半分間違っていた。



 なぜなら、次の瞬間──


「なっ──!?」


 指揮官の男が乗っていた指揮車両は、腕ほども太いレーザーの照射により、白鷺たちもろとも両断され、爆発したのである。


大幅に改稿しております。ストーリーや設定に変更はございません。

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