ルイヴァン・ベルガルドという男 2
そして、エミリアに会わないと決めてから数日が経った。
側近であるアレンは俺と五十年くらいの付き合いで、俺の変化に目ざとい。
「ルイさ、いい加減何があったか教えてよ」
「何って、いま目通してるのはカリヤ領の」
「じゃなくて!あんなに魔王就任嫌がってたのに、就任式の次の日からくそ真面目に公務に打ち込んでるでしょ?前は生き生きしてるなーって思ってたけど、ここ最近はこの世の終わりみたいな顔してるよね?」
「そんなことないけど」
満面の笑みで答えたのに、アレンは顔を真っ青にしている。
「ま、まさか!また魔王やめるとか言わないよね?」
「辞めるつもりはない。今は自分から進んでやってる」
「じゃあ何が原因で、そんなに落ち込んでるのさ。」
アレンは本当に目敏い。何も考えてなさそうなのに、誰よりも人の変化に敏感だ。
俺が怪訝な顔をしていると、「何があったか教えてーよー!」とアレンはしつこく尋ねてきた。
無言を貫いていても、それはそれはもうしつこく聞かれたため、かいつまんで話をした。
「…要するに一目惚れだよね?ルイが望むなら魔界の全総力を挙げてでも連れてくるし、連れの男は始末して、エミリアって子を正妻にしても…」
「馬鹿か。そんなことはしなくていい。本人も婚約者と一緒になることを望んでるだろ」
「…魔王のくせに凄くまとも…。って、ごめんごめん。ルイの口から一目惚れなんて単語を聞くとは思わなかったからさ。心配しなくても、何もしないよ。さー仕事しようか」
そんな出来事から半年後。
いつもと変わらず執務室で書類の山を片付けていると。アレンが突然ワープで部屋にやってきた。緊急時以外はそんなことをしない男が、だ。
しかも、エミリアを連れて。
数時間前まで、アレンも俺とこの部屋で書類整理をしていたのだが、突然「パーティーに行ってくる」とだけ言って去ったのだ。
いつもフラフラしているくせに仕事はできるから、突然の奇行を気にも留めなかった。
まさかアレンのやつ、エミリアがいると知っててパーティーに行ったんじゃ?
というか、何故突然連れてくる。
アレンの行動に対する驚きはあったものの、怒りはなかった。
なぜなら、再び彼女の姿を見られたことが単純に嬉しかったから。
これでは何のために自ら姿を消したのかが分からない。
思い出は美化されるというが、明るいところで見るエミリアは思い出以上に美しかった。
【ウィリアム】として彼女と親しくなってからは、いつも決まって日が暮れた後、ある村の時計塔のてっぺんに座って話をすることが定番だったから。
そしてアレンになんと言って連れられてきたのか分からないが、エミリアも動揺しているみたいだった。
まあ、当然だよな。平民がいきなり魔王と謁見なんてな…。
動揺しつつ、俺に恭しく挨拶をするエミリア。
「お、お初にお目にかかります魔王陛下。名をエミリア・シャロと申します」
姓はシャロというのか。エミリア・シャロ。
当たり前のことなのだが、【ウィリアム】と話す時とは違い、緊張で顔がこわばっている。
今日は本当に、特別美しい。裾に銀糸の入った水色のドレス。
ドレスから覗く真っ白で綺麗な肌、露出は鎖骨と腕だけなのだが、俺がエミリアの男ならそれすらも許さないだろうなと呑気に考える。
そして俺はさぞ当たり前のように名を告げた。
するとアレンから「ルイ、名前教えるの早くない?」と指摘された。
アレンが突っ込む気持ちも分からんでもない、普段は名乗ったり名乗らなかったりするから。俺が名乗ったところで、皆『魔王陛下』と呼ぶから別に必要ないだろうし。
ただ、エミリアだけは別だ。
彼女には覚えてほしいし、あの愛らしい声で呼んで欲しい。
そんな俺を知ってか知らずか、アレンがさぞ楽しそうにからかってくる。
エミリアを目の前にし、思った以上に緊張していた俺は、アレンに「…あー、お前明日ドワーズ侯爵に会うんだったよな?朝早かったよな?うん、もう帰れ。お前が帰れ」などと適当に言いくるめて部屋に帰してしまった。
まあいいか。エミリアに再会させてくれたことに対しては感謝するが。
「あの〜、魔王陛下…アレン様はどこへ行かれ「ルイでいい」
エミリアはアレンのことをもう名前で呼んでいるのか!?と動揺した俺は、彼女の話を遮ってまで俺のことも名前で呼んでくれと頼んだ。
って、待て待て待て。彼女には婚約者がいるっていうのに、俺は何て馬鹿なことを。
必要以上に近付きすぎて引かれたらどうする?気味が悪いと思われただろうか?はやくエミリアを解放しないと変な印象のままま終わるな。
ったく、彼女の婚約者...ホーラン、と言ってたか?
あいつはどうして婚約者を1人にさせているのか。馬鹿か?
現にアレンに半ば連れ去られて、今は知らない男と部屋で2人きりだというのに。本当に馬鹿だ。
もっと大事にしないと、アレンみたいな変態に簡単に連れていかれるぞ。
全く関係の無い俺が勝手に苛立ち、エミリアに少し冷たく言い放ってしまったが…とにかく早く帰そう。
このままズルズルと一緒にいると、離れたくないという気持ちが溢れ出す。
大好きな女を自分以外の男の元に帰すなんて、気が狂って監禁してしまいそうだ。うん、俺も大概変態か。
俺の邪な気持ちにも気が付かず、
エミリアは仕事の邪魔をして申し訳ないと頭を下げている。
せめてエミリアが婚約者に会う前までに、変なやつに絡まれないように送ることにした。
当然、今日城でダイル伯爵が開いてるとかいうパーティーにも婚約者と来ているだろう。
エミリアを転移魔法で会場へ送らなかったのは、未練たらしい俺のせい。転移魔法を使えば、目的地に一瞬で着いてしまうから。少しでも長く一緒にいたい。
彼女より先に扉を開けようと、風魔法を使って扉まで近付くが、無意識に彼女に近付きすぎていた。心臓に悪い。
彼女は思った以上に小さくて華奢だ。自身の赤くなったであろう顔を見られないようにと、先に部屋を出た。
赤くなってる姿を見られたら、来世までアレンに馬鹿にされそうだな。
隣を歩きながら、今更だが「エミリア、と呼んでもいいか?」と許可をとってみた。
もうこれで会うのは最後なのに。我ながら女々しいやつだ。
彼女と話すのは楽しい。
一瞬で恋に落ちたこの笑顔を、また近くで見ることができた。
魔力は大いにあるのに、未だにコントロールが下手だなんて。
まじで可愛い。どうしてそんなに可愛いのか本人、いや生んでくれた両親に尋ねたいくらい。
本当に監禁してしまいそうなので、エミリアとの会話を早々に切り上げた。
これで良かったのだ。
正直にいう。簡単に諦めがつかない。むしろ好きが増した。胸がギュンギュンする。
エミリアには一生勝てそうにない。魔王になるのはエミリアの方がいいかもしれない。エミリアと闘っても負ける気しかしない、そして彼女に殺されるなら本望。冷えた目で俺を見下して、魔剣で心臓を貫いてほしい。不気味に笑う彼女も美しいだろうな。絵にして飾ろうか。
ハニートラップなんか仕掛けられた暁には、機密情報じゃんじゃん横流ししそう。もう魔界が終わる未来しか見えん。
そうしてその夜は一晩中エミリアのことを考えてしまい、一睡もできなかったのであった。