魔界の魔術師は、人魚の湖へ行く。
転移魔法は無事に成功し、湖のほとりに到着した。
思ったより濁っちゃってるなあ。
最近アストラの森は雨が多かったから。
魔界の季節は、人間界でいう春と冬の2つしかない。
いまは春から冬に移ろう季節、徐々に気温が下がってくるため少し肌寒い。
日が明けてすぐにやってきたので、まだ人魚達は寝てるかな?そんなことを考えながら目を閉じ、人魚族の長であるガペット爺さんに念を送って呼びかけるも反応がない。
「……やっぱり私じゃできないか」
以前父が目を閉じただけで、すぐにガペット爺さんが来てくれたのに。
私は深く息を吸い、大声で
「ガペット爺さああん!エミリアでーす!掃除に来ましたー!」と呼びかけた。
人魚は男女が存在し、水中の奥深くで生活している。ここには両親と共に何度も来ていたので、人魚族の長をガペット爺さんと呼ぶくらいには親しい。
私の大声に反応して、水面がざわめき始めた。そしてすぐに、ガペット爺さんが顔を出してくれた。
「おー、エミリア!朝早くから悪いなあ」
ガペット爺さんは人魚の中でも長老。族長なのに、誰に対しても分け隔てなく接してくれるので親しみやすい。
「こちらこそご依頼ありがとうございます!早速仕事に取りかからせていただきますね!」
「おう!頼んだぞ」
笑顔で答えると、ガペット爺さんは水中に戻っていった。
そして私はまず湖の水全てを空中に浮かせた。
カラッカラになった湖の地中には奥深くでまだ眠っている人魚や食事をしている人魚が見える。人魚と、水中の生物全てをシャボン玉の中に閉じ込めた。人魚たちの尾やヒレが空気で乾かないようにするために、シャボン玉の中には水も入れている。
湖の水を周りの木々より高く浮かせたまま、浄化魔法をかければ一瞬で水が透き通る。
あとはその水を元に戻し、シャボン玉を解除すれば仕事完了だ。
いつも通りの綺麗な湖に戻ると、すぐに人魚たちが水中から顔を出してきた。中にはガペット爺さんもいる。
「エミリア久しぶりね〜!今日も湖を綺麗にしてくれてありがとう」
「本当に仕事が速いわ。この広さの湖を一瞬で綺麗にするなんて!」
「逆に魔力を多く使う仕事しか、完璧にこなせないのよ?魔力が多いのも困ったものよ」
私は苦笑いをしながら答えた。人魚は私たち家族に好意的だ。
「そうだ、エミリア。最近首都の方はどうじゃ?」
ガペット爺さんは族長なだけあって、情報収集はかかせない。
魔界の首都は、魔王城やその周りを囲む街のことだ。
私たち家族は街外れに住んでいるが、首都での仕事もあるし、兄が首都で働いているから情勢がわかりやすい。
「現魔王陛下が着任して数年経つけど、平和そのものです。前魔王陛下の時は酷かったと皆が口を揃えて言ってますね…」
「それならいいかのう」
「あ、そうだ。変わったことといえば、最近とても綺麗な人間の女性を魔王城で保護したらしいですよ?私の幼馴染も目撃してるので、情報は確かです」
人間が魔界に来るなんてやはり珍しいので、人魚達も話に飛びついてきた。
「え〜!魔王陛下は、その人間をどうするんだろう?食べるのかな?」
「馬鹿ね。きっとその娘と婚約するつもりよ。ひとりの女として見てるんだわ」
「どれほど綺麗でも、結婚するなら魔族の方がいいに決まってるよ。エミリア、どうにか出来ないの?」
人魚たちは互いの意見を言い合いはじめた。
ガペット爺さんは首都に特に問題がないことが分かったので、穏やかな顔でみんなの会話を聞いている。
「どうにかって…さすがに魔王陛下のことは無理よ…」
人魚たちのキラキラした瞳が痛い。私は平凡平民なのだ。
実力主義国家のトップに対して、へなちょこ魔術師の私ができることなんて何も無い。
「でも魔王陛下も美しいって聞いたことあるよ。噂話だけど」
「魔王陛下がどんなイケメンでも、エミリアが隣に並んだら引けをとらないだろうに。どうしてこうも男っ気がないのか」
「失礼ね…でもそれは私も聞きたいわ」
苦笑いが止まらない。
その後は何故か私のモテない話題で持ち切りになり、結局一時間ほどお喋りを楽しんだ後、湖を後にした。
全く、みんな好き勝手言うんだから。でも楽しい時間を過ごしたことには間違いないので、私の心は晴れやかだった。