皇帝、笑う
忍からロイゼント王国壊滅の報告を受け会議を開いてから十日が経った。
それまでは全くなにもなかった。
しかし、今日。忍がボクの背後にまた姿を現したことにより事態は一変した。
ついでにまた驚いたボクはインクを零した。盛大に染みを作り、読めなくなった書類はまた宰相行きとなったがボクは悪くない。
「災害の森で動きがありました」
「至急人を集めよ。対策会議を開くと共に状況確認を行う」
側付きの文官に指示を出すとボクは忍を後ろに従え、執務室から会議室へと向かう。中に入ると既に主だった者は揃っていた。
以前、防衛を行うように指示してから主な人物にはなにが起こってもすぐに対応できるようにと会議室で仕事をするように指示していたからね。
ボクがというかボクが忍と共に姿を見せたことにより、その場にいた者たちの顔に緊張が走る。
察しがいいのはいいことだね。
ボクが椅子に座ったことにより全員が立ち上がり一礼をしてくる。
こういう格式張ったのは好きじゃないんだけどなぁなぁでされると威厳とかボクは全くないからなぁ。
「陛下、一体なにが?」
「それはこれからボクも聞くところさ。報告を」
焦るように聞いてきた騎士団長の一人をやんわりと制し忍へと視線を向ける。
「はい、以前より我らが諜報部、忍は災害の森に住んでいるエルフを監視しておりました」
それを聞いて騎士団長の何人かは驚いたような声を上げていた。
そりゃそうだよね。騎士が軍として動かなければ倒せないような魔獣が跋扈する災害の森の、しかも中心部なんだから。
「そのエルフに本日動きがあったと連絡が入りました。北に向かって移動を開始、その際には側に複数の精霊、子竜もいたとの事です」
「北、ロイゼント王国の方面ですな」
机に広げられた地図を見ながら騎士団長の一人が呟いた。
「何かあったのでしょうか?」
「ほぼ壊滅状態の王国を手中に収める気か?」
「壊滅しているのにですか? 利益がないでしょう」
報告を聞いたことにより会議室は一気に騒がしさを増した。
会議室内にいる者は周りの者と色々と話し出していた。
しかし、ボクが片手を上げると水を打ったかのように静かになる。
「エルフはロイゼント王国の壊滅を知っていたのか?」
疑問に思った事を聞いてみる。
ロイゼント王国の壊滅をエルフが知っていたかどうかによってエルフの行動の意味が変わる。
もし知らないのであればただ散歩に出ただけかもしれないからね。
「監視している限りはそのような情報を得ているとは思えません。ですが精霊が知っていてそれを教えたとなればわかりません」
「ふむ、どう思う?」
忍からの報告を聞いたボクは会議室の皆に問いかける。
すると騎士団長の一人、レオンが手を挙げていた。
「今回のエルフの動向は静観がよろしいと思われます」
「それはなぜ?」
相変わらずボク一人と接している時とは違い礼儀正しい話し方だね。
本性を知ってるボクとしては怖気が走るよ。
この場において唯一、ボクと共通の情報を持っているレオンの判断を確認する。
おそらくはボクと同じ考えだと思う。
「単純な話です。向かった先は北、つまりは南にある我が帝国とは真逆の方角です」
レオンは地図に描かれている災害の森の真ん中を指差し、その指を北側へと動かす。
「ということはエルフが何かしら起こすとしても発生地は北側になります。その引き起こす事にもよるでしょうが我が帝国には被害が少ないと考えられます。ですのでここは魔法使いと騎士団を壁に展開したままの状態にして様子見がいいと考えます」
「ふむ」
レオンの発言にボクは考えるような素振りを見せる。といってもボクの考えとさほど変わらないんだけどね。
世界樹というのは喉から手が出るほどにほしい代物ではあるけど場所が悪い。災害の森のど真ん中なわけだし。
そしておそらくはそれを手にしようとしているであろうサロメディスなんだけど火中の栗を拾うようなものだ。
手に入れたくても手に入れられない場所にある。それが災害の森にある世界樹。そうこの場にいる者たちは認識しているはずだ。
「ならば騎士団長レオンの提案を採用する事とする」
一部を除けば。
「おやおや、消極的ではありませんかな? 陛下」
「不敬であろう、ガーディ候」
他の会議の参加者から咎められるような視線を受けながらもそれを全く理解してない一部の連中の代表であるガーディ伯爵が小馬鹿にしているような笑みを浮かべてこっちを見ていた。
計画通り。
内心を顔に出さないように努める。
ボクはガーディ伯爵が餌に食いついたことに心の中で笑顔で歓迎した。