皇帝、考える
サロメディスが森に侵入したばかりの話です
「絶対こんな防衛は無駄だと思うぜ」
各騎士団の団長と文官との打ち合わせがある程度終わり、ボクと二人っきりになったのでレオンは堅苦しい口調ではなくいつもの軽い口調で言ってきた。
彼も一応騎士団長だから周りに人がいる時はボクに敬意を払うような口調で喋るけど人がいなくなるとこんな感じだ。
まあ、昔からの付き合いだしボクも特に気にならないからいいけど。
「無駄ってことはないさ。万が一の可能性には備えておかないと」
今日話し合ったのは勿論、魔獣サロメディスへの対策だ。
といってもそのサロメディスとやらは災害の森の中に入ってしまっているらしいからこちらは後手に回るような対策しか取れないけどね。
「災害の森に入った時点でその魔獣の命運も尽きているようなものだ。あそこにはエンシェントドラゴンに大精霊を従えるエルフがいるんだぞ?」
「まぁ、そうだけどさ」
内情を知っているボクやレオンだけならば放置しておいて問題はなかっただろう。でもボクって一応は皇帝なわけだし?
「さすがに何かしないと皇帝としてまずいんだよ。確かにサロメディスとやらについてはボクも微塵も心配してない。むしろ別のことで心配なんだよ」
「別のこと?」
「そうさ」
まるでわからないとばかりにレオンは腕を組んで首を傾げていた。
戦うことを専門としている騎士に求めるべき事ではないけど彼は一応は上に立つ者なんだから多少は考えて欲しいね。
「単純な事さ。ボクらは災害の森の脅威、というか森の主の強さを知ってるわけだからこそ、そのサロメディスとやらが負けるのを知ってるわけだよね?」
「そりゃな。あれに勝てるのはそういないだろ」
そこは同意するようにレオンは頷く。
簡単に頷いているけどこれはすごく珍しい。レオンは自分の強さにかなりの自信を持っている。これは別に驕りでもなんでもなく純然たる事実でレオンは帝国で並ぶものがいない最強の騎士の一人に数えられるからだ。
そんなレオンだからそうそう人を認めたりしない。
だからこそ、その森の異常さというか異質さがよくわかる。
まあ、エンシェントドラゴンや大精霊なんていう規格外の存在と同じ強さを持つ人類なんているはずがない。
レオンの報告では本人はただのエルフと言っていたらしいけどこれは怪しい。
なにより最強種を従えているエルフがただのエルフな訳がない。これは想像でしかないけどね。
そんな森に攻め入った時点でサロメディスとやらの命運は決まっていると言っていい。
「ボクが気にしているのはサロメディスが攻め込んだことによって世界樹のエルフの逆鱗に触れないか、ということだよ」
「あー、確かになに考えてるのかわからない奴だったからなぁ。話してる感じは面倒くさがりというのはわかったが」
レオンの報告書を読んでボクもそう思った。
そんな彼女にとって今回の魔王軍とやらはどう見ても厄介かつ面倒事でしかない。
「面倒ごとを消すために周りを吹き飛ばすなんてされてごらんよ。帝国、神国は壊滅している王国と同じようになりかねない」
「確かに」
それほどに今帝国は危険な状況なんだ。
つまるところたった一人のエルフに命運を左右されているといってもいい。
「だからこそ、無駄かもしれないけど障壁を張ることのできる魔法使いを災害の森を囲う壁へと待機させるわけだよ」
「なるほどな」
レオンは納得したように頷いた。
実際、障壁なんて張ったところでエンシェントドラゴンや大精霊、下手したら精霊の一撃なんて受けたら一瞬で消し飛ぶかもしれないけど何もしないよりはマシなはず。
ああ、胃が痛い。
痛む胃を抑え、最近栄養ドリンクと同じくらい重宝している胃薬を手にとったボクは何も起こらないことを祈った。