皇帝、仕事が増える
「申し上げます」
皇帝の執務室で仕事をしているとボクの後ろに片膝をついた黒装束の人物が姿を現した。
「ひぃ!」
突然、後ろから声を掛けられて驚いたボクはインクの入った瓶を驚いたあまりに倒してしまった。
『あ……』
二人して間抜けな声を上げている間にサイン中の書類に黒いインクがしみ込んでいき、なんの書類かわからなくなった。
「も、申し訳ございません」
黒装束の人物、帝国の誇る情報収集部隊、忍が深く頭を下げる。
「ああ、いいよいいよ。宰相の仕事が増えるだけだし」
ボクは持っていた筆をテーブルへと置き、手を組む。
ついでに宰相に割り当てる書類のボックスにインクで汚れた書類を放り込んでおく。よし、仕事が一つ減った。
「火急の要件なんでしょ?」
「はっ、緊急にてございます」
本来ならば忍がボクに直接報告をしてくるなんて事はない。
ボクに報告を上げる前に宰相や騎士団長らで判断できない内容であった場合とどうなったかの結果がボクに送られてくるのがいつもの事だからだ。
これは別にボクがサボってるわけじゃない。
皇帝って仕事が多いだけだから。
そんなボクに宰相や騎士団長ではなく忍が直接報告を持ってくる。これを緊急と言わずなんていうのかね。
「ロイゼント王国が崩壊しています」
「は?」
今なんて言った?
聞き間違いだよね? 崩壊?
「すまん、もう一度言ってもらってもいいか?」
「ロイゼント王国が崩壊しています」
聞き間違えじゃなかったみたいだ。
一度椅子に深く座り、息を吐く。
「何があった?」
「ロイゼント王国に放っていた忍からの報告によりますと死霊系の魔獣らしきものが現れ、人々を襲い、襲われた人々も死んだはずなのに起き上がり他の人々を襲っているとの事です」
「魔獣が? 街中に突然現れたのか?」
ロイゼント王国は帝国ほどの軍事力はないとはいえ、並の魔獣では入り込むことはできないはずだ。それこそ災害の森の魔獣でもない限りは。
そして巨大な災害の森は帝国、王国、神国の三国によりその巨大な森を囲むように壁で覆っているのだ。
まぁ、レオンからの報告を聞く限りあの森の魔獣はその気になれば容易く壁を壊して出てくるみたいだがな。
「はい、突然街中に姿を現し、言葉を話したそうです」
「魔獣が言葉を?」
魔獣とは獣が凶暴性を増し、進化した生き物だ。そのため、知性より本能が強く出るため言葉を話すという種類の魔獣は初めての報告だ。
「はい、魔獣の王の軍、魔王軍の幹部死霊のサロメディスと」
「魔王軍?」
なんとも不吉な軍団だな。
「はい、そのサロメディスは王国の住人の半数を兵隊のように引き連れ、災害の森を覆っていた壁の一部を破壊して森に進軍、恐らくは森の世界樹を占拠後に森を突破し我が国と神国に攻め入るものと考えられます」
よりにもよって世界樹を狙うか。
確かに魔力を放つ世界樹を手に入れることでその魔獣サロメディスは更なる力を手に入れる魂胆だろう。
「至急、騎士団長、文官を集めろ。すぐに対策会議を行う」
忍が頭を下げ姿を消すのを見届けたボクはまた深いため息をついた。
「災害の森の主人の逆鱗に触れなければいいけど」
サロメディスの脅威もそうだが、世界樹の主が無自覚に力を振るわないように願うしかできないな。
「また仕事が増えたなぁ」