エルフ、喚びだす
「どうした、モグモグ、ものかしら、モグモグ」
とりあえずは泉の縁に座り、唯一の食料であるリンゴを齧りながら思案する。
食料であるリンゴは食べているので実質残りは木の枝とキラキラした球体の二つだけだ。
「この木の枝からは魔力を感じる。……気がする」
魔力、それは世界に満ちる力だ。
世界に満ちる魔力を使うことで生き物は魔法などを使うことができる。それはエルフも同様だ。
でも魔力を纏う木なんて村にあった世界樹しか見たことも聞いたこともない。
「うーん、わからない」
手にした木の枝を持ったまま首を傾げる。とりあえずはよくわからないものと判断したので木の枝は地面に刺して放置することにする。
次に手に取ったのはキラキラした球体だ。
何度見ても光っているだけで特になにも変化はない。
「つまりはガラクタ!」
そう決めた私は手にしていた球体を目の前の泉へと放り投げる。
ポチャンという軽快な音を鳴らしながら球体は泉へと沈んでいった。
さて、どうしたものだろう。
手元には何もない。リンゴはあったけど食べちゃったし、さらに言うなら現在地すら分からない。周りを見渡してもひたすらに木ばかりの森なわけだし。
「まあ、エルフはそんなに食事をとったりはしないんですけどお腹は減りますからねぇ」
エルフにとっては食事とは嗜好品に近い。食べなくても多少空腹を感じるんだけど光と魔力があれば生きていける。さらに言うとほぼ不老なわけだから光のある場所で昼寝をしていれば一生寝ていられると言うわけだ。
そこまで考えて私は気付いた。
「あれ、今の環境って実はすごくいい環境なのでは?」
なにせ私は動きたくない。
動くのは気怠いし、エルフの里で強制的に行かされてた学校も億劫だった。だから学校で習う事は全部家で学んで学校では寝るだけのスタイルにしていたわけだけど。
成績さえ良ければ先生は何も文句を言わなかったし、まあ、寝てたら殴られはしたけど。
そんなだらけたい私には今のこの誰もいないであろう森はすごくいい環境だ。
だって口煩い父親や学校で寝てたら頭を殴ってくるような暴力教師はいないわけだし!
「楽園じゃないかしら!」
私は確信した。
私の邪魔をする人たちがいない土地、すなわちここはパラダイス!
そうと決まれば即座に行動を開始しないと。
私は動くのは嫌いだけど、のちに楽をするために動くのは嫌じゃない。
さっき地面に突き刺した木の枝を手に取ると私は地面に図形を描く。
丸や四角、時折数字やエルフ文字を混ぜながら描くそれは魔法陣。それもエルフ達があまり使わない召喚の魔法陣。
エルフは基本的に精霊たちに魔力を渡すことで精霊魔法を使うのが主流なんだよね。
まあ、そっちのほうが魔力の消費は少ないし、楽だしね。私も使える。
でもエルフってのは精霊魔法を使えば強いんだけどそのエルフ本体はそんなに強くないんだよね。
そこで私が使うのは召喚魔法!
この魔法は精霊魔法ではなく、召喚魔法、つまりは精霊本体を呼び出したり他にも色々と呼び出せる魔法なわけよ。
「召喚」
そう告げると私の魔力が魔法陣へと流れ込んで行くのがわかった。同時に感じる倦怠感。
このことから私は召喚の成功を確信する。
魔法陣が輝き、一瞬だけ目も開けられないような輝きを放った後に更には雷を空へと放ちながら小さな真っ白な竜が寝転がっていた。
「うん君じゃない」
私は僅かに額に浮かんだ汗を拭ってガックリと肩を落とした。
召喚魔法には三つの召喚がある。
一つは召喚する物が指定できないランダム召喚。
これは召喚する物を選べない代わりに魔力の消費が少ないという利点がある召喚魔法だ。
二つ目は精霊などの本体を喚び出す契約召喚。
これは自然界に存在する精霊や幻獣と言った生き物に力を認められて契約を交わすことで召喚できるものだ。契約を交わした精霊を喚び出すことで共に戦うことが出来る。
そして最後は人工的な精霊、武具精霊を召喚する物だ。
これは武具などに宿る精霊、長年使われていたりして精霊と化した武具を喚び出す召喚術だ。
私が行った召喚は契約召喚に該当する。
私の前で楽しげに転がる子竜は私が契約を交わ……す予定だった竜の子供でフィズという。
なぜかこの子竜フィズは親竜と契約を交わそうとしたらしている時に割り込んで来たものだから契約が子フィズと交わされちゃったんだよね。
「きゅ?」
なに? と言わんばかりにフィズは首を傾げて私を見てくる。
いや、喚びたいのは君じゃないんだよ…… 可愛いけどさ。
楽しそうに鳴き声を上げながら私に戯れついてくるフィズを見て私はため息をつくしかできない。
しかし、ため息をついてばかりはいられない。
「いいフィズ、これから君に重大な使命を与える」
「きゅ!」
やる気に満ちたようなフィズの声を聞いて安心どころか不安になる。だって子竜だし。
「私は里から追い出されたので安住の地が必要なの」
「きゅ⁉︎」
なんで⁉︎とフィズが多分驚いたような顔をしている気がする。
まあ、気のせいかな。
「まあ、色々あったのよ。そういうわけで私はここに住もうと思うの」
「きゅ」
「だからフィズには私の護衛を頼みたいのだけど……」
自分で言ってなんだけど凄く不安だ。
フィズは確かに最強種である竜なんだけどまだ子供。
どれくらい強いかまだわからないんだよね。
なにより喚べるのがフィズの他に後一体しかいない。
これは幸先が不安だ。
召喚できる数というのは召喚を行う者の魔力と呼び出す者のスペックに大きく左右される。
普通の召喚魔法使いなら十体くらいは召喚できるらしいので私の二体というのは非常に少ない。
……契約できる精霊や幻獣が私の周りに少なかったってのも理由なんだけど。
「とりあえずフィズ! 私の身の安全はあなたに掛かってるの! 頑張って私を守るのよ」
「キュキュ!」
力強く頷き、背中の小さな翼を広げて「任せて!」といったように返事をしてくれるフィズを見て私も頷きます。
「では私は今から寝るから護衛を頼むよ?」
「キュ⁉︎」
何で驚いてるの? え、まだ、昼前だって? そんなの私には関係ないしね。
まずは一眠りして、それから今後のことを考えるとしよう。
そう判断した私は近場の大木の根元へと向かい、座り込み眼を閉じると、騒がしく私の周りを動き回るフィズの喧騒をシャットアウトして眠りにつくのでした。