前皇帝、刺される
『しまいじゃな』
ヒュペリオンから伸びる糸を消しながら宙を落ちていく肉塊、いや、氷塊を見ながら我は呟く。巨大な物であっても広範囲凍結魔法であるコキュートスは時間をかけて凍りつかせる。
それがヒュペリオンによって細切れにされてしまった肉塊ならば瞬時に凍りついておるじゃろう。
『あとは雑魚の掃討じゃが』
雑魚狩りに乗り出そうとしたわけじゃが思ったより帝国の兵が善戦しておる。
まあ、精霊達が加勢に入ったのもあるんじゃろうがこのままいけばそう時間は掛からずに帝国内にいるであろう魔獣は殲滅できるじゃろうな。
「大精霊様?」
街を見下ろしておった我の背後から聞いたことのある声が聴こえたので振り返る。
そこには確か皇帝の護衛について奴、確かレオンじゃたか? が剣を抜いて立っておった。
『お守りはいいのかのう?』
「城の周りにいた巨大な魔力反応が消えたのですから問題ないでしょう」
確かにここいらで一番でかい魔力の塊である黒ドラゴンもどきは我が潰したからのう。
周りで暴れていた魔獣もいきなり側にあったでかい魔力が消えた事にビビったのか離れたみたいじゃし安全といえば安全か。
『じゃあ、アレにトドメを刺しにきたんじゃろ?』
「アレ?」
我が指差した先には宙から落下し音を立てながら砕け散る氷塊の残骸があった。
そんな中の一つの氷塊、いや人一人分くらいの肉塊が僅かに動いていた。
「お、おのれぇ……」
なんか知らんおっさんが蠢いておる。
体の半分は凍りついとったから落下の衝撃で砕けとるし、生身の部分はやっぱり落下の際に潰れたらしい。
つまりは死んでおらんが喋る死体みたいなもんじゃな。
「反逆者ゴーシュ」
そんな喋る死体を見てレオンが驚きの声を上げとる。
あれ? 殺しに来たんじゃなかったのか?
なんか面白そうなことが起きそうじゃったから我は成り行きを見守る。
「丁度いい。ヴィに突き出す前に俺が首をはねて殺して消しといてやる。お前みたいなのでも父親だからな。わざわざヴィの心に傷を負わせる必要もないだろ」
ヴィというのは確か皇帝じゃったか?
あん? あいつあの皇帝の父親なのか? なんでまた親が子供を殺そうとしたんじゃ?
人間って不思議な生き物じゃのう。
「わ、我のものを取り返して何が悪い!」
「皇帝の座はお前のものじゃないな。ほら早く死んどけ」
もう死にかけということがわかっているらしいレオンは無造作に距離を詰めると手にしてる剣をゴーシュとやらの体に躊躇いもなく突き刺す。それも何度も何度も。
聖剣でえぐいことするのぅ。
「お前がやらかしたことで帝国が麻痺してんだよ。これから仕事漬けで寝れねえんだよ!」
「おごっ⁉︎ うがぁ!」
なんか愚痴を言いながらリズム良く刺しとるのう。
いや、それより刺されとるゴーシュじゃよ。刺されている場所は人体に疎い我でもわかるくらいに急所ばかりじゃ。
だって心臓の部分じゃし。すっごい血が出とるし?
普通刺されたらすぐに死ぬじゃろ? それなのに刺されるたびに悲鳴をあげるだけで死ぬ気配が全くないんじゃが。
めちゃくちゃ怖い。
「マジで死なねえな、コイツ」
『なんで死なんのじゃ?』
レオンの奴も死なないゴーシュとやらに疑問を持ってたのか聖剣を突き刺すのをやめておる。
刺されるたびに流れている血の量は明らかに知識に疎い我でもわかるくらいに致死量。死んで当たり前なくらいなんじゃが。
『うーむ、再生能力だけ残っとる感じかのう?』
大体の再生能力は黒ドラゴンもどきから分離した段階でなくなったんじゃろうがまだ死なんくらいの再生能力はあるみたいじゃし。
仕方あるまい。我がトドメを刺してやる。ヒュペリオンなら人型くらいの大きさなら瞬時に凍らすことができるし。
『我がやろ……』
「あ……」
我がヒュペリオンの氷を糸ではなく長剣状にして構えた瞬間、レオンと同時に間抜けな声を上げてしまった。
なぜなら目の前で蹲っているゴーシュ何某の真下から巨大な真っ黒な顎が飛び出し、ゴーシュを丸呑みにしたからじゃ。
『え……』
「な、なんだ」
いきなりの状況に全く理解が追いつかん。必死に頭を動かしている間に巨大な顎は徐々に薄くなり、周りの景色に同化するように姿を消してしまった。
というかあの魔法は、
『フィオニキスの魔法じゃないか?』
『んーんーせいかーい』
我の疑問に応えるように頭上から陽気な声が聞こえてきたのだった。