裏、動く
「時はきた」
暗い部屋の中に皺がれた老人のような声が響いた。
「銀の滴は仕事を果たしたからな」
「潰されてしまったようだが?」
「こちらにこれが届くまでの契約だった。手元にこれが届いた今、死のうが捕まろうが構うまい?」
「薄情すぎない?」
初めに聞こえた声以外の声が暗闇の中に響く。
「これによって帝国は元の姿を取り戻す。偽りの皇帝ではなく、真のあるべき皇帝の元でな」
どこか誇らしげな声が響く。
「これで俺の時代だな」
「なに言ってるの? 皇帝になるのは私よ?」
「馬鹿を言うでない。皇帝になるのは我じゃ」
喋っていた三人の空気が今までの苦労を分かち合うような雰囲気から一転し、酷く緊迫したような空気が流れ始めた。
「なんだと!」
「やるっていうの⁉︎」
「上等じゃ!」
暗い空間、何も見えない場で何かが倒れるような音が鳴り、続いて何かで殴り合うような音が鳴り響き始めた。
そんな音がしばらく鳴り続け、次に上がり始めたのは悲鳴だ。
「ちょ、やめて!」
「頭はだめだ! 髪引っ張るな!」
若い男と女の泣きが入ったような声が聞こえ始め、次第に何かでバシバシと叩く硬質な音だけが耳に入るようになった。
「我が皇帝になるんじゃぁぁぁぁぁぁぁ!」
「わ、わかった! お前が皇帝だ!」
「私達は補佐でいいわ! だからそのえらく硬い武器を振り回すのはやめて!」
暗がりから浮かび上がった老人の必死さというか途中から振り回し始めた物に恐怖したらしい他の二人が前言を撤回すると老人は肩で荒い息をしながらも笑みを浮かべていた。
「うむ、我が皇帝になればお前達二人の将来も約束されたも同然じゃからな」
「あ、ああ、期待してるぜ」
「そ、そうね」
喉元に突きつけられた呪力によって真っ黒に染まり、先端に赤い宝石が付けられた杖を見ながら若い男は冷や汗をかいていた。
そんな男の姿に満足したらしい老人は手にしていたの呪いの武器を腰へと吊るした。
「では行こうか。偽の皇帝、我の娘であるヴィンラント・エナハルトの元に王座を返してもらいにな。いや、その前にあそこで戦力の補充じゃわい」
こうしてヴィの父親、前皇帝ゴーシュ・エナハルトの反乱が開始されたのであった。
「はあ、ついていく方を間違えた気がするわ」
「最悪こいつの首を持っていって助命を乞うしかねえな」
すでに味方二人は裏切る気満々であった。




