エルフ、打つ
「よし、潰す」
決断した私はもう容赦しない。
魔力がない状態である今の私だけど手がないわけじゃない。
あまり使いたくないけどこれ以上長引かせてもしんどいだけだし。
何よりも眠い。
私の睡眠のためにもヤークウッドはもう一度ボコられて貰おう。
まあ、今回ボコボコにするのは精霊さんじゃなくて私なわけなんだけどね。
「ヤークウッド、もう一回だけ警告しとくけどやめない?」
これが最後の警告だ。
今のままでも精霊さん達が放つ魔法の乱射の前にヤークウッドは立ち止まり、更には精霊さんの爆薬が振りかけられ爆発するクラカラグラを振り回して迎撃してはいるけど身動きがとれない状態に追い込んでるから長期戦に持ち込んだら普通に勝てる。
「だまれ!」
またクラカラグラを振るって攻撃を仕掛けてきたけど避ける。
はい、終了。
交渉の余地はないみたい。
精霊さん達の攻撃によってヤークウッドが身動きを取ることが出来ない間にポケットからエルフの秘薬の入った小瓶を取り出す。
そこから三粒だけ取り出し口へと放り込むと噛み砕く。
「うげぇ、苦い」
エルフの秘薬の類は基本ポーションといった液体状の飲み薬なんだけど、この切り札たる秘薬だけは丸薬なんだよね。
しかも死ぬほど苦い。いや、死にはしないんだけど。
ただし、この丸薬、『えるふえぼりゅーしょん』の効果は劇的だ。
効果は至ってシンプル。
短時間の超人的な身体能力の強化。それも身体強化の魔法を遥かに凌駕する異常なまでの筋力の強化。
「精霊さん離れて」
精霊さん達が魔法を放つのを止めるとやっぱり鬼気迫る勢いでヤークウッドがこちらに向かってくるのを再開してくる。
さっきまでの私なら脅威だったけど、今の私なら問題ない。
こちらに向かって飛んでくる刃はさっきよりも格段に遅い。いや、超強化によって強化された視力にはほぼ止まって見える。
動いてるななら無理だけど止まっているような物の爆発する刃を今度は躱すことなく無造作に掴む。
普通なら刃や爆発なんてしてるのを掴んだら掌から出血しそうだけど超強化されてる私の手はそんなので出血することはない。
ついでに爆発が鬱陶しいから魔力で作った風で刃についてる薬を飛ばしておく。
私が刃を掴んだ事にヤークウッドが驚いたような顔を浮かべている。その顔は凄くいい。ざまぁみろ。
掴んだ刃を力の漲る腕で無理矢理引っ張る。
力尽くで刃を引っ張ったものだから当然その刃の元である剣を持っていたヤークウッドはというと当然、刃同様に私の元に引っ張り込まれてる。
「なっ⁉︎」
そんな飛び込んできたヤークウッドの顔面に目掛けて刃を掴んでいない方の手で拳を作る。
「ぶっとべ!」
作った拳を驚いて愉快な顔をしているヤークウッドへと超強化されている拳を全力で叩きつけた。
「ぶへらっ!」
当然、ヤークウッドは殴られた衝撃で血を噴き出しながら吹き飛ばされる。だけど私が刃を掴んでるし、一応は剣聖であるヤークウッドも武器である剣を手放してない。結果、遠くに飛んでいきそうになったヤークウッドを私は握った刃を更に引っ張る事でそれを防止。また戻ってきたヤークウッドに向かって拳を連続で叩きつけてやる。それをひたすらに繰り返す。
「打つべし打つべし打つべし打つべし打つべし打つべし打つべし打つべし打つべし打つべし打つべし打つべし打つべし打つべし打つべし打つべし打つべしぃぃぃ!」
ひたすらに拳を叩きつけるたびに伝わる感触が不快だけど構わずに殴りつける。なんか私の手も赤くなってる気がするけど気にせず殴り続ける。
『こ、こわ』
『ふびんすぎるー』
『えげつなーい』
精霊さんの声が耳に入ってきたので殴るのをとりあえずやめておく。
ついでに掴んだままだった刃も手放す。
「ご、ぶっ」
顔が原型がわからないくらいにボコボコにされたヤークウッドが音を立てて地面へと倒れ込んだ。
うーん、超強化された私の拳なら岩盤くらいなら簡単に砕けるくらいの威力なんだけど……
ヤークウッドはやっぱり強いみたいだ。原型留めてるし。
「よし、憂さ晴らしも終わった。精霊さん、城に帰ろ」
『はいはーい』
『やつあたりだよねー』
『ふぃずわすれないようにしなきゃ』
こうして私はそこらに倒れる帝国兵達を放ったらかしにしたまま精霊さんやフィズを連れてヴィのいる城へと戻る事にしたのだった。
ああ、超強化を使った反動が怖い。明日は絶対に筋肉痛だよ。
『いるぜ、そっちちがう』
『はんたーい』
『みえてるのにまちがえるとか』
……わざとだしい!