鬼、宣言する
「ほっほっほ、なにやら精霊達が喚いておったから壁をぶち破ってきてみればそこそこのがおるわい。ヤークウッドには悪いが儂のほうが当たりじゃな」
赤と白の閃光が放たれ、溶解し、煙が充満する中、俺の目の前、いや、曲がり角から現れたの左右の手に剣を持ったジジイだった。
現れた俺よりも小柄なジジイの眼を見た瞬間、俺は思わず息を呑み無意識に一歩後ろへと下がった。
見た目だけならば誰が見ても俺がジジイを叩きのめす様しか思い浮かばないだろう。だが、このジジイは迂闊に動けば殺される。そう思わせるだけの威圧感があった。
「……ジジイ、なにもんだ?」
無意識に背中に背負っていた金棒へと手を伸ばしながら尋ねる。
そんな俺の警戒を見てとってジジイは笑う。
「はははは、儂の名をしらんか? まあ、あのハイエルフ殿も知らんかったしのう。いや、それはよかったのかのう? あれだけ理不尽な力を目の当たりにした後に逆に二つ名まで知られてたら儂、恥ずかしくて死んでしまうし」
何がおかしいのかジジイは愉快そうに笑ってやがる。
「ん? お主、鬼族か? ふむ、本物の鬼に名乗るのも憚れるが儂はジェフ。帝国剣聖、戦鬼ジェフと呼ばれとる」
「せ、戦鬼だと⁉︎」
帝国最強の剣聖、戦鬼ジェフがなんでこんなところに⁉︎
剣だけで竜を解体するような化け物が俺らを潰す為だけに動いたというのか⁉︎
「ふむ、その様子じゃと儂の名前は知っとったようじゃな。儂、有名人」
「は、はったりだ!」
ドヤ顔をしてくるジジイを指差しながら俺は叫んだ。
こう言ってはなんだが俺達銀の雫はそこそこの盗賊団なだけだ。貴族達からも盗んだりはするが帝国軍が動くような派手な盗みはしてねぇ。いや、軍が動いたなら依頼主から連絡がくる手筈になっていたんだ。その連絡がないままにいきなり剣聖の最強が姿を現すだと⁉︎ そんなふざけたことがあるか!
「ふむ、儂の二つ名はよく知られとるんじゃが何故か儂の顔はあまり知られておらんのじゃよな。顔で売れてるのはレオンとかヤークウッドとかテレサとかの他の三人の美男美女じゃ。やっぱり世の中顔なんじゃのう。金なら腐るほどあるし整形でもするか」
なんなんだ、このふざけたジジイは……
馬鹿みたいな事を考えてやがるのに隙がねえ。
軽く足に力を入れたただけでどんな反応をしてるのかジジイの身体が自然にいつでも剣を振るえるような動きに変わりやがる。
「それで、お主はあれか? 銀の雫のリーダーでいいのかのう? リーダーには聞きたいことがあるから捕まえときたいんじゃが」
聞いてくるという事は俺がリーダーだという事をしらないのか? それとも惚けてるだけか?
これは嘘をついてリーダーじゃないと言って逃してもらうのもアリかもしれん。雇われた傭兵といっても通じる体格はしてるしな。
「俺はリーダーじゃ……」
「リーダーじゃないなら首を刎ねて問題ないからのう。下っ端を捕まえて捕虜にしても無駄飯喰らいが増えるだけじゃしな。今までも何人かぶった斬ったんじゃが……」
「俺がリーダーだ!」
俺は怒声とも言える音量で宣言した。
危ない! 選択肢を間違えて死ぬとこだった!
「ふむ、リーダーか。ならそれなりに強いんじゃろな?」
「は?」
何を言ってるんだこいつ?
リーダーを見つけたら確保するみたいな言いようだっただろ? それがなんで強さの話になるんだ?
「いやな。一応はハイエルフ殿よりも先に銀の雫のリーダーを捕まえても色々と吐かせるためにヤークウッドと共にアジトに乗り込んだはよかったんじゃがな。出てくるのは雑魚ばかりという残念な結果なんじゃよ」
剣を一振りしたら首がボールみたいに飛んでいきよるからの。と何が面白いのかジジイは笑ってやがる。
つまり、下手をしたらアジトにいた部下は全滅ってことか……
「さて、ではやるかのぅ。死なない程度に手加減はしてやるから」
「舐めやがって!」
全身の残り少ない闘気を身体を覆い、俺は一気にゆったりとした動きで両手の剣を構えるジジイへと金棒を振り上げて突っ込んだ。