エルフ、溺れる
森から爆音が響くたびに泉に波紋が浮かぶ。
「うるさいなー」
『うるさーい』
『うるうる?』
『しめる?』
なんか最後だけ過激な発言だったなーと私は遊びに行かなかった精霊達と共に泉に浮かびながら考えていた。
森から聞こえる音は少しだけ聞こえなくなってたんだけど、またさっきよりも大きな音で鳴り響き始めてた。
音のする方に視線を向けると火柱が上がったり、氷柱が出来上がったり、竜巻が動いたりと派手な事この上ない。
でも火事になったり周りが凍りついていたりしない所を見ると精霊達はうまく加減が出来てるみたいで安心した。
「まあ、うるさすぎるんだけどね」
何かしらの魔法が使われるたびに大きな音がこちらまで届くから、耳がいいエルフとしてはなかなかに辛い。
さっさと終わらせてほしいものだよ。
「はやく終わらないと昼寝もできないし」
『まだねるのー?』
『あそぼーあそぼー』
泉に漂うように浮かんでいる私の体の上で精霊達は奇妙な踊りをしながらあそぼーと連呼している。
それはあれかな? 私の胸が真っ平らだからそこが踊りやすいという遠回しな嫌がらせかな?
横には椅子を壊したショックから立ち直ったらしいフィズが板切れを泉に浮かべて寝息を立てながら寝てるのにそちらには精霊の姿は一切見られない。
でも追い払うのも面倒だし、私は体の力を抜いたまま泉にプカプカと浮かんだまま目を閉じた。
私は動きたくないのだよ。
しばらくするとたまに響く音にも慣れたのか眠気が襲ってきた。あ、このまま眠れるんじゃないかな?
硬いベッドでもないし、なんだったら全く身体に負荷がかからないわけだから水って理想的なベッドなんじゃない?
そんな考えと共に眠気はあっさりと体を覆い、私は夢の世界に旅立つ……
『ねたらだめー』
『ねたらしぬよー』
『ばけついっぱいのみずでエルフも死ぬー』
「がふっ、がバゴボゴバァ⁉︎」
夢の世界には旅立つ事は出来なかった。私の胸の上にいた精霊達が口々に叫びながら飛び跳ねる。
繊細なバランスで泉に浮かんでいた私は精霊達の暴挙によりバランスを崩し、ひっくり返ったために泉の真ん中で溺れる羽目となった。
「ゲホっ、し、死ぬかと思った」
なんとか泉の淵まで泳いだ私は淵に手を付き荒い息をしながら安堵した。
幸い、足が辛うじて付くほどの浅い泉だったので死にはしなかったけど、これがドワーフとかだったら足が付かずに溺れ死んでいたかもしれないね。
いや、ドワーフならまず水に浮かぼうなんて考えないと思うけどさ。
『たのしかったねー』
『えるふのおどりめずらしー』
『よいものよいもの』
人を溺れさせておいて楽しそうだねぇ。
後、踊ってないし!
きっとそう叫んでも精霊達は楽しそうに笑うだけなんだろうなぁ。
契約した竜であるフィズでさえ、私が溺れていてもまだ寝てるし。助けようともしてくれなかったよ!
後でひっくり返してやるんだからな。
そう決意すると淵から這い上がり、体を震えようにしてある程度水気を飛ばしておく。
「ちょっと乾かして」
『いいよー』
私のお願いを聴いてくれた精霊が私の体を風で包み、さらに濡れた場所を乾かしていってくれる。
以前、雨に濡れた時は周りに全く精霊がいなかったから体を乾かすのを頼めなかったけど、今ならソラウは元気に暴れているし、精霊達は沢山いるから軽いお願いくらいはできるんだよね。
まあ、精霊魔法じゃなくてお願いなわけだから聴いてくれるかどうかはその時々によって違うけど。
「ありがとう」
『どいたまー』
笑いながらお礼を言うと精霊も笑ってくれる。
お願いだから対価としての魔力は必要ないんだけど私は周りに自分の魔力を少し放っておく。
すると精霊達がワッと勢いよく集まってきた。
精霊達の食事は魔力だ。
この精霊樹の周辺にいるのであれば精霊樹から放たれる魔力で食事には困らないらしいのだけど精霊は生き物から放たれる魔力が好きらしい。
精霊曰く『ひとによっていろがちがうのー』と言っていたけどこれは多分、魔力の質が人によって違うと言う事だと思う。
つまりは精霊にとっての好物かどうかってことみたい。
そういう意味では私の魔力は精霊達にとってはとても美味しい魔力らしい。
それは私が何もせずに過ごしていても体から滲み出る魔力もそうらしくて、その魔力のせいで精霊達は私に集まってくるらしい。
「まあ、精霊が集まってもソラウがいる時は精霊魔法使えないんだけどね」
『ソラウさまこわい』
『きんにくきもちわるい』
『おもいだしただけではきそー』
あの筋肉は気持ち悪いよね。
服を着込みながら聞こえる精霊達のヒソヒソ話が耳に入り思わず苦笑してしまう。
どうやらあの筋肉は他の精霊にも不評みたいだ。
「あ……」
服を着ようと泉の淵に置いてあった服を手に取り広げると胸の辺りが破けてしまっていた。
あー、何処かにひっかけちゃったかなぁ。
服は置いておいて髪を整えていると私の耳がかなりの数の足音がこちらに向かってくるのを捉えた。
『ひゅーむいっぱいきたよー』
「そうですね」
親切に教えてくれた精霊に笑いかけながら私は取り敢えず裸でいるわけにはいかないので破れてしまった服を着込んで足音の主達を待つことにしたのだった。