兵士、必死になる
「なんだ?」
突然響いたラッパの音に驚いたのは俺達だけではないようだ。魔獣どもも困惑したかのようにして動きを止めていた。
「隊長、奥から何かきます」
「わかっている」
只でさえ絶望的な状況なんだ。これ以上悪化することはない。ありえるとするならブラックドッグよりも凶悪な魔獣が姿を現わす事くらいじゃないだろうか?
そんな事態を想像していると太い樹の上にふよふよと小さな人型の物が飛んでいるのが眼に入ってきた。
「なんだあれは?」
心の内が口から溢れていたのか部下の何人かが俺の視線を追い、羽の生えた小人のようなものがいる樹の方へと視線を向けた。
「隊長!あれは精霊です!」
「精霊だと⁉︎」
肩で息をしている魔法使いが目を見開いて驚きの声をあげていた。
精霊だと。
精霊は何千年も前に姿を消し、人前に全く姿を現さなくなったはずなのになぜこんな所に。
『いたー』
『あれだよね?』
『いっぱいいるね』
樹の上に立つ精霊達は楽しげに俺を、いや、俺達と俺達を囲む魔獣達へと視線を向けているようだった。
それもすごく好戦的な眼で。
嫌な予感がする。
『グルルル』
魔獣達も目の前にいる俺達よりも樹の上にいる精霊達を警戒しているようだった。
『いぬ?とひゅーむ?』
『わんわんかな』
『あれぼーんってする?』
『でもイルゼあんまりはでにしちゃだめだって』
こちらの事など全く警戒などしていない精霊達はひそひそと話をしているつもりだろうがダダ漏れだ。
魔獣達も精霊の方に意識を向けており、俺達を囲んでいた魔獣もまた包囲を解き、精霊達のいる樹を取り囲むように動いている今、逃げることができるかもしれない。
そう考えた俺は声は出さないようにして体の後ろに手を回し、指でサインを出す。
急いで撤退。
そのサインを見た部下達は動けない部下を担ぐ、または引き摺るようにして魔獣達から距離をとった。
『よし、やっちゃおう!』
『イルゼにバレないようにしよう』
『ソラウさまのせいにしとこう』
精霊達は話し合いが終わったのか、拳を突き上げてやる気を見せていた。
そして精霊達の瞳が魔獣と、そして俺達へと向けられた。
精霊達が纏う魔力を見てゾッとした。
あれは人が修練などを積んで持てる魔力ではない!
一部の天才と呼ばれる人種ならば可能かもしれない。それでも俺の知る限る天才でも今見ている精霊達の魔力の足元にも及ばないだろう。
『せーの!』
『ふぁいやー』
『あいすー』
『うぉーたー』
『えあろー』
精霊達の可愛らしい掛け声と共に森の中に魔法が吹き荒れる。
使われている魔法は魔法使いならば誰もが使える初級魔法だ。
しかし、魔法に込められている魔力の量が違う。
放たれる魔法が魔獣に、そして俺達に向かい飛んでくる。
「た、退避! 退避しろ!」
あんなもの食らえば死ぬ! そう考えたのは俺だけではないようで他の騎士も必死の形相で飛んでくる魔法を躱しながら下がっていた。
なにせ魔法が当たった魔獣は炎で一瞬で焼き尽くされ、氷で貫き身動きを取れなくし、水と風で体を容易く両断する。
剣で全く切り裂けなかった凶悪な魔獣がまるでゴミであるかのように潰されていく。
『むー当たらない!』
魔獣には当たってるだろ!
不満げな声を出す精霊に対して声を大にして叫んでやりたいがそんな余裕は一切ない。
なにせ此方にも魔法が雨のように降り注いできてるんだからな!
『ぬがぁぁ! なんでお主ら勝手に始めとるんじゃぁぁぁ!』
今までとは違う声が聞こえると今まで降り注いでいた魔法がピタリと止まった。
『あ、ソラウさま』
『ソラウさまがおそいからだよ?』
『そうだそうだ』
『こういうのは普通は位の高いのを待つじゃろ!』
「今度はなんなんだよ……」
もうこれ以上は何も起こらないでほしい……
他の騎士達も同じような眼を向けていた。
今や俺達の目的は世界樹の確認ではなく生きてこの森から出ることだ。
しかし、そんな俺達の想いなどは虚しく、その場をさらに掻き回すような存在が精霊達の元に舞い降りたのだった。