大精霊、奇襲される
我の首筋に向かい、黒い刃が振り下ろされ、硬質な音を立てて弾いた。
『あだぁ⁉︎』
「な、なんで刺さらないの⁉︎」
ナイフを突き立てられたであろう首筋へと手を添えながら襲撃者を睨みつける。
睨みつけた先ではナイフを振り下ろしたらしい人物が慌てたように声を上げながら距離を取っておった。
『お主がやったのかぁぁぁ!』
奇襲をしてきたらしい襲撃者へと視線を向け、首筋に当てていた手に魔力を込め、その掌を向ける。
『我に刃を向けたことを後悔させてくれるわ!』
怒りと共に魔力を、大量の氷の礫を放つ。
回避など許さんわ!
逃げる場所がないくらいに広範囲に向けて放ってやったわ!
「化け物すぎる!」
襲撃者はクルリと体を回転させる。
そのまま行けば襲撃者は我が放った氷の礫を全身に受けて死ぬほど痛い目に遭うじゃろう。
それを確信して我は口元を歪めて笑った。
じゃが、予想は軽々と裏切られた。
回転した襲撃者の背後から四本の金色の尻尾が連動するようにして回り、我が放った氷の礫を吹き飛ばしよった。
『む!』
「この!」
完璧に防がれるとは思ってなかったから少しばかりイラっとした。
そんな我に向けて今度は襲撃者の金色の尻尾がまるで生き物のように動き、こちらを襲う。
瞬時に愛用の氷の籠手を作り上げ纏った我は迫る尻尾を殴りつけ、吹き飛ばす。
「なんでオレの尻尾攻撃で吹き飛ばないの⁉︎」
なんで我のパンチで吹き飛ばんのじゃ!
同じような憤りを感じたらしい襲撃者が地面へと着地し、両手のナイフと後ろでゆらゆらと金色の尻尾を揺らして我を睨んできよる。
襲撃者は金色の髪、更に頭上にはシャオと同じような獣の耳、そして尻から四本もの巨大な尻尾を生やしておる。
ふーむ、なんじゃ? 狐の獣人…… いや、魔力を帯びとるようじゃから魔人か?
よくわからんが、そこそこ強いのう。
『我の攻撃を防ぐとはそこそこじゃのう』
ま、本気を出せば我ならあんなのあっさり串刺しにできるがのう!
「桁違いの魔力だと思ったけど、まさか大精霊だなんて付いてなさすぎる」
『ふむ、お主がシャオを隠しておった魔法の使い手か?』
シャオの奴はいきなり姿を現したからのう。なんらかの特殊な魔法をシャオ自身が使っておるかと思っておったのじゃが、シャオを見ておるにこれだけの姿隠しの魔法を使う技量はない。
あやつはどちらかというとあの異常なまでの圧縮した魔力を使っての肉弾戦が得意なんじゃろうしな。実際少ない魔力の運用としては間違っておらんし。
「シッ!」
全くの予備動作などなく狐の魔人が何かを飛ばしてきおった。見えにくいが、黒く塗られたナイフ、しかも何かが塗られておる。
『話の途中で攻撃とは無粋じゃのう』
飛んできたナイフを氷の籠手を装備した腕で弾く。弾かれたナイフに付いていた毒は我の籠手に触れた瞬間に凍りつき、毒の意味をなさんがのう。ま、皮膚に刺さろうとしても氷の鎧で弾くがの。
「あーもう! 魔王さまがいなかったらとっと逃げるのになぁ!」
ぐちぐちと文句を言ってる狐の魔人を警戒しながら見ておるんじゃが徐々に気配が、いや、それどころか姿も消えていっておる。しばらくすると姿は完全に消え、さらには気配もなくなってしもうた。
『ふーむ、初めて見る魔法じゃな』
姿を消すくらいなら他の精霊でもできるからのう。じゃがこの魔法は姿も気配も消えとる。
大精霊の我から完全に姿、気配を消すとはやるのう!
こういった手合いとはやり合ったことはないからのう。
近距離なら殴る! 中距離なら近づいて殴る! 遠距離なら魔法を放ちながら近づいて殴る! それが我の戦い方じゃ。
じゃがこの場合どうすればいいのか迷うのう。
腕を組み悩んでいると今度は背中から何か硬いものが当たる感触があった。
『む?』
振り返りながらついでに氷の魔力を纏った裏拳を放つ。が、我の拳は何もない宙を切る。
「一体どんな体をしてるんだよ⁉︎ 絶対に当たっただろ!」
姿も気配もないのに声だけがどこからか聞こえて来る。これは不思議じゃな。
『我の身体は氷の魔力で覆われとる。弱い攻撃では覆っとる魔力を貫けぬだけじゃ』
ぶっちゃけた話が高位の魔法、もしくは超圧縮された魔力でなければ我の纏う氷の鎧をそうそう貫けん。
そういう意味では小粒のブレスやイルゼの暴走に近い魔法は簡単にこの氷の魔力を貫いてくるんじゃからな。
あやつらがいかにおかしいかよくわかるというものじゃ。
「九尾のオレで貫けないなんて!」
おっふ、今度は顔や腕、足になにやら衝撃がきよった。
相変わらず姿も気配もないがなんかで叩かれたような感じじゃな。
『我の知る限り九尾とは尻尾が九本あるんじゃぞ? さっき見たところお主は四本しかなかった気が……』
「うっさいわ!」
間違ったことは言ってないはずなのに何故か怒声と共に衝撃が体に叩きつけられるのじゃった。