精霊、釣り上げる
それに気付いたのは全くの偶然だった。
黒騎士が振り下ろした鈍器に映った空が煌めいていたからだ。
そして即座に本能が今までにないくらいの警戒音を鳴り響かせた。本能に従うようにしてオレは黒騎士から全力で距離を取る。
いきなり距離を取ろうしたオレを掴もうとしたのか黒騎士がオレへと手を伸ばし、
一瞬にして降り注いだ光の雨にのみこまれた。
「お、おおおお⁉︎」
オレは飛びながらも前から襲ってくる衝撃に声を上げる。
そりゃそうだろ?
オレが苦労して足止めしていた黒騎士がなす術もなくいきなり光の雨に飲み込まれたんだからよ。
筋肉に物を言わせて全力で飛んだ物だからかなりの距離をとれた。
しばらくの間降り注いだ光の雨が止み、オレの視界に入ってきたのは巨大な穴と、四肢やら胴体やらが吹き飛び、どう見てもまともじゃない状態の黒騎士がだった。
『はずしたぁ』
『あ、くろきしけしとんだ?』
『いるぜにおこられるよー』
『とりあえずかいしゅうしてソラウさまになんとかしてもらおう』
オレの優れた視覚と聴覚はしばらくしてそんな黒騎士の上に小さな人のようなものが飛び回りながら喋っているのを捉えた。
ふむ、これがサロメディスの報告にあった精霊とかいうやつか。
確かに凄まじい魔力の塊だ。
その精霊達の視線が不意に動き、かなり離れた距離にいて見えないはずのオレの方を見た。
「おいおいおい、この距離で気付くのかよ!」
そして再び警告してくる本能。
しかもさっき対峙した黒騎士よりも激しい!
本能からの警告よりも早くオレは背を向けて逃走を開始する。
アレはやばい。何がと言われても説明が難しいがやばいというのはよくわかる。
『あ、にげた!』
『おいかける?』
『なんにんかつかまえてごうもんするってソラウさまいってたよ』
『なんにんかでいいんだよね!』
『ぜんめついがいで』
なんて物騒な会話してやがる⁉︎
精霊ってもっと純粋なやつじゃないのか!
悪態を付いてても状況は変わりそうにない。なら全力で逃げるまで!
四肢に力を込め、樹を薙ぎ払いながら一気に駆け抜けていく。
後ろから迫ってくるのは死だ! 断じて精霊なんて可愛らしい物じゃない!
『あいつはやいー』
『あしぶちぬく?』
『てあしのしごほんはだいじょうぶでは?』
『あたまがいちばんぽいんとたかいよ!』
もう嫌な予感しかしねえよ⁉︎
後、背後から明らかにかなりの魔力を感じるが振り返りたくねぇ!
全速力で逃走をしていると前にオレより先に撤収していたオレの部下達の姿が見えた。
あいつらまだこの辺にいたのかよ!
「お前らぁぁぁ! 全力で逃げろ! 死ぬぞぉぉぉ⁉︎」
「た、大将⁉︎」
最後尾にいた奴がオレの声に気付き振り返り驚いたような顔をしている。
そんな顔をする前に必死に走れ!
「早くしろ! 死にたくなけりゃ全速力で逃げろ! 死にたいのか!」
「り、りょうがぁぁぁぁ……」
オレと喋ってた奴がいきなり姿を消した。
いや、オレの頭が今見た光景を拒否してだんだろう……
だがオレの眼は見てしまった。見えてしまったんだ! さっきまで喋っていた奴の体に糸のような物が一瞬にして巻きつき、動きを封じ、そして引っ張り上げられていったのを!
さらには、
『ふぃぃぃしゅ!』
『いいおおきさ』
『ごうもんにさいてき?』
などという無邪気な声を!
そんな声から逃げるようにオレは必死に逃げたのだった。