車輪
「ああ、懐かしいな。昔はこれも、排気ガスを吐いて走ってたんだな。」
大木の根元の錆びた鉄塊を見つめている。
あたりは根元が隠れるほど背の高い草が生い茂っている。
「さあ、行こうか」
しばらくして彼はそう呟いて大木のうろを通り抜ける。
夏と呼ばれるこの季節に、あの吸い込まれそうな青と緑が鮮やか溢れるこの森を歩き始めた。
道の端に細い金属と輪を組み合わせた物が転がっていた。
何か千切れた膜のような黒いものが巻きついている。
「あ、このゴムまだ伸びるかな?」
おもむろに手を伸ばし、ゴムと呼ばれた黒い膜を掴むと、両手で左右に引っ張り、そして千切れた。
「ダメか。まあ、古くなってたし、仕方ないか。」
彼は、次にその金属塊を藪から引きずり出した。どうやら見えていた部分は全部ではなかったようで、生い茂る緑の葉の中から金属の棒でできた骨組のようなものが出て来た。
「チェーンも錆びて折れちゃってる。直せそうもないか。」
落胆し、立ち上がるとまた森を進む。
草の少ない、獣道を歩く。静かな森にはセミと鳥の声が木霊している。
「鈴は使えそうだよなぁ。」
先ほどの金属塊から拾った小さな部品に手を添える。
チリーン
どこからか涼しげな金属音が響いて来た。
少なくとも自然のものではない。
人か何かが金属を叩かなければならない音だ。
「おお、鳴った鳴った。熊除けぐらいにはなりそうだ。」
彼の手のひらの金属片が音を鳴らしていた。こんな小さなものでも、あのような音が出るのだな。
「そういえば、まだ自転車ってあるのかな?」
森の切れ目の先にある、小さな町を見下ろしながら彼は独り言を呟いた。