04
私は慌てていました。はやく帰り支度をしないと。そればかり考えていました。彼より先に校門を出て、お気に入りの公園のベンチで目の前を通り過ぎていく、彼をゆっくりとながめながらビスケットを堪能するために。
昨日の夜は彼に向けた手紙を書きました。いわゆるラブレターと言うものです。ドキドキしました。こんなに心臓が高鳴ったのは生まれて初めてです。おかげで、今日は寝不足です。
その手紙を白い封筒に入れて、学校に持ってきました。ノートに間にはさんだそれを、授業中に何度も確認しました。彼の横顔をながめながら。私の秘密がつまったその封筒。それは決して開かれることのない私のパンドラの箱です。
「あのう。これ、落としましたよ」
彼が私に話しかけてきました。彼が手に持っていたものは私のパンドラの箱、白い封筒だったのです。私の体は動揺して蛇に見つめられるカエルになりました。蒸気が噴き出しているのではと思えるくらい顔が熱いです。
彼の手がスッと伸びで私に封筒を握らせました。一瞬、指と指が微かに触れ合いました。お礼を言わなくては。私の頭は熱に浮かされる子供のようになにも考えられなくなりました。
「ずっと好きでした。生まれた時から」
えっ。何、言っているの私。意味がわからない。生まれた時ってなに。もう、後戻りできなくなってしまったのです。現実感が薄れいく中、私はもうろうとしながら白い封筒を彼に差し出していました。
さわがしかった教室が急に静まり返ります。白い封筒を前にしてうつむく彼。動くことのできなくなった私。止まった時間の中で、彼の小動物のような瞳だけがクルクルと動いています。
やっぱりかわいい。私は周りの状況を忘れて彼の顔に見惚れました。
突然、彼の腕が伸びてきて私の腕をつかんだのです。カバンを持った彼のもう一つの腕が、私のカバンをつかみ取ります。私は彼に引かれるままに、机を押しのけながら教室を出たのでした。
廊下を歩く生徒たちが私たちを見て、飛びのいてから凍りつきます。彼は前を見据えたままふり向くことなく、廊下を渡りきって階段をのぼりました。
屋上へと続く鉄の扉を押し開けると、青い空が目に飛び込んできました。おそらく私はこの光景を一生忘れないでしょう。屋上に出ると彼は床の上にへたり込んだのです。顔にはいく筋もの涙のあと。私はこの時、ようやく現実に引き戻されました。
「なんだよ。生まれた時からって」
彼はうつ向いたままつぶやきました。
「ごめんなさい」
「・・・」
「頭の中が真っ白になって」
「知るか。デブ」
彼は私の白い封筒を破ろうと手をかけました。
「ごめなんさい」
私はもう一度あやまりました。彼は封筒を破くのをやめて、中の手紙を取り出します。屋上のコンクリートの上で大の字になってそれを読み始めたのです。
私は青い空に流れていく白い雲を見つめながら、彼が読み終えるのを黙って待ちました。