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朝の軽い運動を済ませ汗を流し、食事を終え身だしなみを整えた俺は、ローレンに連れられ騎士学校の中を歩いていた。
俺はこれから教場のある教育塔の中で手続きを行う。
騎士学校へ編入する手続きを行うのだ。
「まさか、この歳になって学校へ通うことになるとは」
「そういえばスレイ……レイは今何歳でしたか?」
「二百年分を数えるなら……いや、そもそも歳数えるの止めたから正確な年齢は忘れてた。
多分四十とかそんくらいか?」
「貴方らしいと言えば貴方らしいですね。
それにしても四十ですか……意外と若い」
「長命種に数え年なんて意味ねえだろ。
二十超えたらそれからほとんど姿変わんねえんだし」
「それもそうでした」
ローレンと並んで歩きながら他愛のない会話を行う。
俺やローレンのようないわゆる長命種と呼ばれる人種は、ある程度成長するとそこからほとんど容姿が変わらない。
そして、おおよそ寿命と呼ばれる歳が来た時ぽっくりと逝く。
なんで見た目で年齢が分からないことなんて当たり前、それゆえ歳を数えない俺のような者が多い。
ローレンの実際の年齢は俺よりも上だったか?
上だとしてもそこまでいってなかった筈だし寿命もあと数百年は残っているだろう。
苦労のためか歳のわりに皺の増えた友人を見てそんなことを考えながら歩く。
俺が二百年後の世界へ蘇ってまさか学校へ通うことになるなんて、最初は考えもしなかった。
今までも学校へ通ったことなど一度もない。
施設や名称なども全てローレンから知った知識だ。
そんな俺がなぜ今更学校へ通うことになったのか。
それは、俺が望んだからであった。
あの夜、生きることを諦めていた俺はカルヤのお陰で前を向き、これからどう生きていくかについていくつかの案を提示された。
行動の制限はあるが監視の元穏やかな生を送るとか、なにか好きな職業へ就いてみるとか、ローレンは思いつく限りの案を提示してくれた。
その複数の未来から俺が選んだのは、提示されていなかった学校へ通うというものだった。
色々な理由がある。
ローレンの目の届かない場所へ離れるのは迷惑をかけるし難しい。
俺はもうカルヤを置いていくつもりはないが、カルヤは転換器である。転換器を手にするということは何れ竜が再来した時に戦わなければならない。
それならば、この時代でも聖騎士の神将の資格を得る必要がある。
と、騎士学校へ通うことに決めたのはそういった理由から。
しかし、本当のところそれらは些細な理由に過ぎない。
ここには彼女の生きた証が居る。
アイリーンの生きた証、オーレリアがこの学校には居る。
それが、それだけが、俺が学校へ通うことを選んだ理由だった。
「では、改めておさらいをしておきましょうか」
歩いていると通路の人が途切れ俺とローレンの二人だけになる。
そのタイミングで、ローレンが声を落としそう告げる。
話す内容は分かっているが確認しておいて損はないと俺は言葉を待った。
「今日から貴方の名はレイ。
私の友人の子でカルヤガルマ騎士学校、高等部一年へ編入することになった。
そして、英雄スレインの墓で転換器カルヤガルマと出会い選ばれた。
プライベートな設定についての裁量は貴方に任せます。まあ本当のことを語っても二百年前の英雄の個人的な話など残っているはずもないので、貴方がスレインだとばれることはないでしょう。
ですが、ここは貴方がいた時代から二百年後の世界です。
うっかり過去のことを現代のことのように話すなんてことは、ないように気をつけて下さい。
ですので、この時代の勉強も頑張って下さいね」
念を押すようにそう告げたローレンの言葉に俺はあからさまに嫌そうな顔をしてみせる。
名前が変わるのも正体を隠すことも別にどうでもいい。
だが、勉強を頑張ることはできれば遠慮したい。
自分で学校へ入りたいなんて言っておいて何言ってんだと思うかもしれないが、俺は勉強が嫌いだ。
まあ嫌ではあるが言った手前頑張るけどよ。
「それから、前にも言いましたが人前でカルヤガルマの顕現を見られることはないように。
転換器を手にして一週間ということになっている人間が、顕現まで可能にしている。
これが知られたら貴方の正体に調べの手が入る。という理由が一つ。
もう一つは」
そこで一度言葉を切り、ローレンは真剣などこか悲しそうな表情で言った。
「顕現が今は失われた契約だからです」
その言葉に俺は疑問を覚え直ぐにローレンへと問いかけようとし。
通路の角から現れた人影に立ち止まった。
「銀髪の王子!」
そこに居たのは暗い青色の髪を持つ少女と、俺の顔を見て固まるオーレリアだった。
***
「レイさんって言うんですね!
私の名前はマキナ! マキって呼んで下さい!」
「よろしく、マキ。
俺のことも呼び捨てで構わない。
同じ学年だし敬語も必要ないよ」
「ありがとう! じゃあレイって呼ばせてもらうね。
ところでレイって今何歳なの?」
「俺は……」
教場へ向かう途中だった青髪の少女マキナと一緒に居たオーレリア。
俺の向かう先も同じ方向にある、俺たちは四人で廊下を歩く。
先程から俺に鋭い視線を送るオーレリアに居心地の悪さを感じるが無視して歩く。
あの夜の出来事についてオーレリアに説明はされている。
俺はローレンの知り合いで騎士学校へ編入するためここへ来て、英雄の墓に興味があったから祭壇に居たと。
カルヤは俺の妹であり神法の練習を行っていたら制御を誤り爆発が起きたと。
説明は成されたのだが……やっぱ疑うよなぁ。
我ながら無理のある説明だと思うが本当のことは言えない。
信じてもらえなくともそう言うしかない現状は落ち着かないが仕方ない。
それにしても、そう睨まれると気になるんだが。
いっそのこと話しかけてくれ。
胸の内でため息をつきながら空気を読めない、もしくは読んでいて和ませようとしているマキナとの会話を行い歩いた。
少しして、無駄に広い校舎を移動し二人の目的地の前に着く。
俺とローレンの向かう場所はこの先なのでここで別れることになる。
挨拶をして、元気よく返すマキナとローレンにだけ頭を下げるオーレリアの対照的な姿に苦笑しつつ行こうとして。
かけられた声に振り返った。
「レイと言ったな」
「……ああ、なにか用か?」
相変わらず俺を睨んだまま、声をかけたであろうオーレリアに少し驚きつつも返事をする。
そして、言葉を待つのだが中々返ってこない。
痺れを切らし俺の方から再度声をかけようとしたところで、オーレリアは言った。
「オーレリア。
私の名はオーレリアだ。
アイリーンではない」
当たり前のことをよく通る声で言ったオーレリア。
その言葉を受けてしばし固まる。
そういえば初めて会ったあの時、俺はアイリーンと口に出していた。彼女と間違えた。
オーレリアの言葉でその時のことを思い出していると、身が引き締まるような鋭い声がかかった。
「分かったか!」
「お、おう」
とっさに返事をする俺を見て鼻を鳴らすと教場へ入っていくオーレリア。
その後を慌ててマキナが追って、残された俺はなんだったのだろうと首を傾げた。
「容姿は似ていますが性格は正反対です。
彼女はアイリーンではない。一人の少女オーレリアとして見てあげてください」
「分かってるよ……んなこと」
「ならいいのです。行きましょうか」
何がおかしいのかにやにやとした顔を浮かべるローレンを半目で見つつ俺たちは歩き出す。
そんなつもりはなかったが、俺はオーレリアを通してアイリーンの姿を見ているのか?
自問するが答えは出なかった。
***
「はー! やっと顕現できたんだよ。
自由に転換できないってすごいストレス!」
「二百年転換してなかったからたいしたことないだろ」
「むー! きみがそれを言うのはいけないんだよ!
誰のせいでぼくが二百年も置物になってたと思ってるの! きみが勝手にどこかへ行ったからなんだよ!」
「ごめんごめん。今のは無神経だった。
許してくれ、な?」
「ま、まあ分かればいいんだよ分かれば。
……もうちょっと撫でてもいいんだよ?」
「ありがとう。お言葉に甘えて撫でさせていただきます」
「むふー」
目を細めて気持ちよさそうに俺の手を受け入れるカルヤの頭を気が済むまで撫で回す。
諸々の手続きを終えた頃には時刻は昼を過ぎていた。編入は明日からということになり自室へ帰ると直ぐさまカルヤは人型へ転換する。
俺が戻り自由な転換が可能になったカルヤは極力人の姿で居たいようだ。
今まで不自由な思いをさせていたし人の目がないところでは好きにさせてやろう。
一息ついてカルヤも満足したところで俺は朝の内に纏めておいた荷物を持つ。
明日から学生の俺は一般生と同じ学生寮へと入る。職員塔に住むのは今日まで、張り切って手伝いを買って出たカルヤが俺の抱える荷物を一つかっさらい、二人で寮へと向かった。
「編入生のレイだな、話は聞いている。
部屋は……201号室だ。ほら、こいつが鍵だ。
無くすなよ?」
「ありがとうございます」
「ところで……その隣のは誰だ?」
「妹です」
「妹ねぇ……まあ今回は許可してやるが男子寮は女を連れ込むのは禁止だ。
許可を取りたい場合は寮長の俺に事前に知らせろ」
「分かりました」
「分かったんだよ」
学生寮へ着き窓口で寮長の男から鍵を受け取る。
男子寮は女は立ち入りに許可がいるのか。
まあカルヤは妹(嘘)だしいいだろう。
「なんであの男はあんなに偉そうなの?」なんて去り際に大きい声で言うカルヤの頭を叩きながら、俺は階段を登り与えられた鍵番号の部屋へ行った。
「狭い部屋なんだよ」
「狭い部屋だな」
鍵を開け入った部屋は俺が職員塔で借りていた部屋よりも一回りは狭かった。
それにベッドの数を見るに二人部屋。
ベッドとクローゼット、机に猫の額ほどの娯楽スペース。
狭いが、屋根があって柔らかいベッドがあるだけましか。
竜戦の時代は野営は当たり前、石を枕に寝たことも指の数より多くある。
これ以上文句は言うまい。
「ねえスレイン、ぼくはかどっこが落ち着くタイプだから寝るときは壁側ね」
「寝るときまで顕現はやめてくれ。
そんなことされたら朝には俺は干からびてる」
「そこは二百年もぼくに寂しい思いをさせた罰だと思って甘んじて受け入れるんだよ」
「おいこら、早速場所取りしてんじゃねえ」
早くも自分のスペースを確保しだしたカルヤは部屋の中でも人型で過ごすつもりらしい。
だが、この部屋は二人部屋だ。
まだ同部屋の人間は帰って来ていないようだが、新しい同居人が妹同伴で生活しだしたらおかしいだろう。
規則を破っているし俺のイメージにも悪影響を与える。
それにカルヤも見てくれはかなり良いし、女に飢えた男の居る部屋に住まわせるなんて間違いがないともいえない。
まあそうなったら襲った男は間違いなく返り討ちに合うだろうが……。
カルヤを説得しながら持って来た荷物を整理する。
といっても、この時代にある俺の私物なんて蘇った時に着ていた騎士服だけで、後の荷物はローレンから貰った生活用品くらい。
整理なんて直ぐに終わり空いていた俺用であろう椅子に腰掛け、ベッドで頬を膨らませ文句を言うカルヤを宥めているとドアが開かれた。
「部屋の中でも顕現できないなんて息詰まるんだよ! なんなら同部屋の人にだけ転換器って教…」
ドアノブに手をかけたまま固まる人物。
おそらくこの部屋の住人であろうその人物は、椅子に腰掛ける俺とベッドで寝転ぶカルヤを見て口を開けたまま固まり。
やがて、何かに気づいたように手を叩き言った。
「ごめんなさい、部屋間違えました」
「待て待て待て!」
頭を下げると直ぐにドアを閉め出ていく同居人に俺は慌てて声を掛け、追いかけるようにドアを開けると。
同居人は部屋番号の記されたプレートを見て首を傾げていた。