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 いい朝だ。

 与えられた自室のベッドの上で体を起こし伸びをする。

 体調も万全だが何より心が軽い。

 まだ完全に前を向いた訳ではない。だけど、前の自分がどれだけやけになっていたか今なら分かる。


 伸びを終え俺は左手に目を向ける。

 その手首に掛かるのは銀色のブレスレット。

 窓から射し込む朝日を反射しきらきらと輝く美しいブレスレット。

 それを見て自然と顔を綻ばせながら声をかけた。


「おはよ、カルヤ」


 相棒の二百年振りに俺の手に戻ってきた転換器カルヤガルマへ声をかけた。


「おはようなんだよ。スレイン」

「うん、お前とこうやって平和に挨拶を交わせるのは嬉しいよ。嬉しいけどさ……。

 わざわざ顕現しなくてもよくね?」

「なにを言ってるんだいきみは?

 顕現しないと挨拶が返せないんだよ?

 まったく、そんなことも分からないなんて、やれやれだよ。そもそもだね…」


 そこから、くどくどと垂れるカルヤの講釈を聞き流し俺の方こそやれやれと肩をすくめる。

 確かにブレスレットの状態じゃカルヤは俺と言葉を交わせない。

 だけど、感情を伝えることは少しだが出来る。

 それこそ挨拶を返したと分かるくらいなら。


 まあ二百年振りだし寂しいのだろうと思い強くは言わないが、ブレスレットから人へ転換している"顕現"の状態は、かなりの神力を使う。

 それも、俺と契約したカルヤが必要とするのは俺の神力だ。

 正直に言えば朝からやめてほしい。

 疲れる。


 些細な抵抗から俺は偉そうに語り続けるカルヤの鼻を指先で軽く弾きベッドから降りた。

「ふぐっ!?」なんて声を出して恨めしそうに半目を向けるカルヤを見て笑い、寝巻きから体を動かしやすい服へと着替える。


 軽く体を動かすとするか。




 ***




 二百年後の世界へ蘇ってから一週間が経っていた。


 俺は今騎士学校の職員塔にある空き部屋に住まわせてもらっている。

 ここに至るまでに色々と慌ただしく最近ようやく落ち着いてきたところだ。

 その辺を踏まえて一度説明をしようか。


 あの日、カルヤは飛び降りた俺を助ける為、自力で顕現しながら飛んで、俺が地面へ落ちる寸前、抱えるとその勢いのまま職員塔の一室の壁を破壊した。

 かなりの衝撃だったが、あれで神力を放ち衝撃を軽減してくれていたらしい。

 それでも痛かったけど。


 そして、当然の様に空飛ぶ光と響いた破壊音に人が集まり、一番に部屋へ飛び込んで来た人物がオーレリアだった。

 オーレリアはカルヤが転換したその時、また聖堂へ居たらしい。

 カルヤが飛んで行く現場を見たから一番に駆けつけられたんだろう。

 二番目にやって来たのは幸いなことにローレンで、俺と俺に股がるカルヤの姿は多くの者に見られることはなく済んだ。

 それでも少なくない人間が光の矢となったカルヤの姿を見ただろうが、そこはローレンが上手くやったはず。


 やはり、二百年前に死んだと思われた人間が現代に蘇った、二百年の間沈黙を守っていた転換器が勝手に動きだした。

 これらの話が公になるのはローレンもよしとしないはず、公開するにしても状況を見る。

 そういった事情があり俺はこの学校の敷地の中で監視付きの半幽閉生活を送っている。

 正直少し窮屈だが全くの不自由ではないし、かなりよくしてもらっている。

 俺がスレインだと、過去の英雄八神将の一人だと知る者はここに一人だけ。

 ローレンだけなので顔を見られても困ることはない。

 事情を知らない者は俺を何者なんだろうと不思議そうな顔をしているが、極力関わらないようにしている。


 まあそんな感じで今後の身の振り方が固まるまで、俺は友人の脛をかじり日々を過ごしていた。


「このあたりでいいか」


 回想をしながら軽く走り、たどり着いたのは騎士学校の敷地内にある森の中。

 それなりに深いところへ来た、人の気配はない。居るとしても野生動物だろう。

 確認を終えて俺は隣に居るカルヤへ振り返る。


「行くぞ、カルヤ」

「うん。来てスレイン」


 嬉しそうに顔を綻ばせ両手を前に答えるカルヤ。

 その姿に少し照れ臭さを感じながらも、それを顔には出さず俺はカルヤの手を取り言った。


「"転換"」


 カルヤの姿が光になって弾ける。

 その光が俺の左手に収束して形を成し、そこにあったのは、銀色の長弓。

 人から武器へと姿を変えた、転換器カルヤガルマだった。


 美しい曲線を描き弦はカルヤの銀髪の様に細く滑らか。

 俺のために作られたかのように手に馴染む。

 体の一部の様にしっくりとくる。

 細く指を掛ければ切り落とされそうなほど、事実俺以外の者が引けば指を切り落とす、カルヤの弦へ右手を掛けて。

 張り詰められているはずなのになんの重さも感じない不思議な弦を引き絞ると、そこに矢が生まれる。

 光を集め押し固めた光の矢が、弦へ引かれる様にして現れる。

 限界まで弦を引くとそれに呼応して光の矢は長く輝きを増していき、やがて指を滑らせるように弦を解放してやると。

 音もなく矢は消えて彼方の木になる果実を貫いた。


「やっぱお前は最高だ」


 常人には決して捉えることはできないだろう、数キロは遠くにある木に付いたまま穴を開けた果実を見て俺は呟く。

 その言葉に答えるように左手に持ったカルヤガルマから「当たり前なんだよ」とでも言っているような感情が伝わってくる。

 無い胸を張るカルヤの姿が目に浮かぶようで軽く笑いまた弦を引く。


 それから朝日が完全に顔を出すまで、俺は弦を引き続けた。




 ***




「ねえねえリア! リアってば!」

「そんなに何度も呼ばなくても聞こえてる」

「じゃあ返事してよ!

 なんか最近のリアって前にも増してきつい顔してる。

 そんなんじゃ可愛い顔が台無しだよ? ほらっ、笑って笑ってー。こう、にこーって!」

「面白くない。笑えない。

 それよりも何か用があったんじゃないの?」

「がくっ、今日もリアの笑顔は拝めず……。

 ってそうだよ! 私今日ね______」


 早朝の鍛錬を終え食堂から教場へ向かう途中、オーレリアは朝からうるさい、良く言えば元気な声に足を止めた。


 ダークブルーのしっとりと艶のある髪を左側だけ編み込み後ろへ回し一房だけ結わえた特徴的なミディアムヘア。

 髪色と同じダークブルーの瞳は彼女の性格を表しているかのように大きくぱちりと開いていて、スラリと伸びた手足と豊かな胸元は女性的魅力に溢れているが、それをいやらしく感じさせない爽やかさが彼女にはある。


 マキナ。

 カルヤガルマ騎士学校高等部一年にしてオーレリアの唯一と言っていい友人。

 オーレリアは自分よりも高い位置にある友人の顔を、少し羨ましそうな色を混ぜ見た。


「銀髪の王子を見ちゃった!」


 マキナの話はたわいのないものが多い。

 言葉数も少なく聞き上手でもない自分としては、嫌な顔をせず話をしてくれるマキナのそういった面はありがたく思っているのだが。

 今日も注意して聞くような話ではないだろうと、オーレリアはマキナの言葉を流して聞き。

 遅れて勢いよくマキナの肩を掴んだ。


「なんか今日はやけに早く目が覚めちゃってさ、たまには私も自主鍛練しようと裏の森へ行ったら、なんとそこから_______」

「どこで見たんだ!」

「ひゃい!? ど、どしたのリア?」

「その、銀髪の男を! どこでいつ見たのか聞いている!」

「も、森の入り口です! 時間は早朝! きっともうどこかに行っちゃったと……」

「あれ以来職員塔へこもり切りだと思っていたが外へ出ていたのか……。

 だけど、今から探していたら教務に差し支える……」

「り、リア?」


 突然豹変した友人にマキナは引きつった顔をしながら恐る恐る声をかける。

 だが、オーレリアは一人呟きながら思考しておりその声は届いていない。

 オーレリアのあんな様子は滅多に見ない。

 マキナは何がまずかったのだろうかと考えながら一人で歩き出したオーレリアの後を慌てて追った。


 一週間前に起きた職員塔の一室が破壊された事故。

 その夜目撃された流星の様な光の矢。

 学校側からは神力を用いて発動される神法の暴発と説明されたその事故の日から。

 学校内で時折見かけられるようになった銀髪の男とそれに付き添う銀髪の少女。


 その正体が蘇った英雄だとは、彼女達はまだ知らない。



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