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本日から毎日18時更新とさせていただきます。

 


 俺の胸で泣いている少女の頭を優しく撫でさする。

 よくこうしていた。

 小柄で撫でやすい位置にあるから癖のように手を置いた、少々乱暴に撫でても嬉しそうにしている顔を見て俺も嬉しかった。


 カルヤ。

 転換器、光弓カルヤガルマ。

 人から武器へと転じた少女。

 俺の相棒にして竜殺しの神器。


「二百年も待たせて……やっと帰って来たと思ったら、挨拶もなく死のうとするなんてあんまりだよ……。

 ぼくが……ぼくがどれだけ悲しくて、帰ってきたのを知ってどれだけ嬉しかったか、知らないだろっ。

 あの時も、ぼくを置いて奈落へ落ちて……最後まで一緒だって言ったのに、君は一人で……奈落の底へ落ちるよりも置いていかれる方がずっと辛いんだよ……バカっ、君は本当にバカだっ! バカバカバカバカっ、この……おたんこなす!」


 恨み言の途中からバカを繰り返しだしたと思えば最後はそう来るか。

 相変わらずの語彙の少なさだ。

 カルヤの言うことは何も間違ってなく本当に返す言葉も見つからないが、笑ってはいけないのに可笑しくなってくる。

 たまらず俺はくつくつと声をもらす。

 それに気づいたカルヤが、はっとした表情を浮かべながら顔を上げた。


「なあっ……! なんで笑っているんだ! ぼくは怒っているんだよ!? とてつもない、かつてない怒りを覚えているんだよ! だいたい、どうしてぼくから声をかけているんだ! 悪いことをしたんだから君の方から頭を下げて、それを仕方ないってぼくが許して、それからぼくの言う恨み言を申しわけなさそうに君が聞くのがすじだろう! それをっ……だから笑うな、このあんぽんたんめ!」

「わる、わるい……おれが、全部わるいから……だからっ……もうこれ以上笑わせないでくれ!」

「むっかー! とんでもない男だ君は!

 今ならわかる! へそで茶を沸かすと言った言葉は比喩じゃなかったって今なら分かる!」

「やめ、もう、ゆるして……!」


 なんという天然。

 これはあれか、笑ってはいけない状況で笑わせてくるっていう高度な罰でも与えられているのか俺は。

 そもそもあれだ、へそで茶を沸かすって怒った時に使う言葉じゃない。

 指摘したら面倒臭いから黙っておくが。


 泣いていたことも忘れてむきになって怒るカルヤの独特の言葉選びに、俺はまた笑いをこらえ切れず腹が痛くなるほど笑わされた。




 ***




「まったく! どうしてぼくはこんな酷い男を選んでしまったんだ!

 相棒をほっぽって二百年も知らんぷりする男なんかを!」

「でも、そんな酷い男をお前は二百年も待ってくれてた。

 ……ありがとう。それと悪かった。

 契約した相手がお前でよかったよ。じゃなきゃとっくに捨てられてる」

「い、いまさらそんなことを言ったって許してやらないんだよ!

 ぼくを甘く見ないほうがいい! あと百回ありがとうって言わないと許してやらないんだから!」

「百回言えば許してくれるのか?

 ありがとうありがとうありがとうありがとうありがとう……」

「わああああああ!!

 やっぱり一万回! いや、百億万回!」

「いいよ。百億万回だな。

 お前がそれで許してくれるって言うんなら何回だって言ってやる。

 ありがとうありがとうありが…」

「わかった! 許す! 許すから!! もうやめて!」


 慌てて俺の口を両手で抑えて、ありがとうの滝を止めて息を吐くカルヤ。

 かわいい。

 こいつをこうやってからかうのも、また色んな表情を見ることも、二度とないはずだったのにそれが出来て嬉しい。


 俺の口を抑えて安心したのか、また背伸びした態度で小言を言い出したカルヤの手を、いたずら心を少し舌を出してぺろりと舐めた。


「ひゃあぁ!? き、きみっ、今ぼくの手を_______」


 情けない声を出して顔を赤く手を引っ込め飛び上がったカルヤ。

 どもりながら何かを言うカルヤの声を無視して、俺は両手でその体を抱きしめる。


「な、なにしてるんだ!? いきなり抱きしめるなんて、君らしく」

「何も言わずにしばらくこうさせてくれ。

 最後だから、これで最後だから。

 好きな者を覚えてから終わりたいんだ」

「君は……」


 俺の様子から何かを察したのか、カルヤはそれ以上何も言わず黙って受け入れてくれた。

 小柄な柔らかい体を強く抱きしめ、冬の森のような澄んだ匂いを全身で感じ、懐かしく落ち着くカルヤの存在を存分に確かめる。


 どれくらいそうしていたのか、長いようで短い抱擁を終え俺は腕を解く。

 そして、カルヤの顔を目の前に見て言った。


「これでいい気分で逝けそうだ」

「……ぼくにここまでさせておいて、君の気持ちは変わらないのか」


 俺の目を見据え問いかけるカルヤ。

 その問いに頷いて答える。


 カルヤは置いていく。

 こいつの気持ちは嬉しい、死ぬなら一緒にと言った気持ちが本心だとも分かっている。

 それでも俺は一人で死にたいんだ。

 もう大切な者が死ぬところを見たくはないから。


「いくら怒っても、いくら悲しんでも、君は一人で死のうとするんだね」

「…………ああ」

「それは、生きていることに疲れたから?」

「……ああ」

「生きる意味を失ったから?」

「ああ」

「じゃあ、生きる意味を取り戻したら生きていてくれるの?」

「ぁ________」


 答えられなかった。

 否定しようと直ぐに思ったが言葉は出てこない。

 なにか、自分の中の気づいていない感情を見透かされたような。

 嘘すらつけない本心に触れられたような。

 口を開いたまま声を出せずにいる俺を見て、カルヤは星が散りばめられたような空色の瞳を寄せ、言った。


「アイリーンから伝言を預かってるんだ」


 その言葉を受けて俺は目を見開いた。


「…………いやだ……ききたくない……」

「聞いて、聞くんだ。

 彼女が死ぬ前にぼくへ託した言葉なんだよ。

 必ず伝えると誓いを立てた。

 君には聞く義務がある」

「あいつは俺を恨んでる……わかってたのに、同じ気持ちだったのに……俺は答えずに逃げたんだ。

 向き合おうとせず……一人で死んで逃げようと」

「じゃあ今度は逃げないで。

 せめて彼女の言葉を、想いを、受け取ることから逃げないで」

「カルヤ……俺は________」


 諭すように、それでいて優しい声で告げるカルヤへ。

 俺はアイリーンからの伝言を聞く勇気が持てず待ってくれと顔を上げ。


 そして、両頬を小さな手で挟まれ情けない泣きそうな自分の顔を、カルヤの瞳の中へ見た。






「『私は約束を守ったよ。スレインも約束を守ってね』」


 簡潔で最後の言葉としてはあまりに短い。

 他の誰が聞いても意味が分からない言葉だろう。

 だけど、俺には分かる。

 俺にしか分からない。

 二百年前、死に場所を求めていた俺へ対しアイリーンが一方的に誓わせた約束。

 俺が守らなかった約束。

 それをアイリーンは、あの混沌とした時代において、神将として戦う者が果たせるはずもない約束を。

 守ったんだ。

 あいつは大事な言葉で嘘をつく人間じゃない。

 本当に守ったのだ。


 今はいない想い人への尊敬と、俺がいない間の想い人の過ごした時間を考え胸が締め付けられる。

 こらえ切れずに視界が濡れる。


「この約束の内容はぼくにはわからない。

 だけど、想像はつく。

 ……アイリーンはちゃんと約束を守ったんだよ」


 慈愛に満ちた表情で子供を見る母親のような顔で、そう告げられて、我慢なんてできない。


「俺はっ……なにもできなかった…!」

「そんなことはない。

 君が居たからアイリーンは救われた。

 覚えているかい? 灰被りの悪魔が襲った街を。君が救った街を。

 そこに居たんだ、行方不明のアイリーンの妹がミリティアが居たんだよ」

「……嘘だ。そんな都合のいい話がっ」

「本当だよ。

 都合のいい物語みたいな奇跡が少しくらいあったっていいじゃないか。

 アイリーンは竜戦が終わった後ミリティアと再会する。そして、孤独から解き放たれた。

 君が救ったんだよ、ミリティアを、アイリーンを救ったんだ」


 信じられない。

 奇跡なんて一つもなかった。

 死にものぐるいで戦った。勝つために努力した。その結果が届いたから多くの犠牲を払って竜に勝った。

 そこには奇跡なんてなかった。

 なのに、今更そんなこと……。


「そして、この奇跡はまだ続いている。

 ミリティアの曾孫にしてヘスティアに選ばれた女の子がいるんだ」


 カルヤの言葉に一人の少女の姿が浮かぶ。

 アイリーンの生き写しの様な容姿をした少女。

 俺がこの時代で初めて出会った少女。

 アイリーンの転換器、ヘスティアを扱う少女。


「オーレリア。

 君が聖堂の中で出会ったあの子だ。

 アイリーンの生き写しにして、彼女が求めた家族が確かに存在した証。

 彼女が生きた証だよ」


 俺は何も知らなかった。

 好きな女のことも、生死を共にしてくれようとした相棒のことも、目の前にあった奇跡も。

 何も知らず、知ろうともしなかった。

 そして、間違えたのか。


 自分の愚かさや情けなさ、多くの後悔を感じ呆然とする。

 そんな俺を慈しむように見つめ、カルヤは言う。


「まだ君の心は変わらない?

 この時代には彼女の残した奇跡がある。彼女と交わした約束は続いている。

 それでも、君はまだ死に場所を求めるの?

 生きる意味は見つからないの?」


 分かりきった答えを聞くようにカルヤは優しく問う。

 逃げそうになる俺の背を押すように、本心を口に出せるように優しく問う。

 それでも、一度は逃げ出した俺の心は弱く一言が出てこない。

 そんな俺を急かすでも責めるでもなく見守り待つカルヤへ、震える唇を開こうとして。


 扉が開かれた。


「──────!」


 歪んだ扉を開けて飛び込んで来た人物は、息が止まるほど彼女と似ていて、だけどやはり別人で。

 それこそが彼女が存在した証だと改めて感じさせて、もどかしい感情が胸を満たす。


 険しい顔で部屋へと飛び込んできたアイリーンの生きた証、オーレリアと目が合って。

 動かなかった喉が、震える唇が、嘘だったかのように俺は無意識に言葉を放った。






「まだ……死ねない。

 俺は、今度こそアイリーンとの約束を果たす」


 はっきりと、相棒に気が付かされた自分の中の本心を告げる。

 ずいぶん迷惑をかけてそれに気づくまで遠回りもした。

 それでも、それに付き合ってくれた相棒は見惚れるほど綺麗な笑顔で空色の瞳を潤ませ答えた。


「約束だよ」


 蘇りの英雄は死に場所を求めている。

 だけど、死ぬのはまだ先になりそうだ。



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