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辛い役目を押し付けている罪悪感はある。
俺も、出来ればローレンには頼みたくない。
だけど、そんな相手の気持ちよりも俺はそれを求めていた。
いつからだろうか。
フィンクが死んだ時か?
いや、あの時も生きる意味を見失ったが立ち直ることは出来た。
なら、スーザーが死んだ時か?
いや、それから先も俺は戦ったんだ。
アスラ、クーン、リオネル……他にも大勢、多くの者の死を見送って。
ここで戦いをやめたら彼らの死が無駄になるからと、戦って、戦って。
いつの間にか、いつ死のうかとばかり考えていた。
そして、最後のあの時。
今しかないと思った。
この時のために今まで生きてきたのだと思った。
あの場で竜を道ずれに出来るのは俺しかいなかった。
残った三人で竜へ挑んでいても紙一重で勝っただろうけど、二人は死んでいた。
そして一人だけ生き残るのは、どうせ俺なんだ。
それが分かった瞬間、俺は道ずれにする方法をとった。
これでもう見送らずに済む、死んだ者に心を痛める必要もない。
皆に会える。
永く求めていたものを手に入れて、残ったのは竜のいない世界と愛する者の生きる世界。
最高だ。
これ以上のハッピーエンドはない。
そう、思っていたのに。
目を覚ますと俺は二百年後の世界にいた。
自分だけが生きて愛する者が死んだ世界に、俺はいた。
だからローレン。
これは俺が一番望むこれ以上ない願いなんだ。
カルヤと旅をするのもいいだろう。
だけど、それは、あの時代での俺の願いなんだ。
頼む、殺してくれ。
もう、終わらせてくれ。
願う、強く強く願う。
だけど心優しい友人は決断出来ない。
俺の危うさを二百年前から気にかけていた友人は手を下せない。
今も言葉が見つからずに悲痛な面持ちで顔を伏せている。
その様子を見て俺は立ち上がり、ローレンの背にあった窓へ向かって歩いた。
「…………だめだ……だめだ! スレイン!」
「なんでか知らねえが五体満足で蘇ったんだ。竜の脅威が完全に去るまで戦うのが正解なんだろう。それは分かってる。
現に、お前やインバースはあの時からずっとそれこそ今も戦ってるしな。すげえよ本当に。
だけどさ、俺はもう疲れたんだよ。
生きている理由がないんだ。
元から世界の為なんて思って戦っていたわけじゃないから」
独白を続けながら留め具を外し窓を開放する。
吹き込んだ風がカーテンと髪を吹き荒らす。
この高さなら間違いなく死ねるだろう。
なんだ、最初からこうすればよかった。責任を負わせることもない。まあ死体の処理の手間はかけるが。
あとは自殺現場っていう曰くをつけてしまうくらいか。
そこら辺は化けて出たりしないから安心してくれ、としか言えないが。
どうでもいいことを頭の中で唱えながら窓枠へ足をかけその場に立つ。
大きな窓だ。俺の背丈でも充分余裕がある。
恐怖は感じなかった。
驚くほど穏やかな気分だった。
「貴方はっ、誰よりも前に出て誰よりも傷つき、誰よりも戦っていた!
その行動の底には死に場所を求める気持ちがあったのかも知れない!
だけど、それでも! その勇敢な行いで多くの者が救われた! 私も幾度となく命を救われた! 貴方が居なければ世界は滅んでいた! 他の者も戦場で全て死んでいた!
そんな貴方の最後が、こんなっ……!」
叫び声の途中で、こらえ切れなくなったのかローレンの声に震えが交じる。
それはお前にも言えることだ。
誰か一人欠けていても竜には勝てなかった。
戦場で戦った者は、死んだ者は、皆総じて英雄だった。
それでも。
そこまで言ってもらえて嬉しいよ。
ありがとう。
「じゃあな」
振り返らずそう告げて。
俺は飛び降りた。
***
オーレリアは自室から抜け出し英雄の墓の中、祭壇の前へと来ていた。
あの謎の男、スレインと名乗る男は学校長ローレンライクに校長室へと連れられて行った。
その場に居たオーレリアは事情を聞かれここであったことは他言しないよう誓いを立てさせられ、追って指示があるまでは今まで通りの生活を送るよう言われ自室へと返された。
そうして自室へ消灯を過ぎて帰ったが、寮長へ話は通っていたのか何も言われることはなく静かにベッドへと潜り込んだ。
しかし、眠れず色々な感情が頭を巡り、だめだと分かっていてもこらえ切れず。
初めて規則を破り自室を抜け出してこの場所へ返ってきた。
聖堂への入口は憲兵の人数が増え警戒が強化されていたが、慣れ親しんだ場所、目を盗み抜け道を使い祭壇までたどり着いた。
幸い祭壇の中までは憲兵は居らず先ほど自分が割った床石もそのまま、変わらぬ姿で中央にカルヤガルマは掲げられている。
その様子を見て安心したオーレリアは膝を着き祈る。
しかし、その目は開かれ顔は上げられ独り言のように勝手に言葉を紡ぐ。
「カルヤガルマよ……パルツィファル卿の最後を見た神器よ。
彼は命をとして世界を救った。後にも先にもいない人類の中で最も気高き行いを果たした神に等しき英雄。
その者の名を語ることはたとえ王だとしても神将だとしても、許される行いではない。
だというのに、彼の名を語るあの者は英雄を愚弄する咎人だ。
その者が何故……ヘスティアを、転換器を扱えるのですか!
ヘスティアは私を選んでくれた。
私の力を認めてくれた。
そのヘスティアを、あの男はなぜっ……私よりも上手く扱えるのですか!
咎人が神器を扱う……神は信仰に報いるのではなかったのですか……。
お答えください……お願いします……答えてください……お願いだから、答えを……私を導いて…」
真剣な表情で深く深く頭を下げカルヤガルマにすがり懇願するオーレリア。
その姿はまるで、親に置いていかれた子供の様な。
暗闇の中をさ迷う迷い子の様な。
脆く、儚い、少女の姿。
気丈に振る舞い人に誰よりも自分に厳しい気高い少女の、仮面が剥がれた姿だった。
それからしばらく、祈り続けたオーレリアであったが当然のように声が帰ってくるようなことはなく。
カルヤガルマは先ほどと変わらずそこにあるだけ。
転換器は武器だ。
使い手を選ぶ転換器には意志があるという人物もいるが、それ以前に武器なのだ。
迷える者に導きの啓示を示す神ではない。
分かってはいたが他に縋るものを知らないオーレリアには、そうするしかなかった。
答えは返ってこない、でも他にどうすることもできない。
動けず肩を震わせその場で両手を組んだままオーレリアが声を押し殺し泣いていると。
背が震えるほどの神力が膨れ上がるのを感じた。
「…………っ!!?」
神力とは、生命が神から貸し与えられたとされる神の権限を僅かばかり行使できる力を言う。
この神力を転換器に注ぐことで転換を可能として武器に換え戦うのだ。
そして、今感じているこの鉛の海にでも落とされたかの様な強烈な圧力を放つ神力は、祭壇のカルヤガルマから放たれている。
カルヤガルマは英雄スレインと契約を結んだ転換器だ。
スレインが死した後も何故かその契約が途切れることはなく、この二百年の間新たな使い手に渡らずに祭壇へと納められた。
スレインを超える使い手が現れないから、死んだ主人を忘れられず今も待っているから。
様々な憶測が飛び交うが謎は明かされていない。
その転換器が、二百年の間に一度もなかった莫大な神力を噴き出している。
転換器は契約者から神力を受け取り転換を行う。
カルヤガルマはスレインと契約した。
ならば、今カルヤガルマから噴き出している神力は、スレインのもの?
ということは……この場に、スレインが……。
「__________!」
なんと言ったのか自分でも分からなかった。
オーレリアは訳も分からず叫びながら、光へ手を伸ばし。
カルヤガルマは神力をほとばしらせ、一条の光の矢となって祭壇を破壊し聖堂の壁を撃ち抜き、一瞬で消えた。
***
びゅうびゅうと風を切る音が鼓膜を叩き冷たい夜の風が全身を刺す。
俺の飛んだ場所はかなり高い場所だったが、それでも一分もしない内に地面へたどり着くだろう。
早くていい、終わりがあるのかも分からない奈落へ落ちるよりもずっと楽だ。
落ちて、死んで、やっと終わるんだ。
走馬灯なんてのは見なかった。
ただ、何かを思い出しそうだった。
そう、あの時も。
奈落へと落ちていき意識が途切れる寸前に声を聞いたんだ。
綺麗な、安心する懐かしい声を。
それでいて体の内側を荒く舐られるような、おぞましい気配を。
『──て─竜──まで──死─』
気持ち悪い。
感じる気配と聞こえる声の余りの差が余計に気持ち悪い。
くそっ、せっかく穏やかに死ねるとこだったのに。
最後に嫌なものを思い出した。
悪態をついて地面がもう目の前に迫っていることに気がついて、次の瞬間、俺の視界を閃光が満たした。
「__________ぐほおっ!!?」
みぞおちっ……!
なんか固えのがみぞに決まって……。
何が起きたんだ。
閃光に目がやられてちかちかする。
そんでもって胸にくらった大砲みたいな衝撃で息をすることすら辛い。
それになんか地面の感触もあるし、そもそも俺生きてる。
混乱しながらも時間と共に視力やら感覚が戻って来て、ようやく朧気にだが辺りが見えるようになって。
状況を少し把握した。
校長室のあった職員塔の何処かの一室だろうか。
目の前には大穴を開けて夜空を写す壁だったものの成れの果てが、家具は散乱しソファーらしきものに背中をぶつけ腰を落とした体勢の俺。
そして、俺の胸の下にあるのは銀色のつむじ。
シルクのような癖の一切ない銀髪の頭が、つむじを俺に向けている。
というよりも、銀髪の少女が俺を前から抱きしめるようにして胸に顔を埋めている。
その少女の姿を目で捉え、今の状況を見て、全てを理解した。
こいつならここまでやりかねない。
それにしても、なんという執念。
さすがは一番一途な転換器。
望んでいた死を妨害され、みぞおちに強力な一撃をもらい、死ぬよりも痛いんじゃねえかって痛みを味わって。
それでも、全く嫌な感情は湧いてこず。
それどころか喜びが胸を満たし。
顔を見せまいと俺の胸に押し付ける銀色に手を置いて、言った。
「小せえままじゃねえか、カルヤ」
「……2ミリ伸びたんだよ、バカスレイン」
鼻をすすりながら涙声で答えたカルヤの声に、こりゃ胸元ぐしょぐしょだな。
なんて考えながら、俺は二百年振りとなる相棒との再開を果たした。