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 ああ……やっと死ねる。


 竜と共に奈落へと落ちながら俺はそう思う。

 生まれてから今まで戦ってばかりの人生だった。

 それでも、大切な者が居たから生きていた。

 戦っていた。

 だけど、それらは一人、また一人と死んでいきいつしか耐えられなくなった。

 もう見たくなかった。


 こいつで最後だ。

 十天の竜もこいつで最後だ。

 九つは地に落ちた。最後は奈落へ落ちている。

 竜は奈落から現れた、ならばまだ奈落には多くの竜が居るのかも知れない。

 だけどこいつの翼は落とした。転換器による癒えない傷を与えた。

 この竜が飛ぶことは二度とない、もうこいつは天盆の上へ戻ってこれない。

 少なくとも十天の脅威は去ったんだ。


 長く続く落下のなか届かない言葉を思う。


 悪いなカルヤ。

 お前には迷惑ばかりかけた。

 フィンク、スーザー、アスラ、クーン、リオネル…………今からお前らのとこに行くから、もうちょっとだけ待ってくれ。


 …………アイリーン。

 応えてやれなくて悪い……俺も好きだった。

 愛してる……。


 届かないと分かっていても言わずにいられなかった。

 でもこれで最後なんだ、届かなくても言えて少しだけ胸のつかえが取れる。


 無駄な足掻きをみせる竜が爪で俺の背を裂いて牙で喰いちぎろうと首を伸ばす。

 暴れるなよ、最期くらい静かに逝こうぜ。

 神力を絞り出し竜の胸に回した両手から、凍れ凍れと念じる。

 竜の爪が止まった。

 竜のアギトが止まった。

 そうして、一つの氷塊となった俺と竜は、奈落の奥深くへと落ちていく。


 どこまでも、どこまでも。

 終わりがあるのか分からない闇の中を落ちていった。











 ここは何処だ。


 奈落を落ちていた筈だ。

 祭壇?

 教会の中?

 頭が痛む、何か、意識が途切れる前に何かがあったような……。


 気がつくと俺は教会の様な建物の中に居た。

 つい先程、最後の竜と共に奈落へと落ちていた筈が気がつけば教会の中。

 混乱する、やけに頭も痛むし。


 もしかしてここが奈落の底の世界なのか?

 それとも死後の世界?

 様々な考えが頭に浮かぶがそのどれも確かめる術がない、情報が少なすぎる。

 それに、死後の世界にしてはいやに感覚がリアルだ。

 呼吸を感じるし、胸に手を当てれば心臓の鼓動も感じる。

 ちょっと待て、傷が消えてる。

 神力も全快している。

 俺はほっといても勝手に死ぬくらい血を流していたし神力も使い切っていた。


 それが、なんで……。

 考えながら体を触って確認していると視界の端にそれが入った。


 目線が通り過ぎ慌てて戻す。

 祭壇の中央、掲げられるようにそれはあった。

 つい先程別れたばかりだと言うのに酷く懐かしく感じるそれは。

 紛れもない俺の相棒。


 カルヤ。

 引き寄せられる様にそれに手を伸ばして、しかし手を触れる寸前で止めた。


「やめろ!」


 後ろから響いた叫び声。

 出していた手を引いて声の方へ向く。


 俺の後方、祭壇から降りた場所に女が居た。

 金髪に青い瞳、小柄で、それをいじればむきになって怒り、そのせいかいやに姿勢が良くて、容姿は良いのに色気のねえまっ平な体をしてて……。

 何故だが泣きそうになった。自分でも分からない感情を抑え、震える声でその名を呼ぶ。


「アイリーン……」


 置き去りにした女の名を、気持ちに応えてやれなかった女の名を、好きだった女の名を。


 つい先程別れたばかりだというのに、酷く懐かしく感じながら。




 ***




 アイリーン。

 その名前を私は知っている。

 いや、私だけではない。

 この世界に住む人間なら誰もが知っている。


 アイリーン=クロス=ランツェレト。

 八神将の一人にして転換器ヘスティアに選ばれし者。

 十天の竜を討ち滅ぼし世界を安寧に導いた英雄の一人。

 そして、私の曾祖伯母(そうそはくぼ)


 何故この男は私を見てその名を呼んだのか。

 分からない。分からないが、この男は怪しい。

 いつの間にかこの場に居たし、英雄の名を呼びあまつさえ手を伸ばしたのだ。

 命をとして世界を救った英雄の遺物へ。


 私は目の前の男を警戒しチョーカーから下げたロザリオへ手をかける。

 そして、それを解き放ち頭上へ投げ唱えた。


「転換!」


 光が弾け十字架が落ちてくる。

 人を磔に出来るほど巨大な十字架が轟音と共に私の背後へ落ちてきた。

 床を割り斜めに突き刺さる身の丈を超えるその十字架へ、私は右手をかけ片手で持つと切っ先を男へ向ける。


「貴様、何者だ」


 転換器、聖火の十字クロス・ヘスティア。

 アイリーンから受け継いだ竜殺しの神器を男へと向けた。




 ***




 銀色の十字架の先が俺の眼前へ突きつけられている。

 ちょっと待て、こいつアイリーンじゃない。

 似ているがよく見れば別人だし、何より若い。

 記憶の中のアイリーンは二十歳を越えて居たが目の前のこいつはまだ十代半ばといったくらいだ。


 いやまあアイリーンは年齢よりも幼かったし、正直二十代に見える容姿してなかったけども……そこはあれだ惚れた弱味ってやつ。

 好きな女の顔と別人の見分けくらいつく。

 さっき間違えたけど。


 とにかく、こいつはアイリーンじゃないとして何故ヘスティアを持っているのかだ。

 そして、何故それを俺に向けているのか。

 そもそもここは何処なんだ。


 溢れる疑問を飲み込んでとりあえず俺は両手を上げて目の前のアイリーンもどきへ説明を行った。


「俺はスレイン……スレイン=オリオン=パルツィファル。

 アンタが誰だかは知らないが怪しい者じゃない、とにかく混乱してて俺も事情を説」

「ふざけるな!

 英雄の名を語るだと! それも、よりによって救世の私の最も尊敬する神に等しき者の名を!

 パルツィファル卿の名を名乗る、語る者は国際法で極刑だと決まっているのだぞ!」


 は?

 なんで自分の名を名乗ったら殺されなきゃならんのだ。

 それにしても話が噛み合わない。

 自分で言うのもなんだが俺の名前と顔は結構売れてるはず、いい意味でも悪い意味でもだけど。

 しかし、このアイリーンもどきに話は通じず挙句極刑なんて告げられる始末。


 俺は両手を上げたまま興奮している女を落ち着かせるよう言う。


「まあ落ち着けって。

 なんか勘違いしてるみたいだが、俺は間違いなくスレインだ。

 竜と一緒に奈落へ落ちて気がついたらここに居た。

 信じられないだろうが俺自身状況が分かってない。

 とにかく知り合いに会わせてくれ。

 ローレンとかその辺の奴なら話が通じると…」

「一度ならず二度も…………許さない。

 神の名を語る不届き者め! 私の手で罰を下してやる!」

「おい最後まで聞」

「問答無用!」


 女は俺の声に被せるようにそう叫ぶとヘスティアの切っ先をそのまま顔目掛けて突き込んだ。

 あぶねっ!?

 ふざけんなよおい!

 咄嗟に躱し女の脇を抜け背後へ回る。

 とにかく話が出来る状態にするしかねえ。

 俺の姿を追いきれずに見失った女を後ろから羽交い締めにした。


「だから落ち着け! とにかく話をっ…」

「いつの間に!? 私に触れるな俗物めえ!!」

「意味分かんねえんだよ! なんなんですかお前は!?」


 俺が後ろから抑えるために触れると堰を切ったように暴れだした女は手にしたヘスティアを転換する。

 そして、手のひらに収まるほどのロザリオへ一瞬で姿を変えさせると、その切っ先を背後の俺へ向け再び叫んだ。


「転換!」

「うおっ!!?」


 ちょっと掠ったぞ!

 さっきまで俺の腹があった場所へ巨大な十字架の先が伸びている。

 転換器の転換速度はそれこそ一瞬。

 よく避けた俺!


 話を聞こうとしない女、対して俺は丸腰で止めようにも相手は転換器を持つ。

 仕方ねえ、他人の転換器に触れるのはあまり気が進まないがどうこう言ってる場合ではない。

 それに、この女自体アイリーンの転換器を我が物顔で使ってんだ。

 恨みっ子なしってやつだ。


 俺は女から離れその全身を視界へ収める。

 俺の様子を見て女が手にしたヘスティアを転換してロザリオへ戻す。

 そうだ。転換器の強みはその転換速度にある。

 普通に突くよりも転換させて相手を貫いた方が速い。

 だけど、甘いな。

 それが分かってたら切っ先の方向と体の動きを見れば狙いを読める。

 女の軸足が僅かに力み右肩の筋が動く、普通なら知覚出来ないそれらの情報が俺の目には見える。

 瞬きにも満たない一瞬の間で転換されたヘスティアの十字架が俺の胸を貫く。


 ことはなかった。


「動くな。

 とにかく話の通じる者を連れてこい。

 分かったか」

「なっ……んで……!!?」


 そこにあったのはヘスティアを右手に持ち女の首へ刃を当てた俺の姿と、右手を伸ばして驚愕する女の姿だった。


 あの一瞬の交差の内に、俺はヘスティアの軌道を読み転換される前に体を躱し、そのまま女の手の中にあるヘスティアを転換させて奪い、再度転換させ十字架に戻したヘスティアを女の首へと当てていた。


 この女、盗っ人の割にはいい腕をしている。

 転換速度もかなりのものだしヘスティアにもそこそこ認められているようだ。

 だけど、アイリーンには遠く及ばない。


 今の攻防も相手がアイリーンだったら俺は二桁は死んでいた。

 俺の惚れた女は幼い顔してかなり強かったんだ。



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