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本日一話目 次回は18時に投稿予定です。

 


 一日の教務に訓練を終えたオーレリアは風呂を終えようやく許された少ない余暇の時間を使いある場所に来ていた。


 それは騎士養成学校カルヤガルマの中央に位置する巨大な墓。

 およそ墓とは呼べないほど大きく荘厳で美しい聖堂。

 そこへ慣れた様子で入り奥へ進み祭壇の様な場所でオーレリアは膝を着いた。


 ここは英雄の墓。

 かつて、"夜を告げる魔王"をその身をもって倒し世界を安寧に導いた英雄を讃えて作られた墓。

 英雄は魔王とともに奈落へと落ちた、なのでこの墓には死体も髪の一本さえ入っていない。

 だが、英雄の遺品と呼べるあるものが墓にはあった。

 それは精巧な細工の施された一つのブレスレット。

 白銀の輝きをたたえた美しいブレスレットだ。

 現在の加工技術でも到底作れないほどに緻密で精巧な装飾の施された一品、派手さはないが上品で美しいそれが、墓の中央の祭壇に掲げられていた。


 転換器と呼ばれるものがある。

 いつからそこにあり誰が作ったのかも定かではないが、それは確かに存在する。

 いわく神の生み出した物。

 いわく古代文明の遺産。

 様々な憶測があるがそんな出自がどうでもよくなるほど、転換器はある力から用いられていた。


 その力とは、竜を殺す力。

 強靭な体をもち桁外れの生命力を有した竜は、あらゆる致命傷も瞬く間に再生してしまう。

 そんな竜に癒えぬ傷を与え、命を終わらせることが出来る武器が転換器であった。


 過去の英雄達はこの転換器を用い竜を殺したと言われている。

 そして、ここにあるブレスレット。

 これも転換器の一つ。


 救世の英雄、スレイン=オリオン=パルツィファルの使った転換器、光弓カルヤガルマ。

 騎士養成学校の名にもなった英雄の遺品である。


「…………」


 オーレリアは目を閉じ片膝を着いて両手を胸の前で組む。

 真剣な表情で祈りを捧げる姿は、その容姿も相まって聖女の様に見える。


 オーレリア。

 姓はない。ただのオーレリア。

 この世界において姓を与えられるのは王とそれに連なる者、又は聖騎士となった者だけだ。

 その聖騎士の中でも転換器に選ばれ神将となった者は更に神の名を与えられる。

 例に上げるならばスレイン=オリオン=パルツィファルの、オリオンの部分。

 竜殺しの弓兵に与えられた神の名がそうだ。


 故に、未だ正式な騎士格を与えられていないオーレリアにはそれ以上の名前はない。

 厳密に言えばオーレリアは神将の条件を半分は満たしているのだが。

 それはまだ言わなくてもいいだろう。


 湯上りのためか肩に掛かる程度の長さのブロンドを垂らし閉じられた双眸は蒼炎を思わせる青。

 肌は陶器のように白く唇は桜色に色付いている。

 目を見張る容姿であるがオーレリアは滅多に笑顔を見せないことで有名だ。それが勿体ないと言う声もあるが、凛とした立ち振る舞いが支持されているのも確か。


 騎士養成学校の高等部一年にして多くが認める実力と類希な容姿を持った少女は、この学校に入り一日も欠かしたことのない祈りを、それからしばらく行った。


 やがて、満足したのか祈りを終えたオーレリアは立ち上がり目を開ける。

 もう十分もしない内に消灯だ。そろそろ寮に戻らないと。

 夜が明ければまた訓練と教務が始まる、早く体を休めよう。

 寝て、訓練をして、教務を受け、訓練をして、祈り、眠る。

 年頃の少女としてどうかと思う生活であるが、騎士養成学校に入り生真面目なオーレリアにとっては当たり前のこと。

 九つで親元を離れてから今まで続く当たり前の生活だった。


 そんな当たり前の生活のなんでもない日、そんな中で今日もあと寮に戻り寝るだけといった時になって。

 オーレリアの顔を上げた先に当たり前と呼べないものが、あった。


 祈る前はいなかった。

 確かにこの空間には自分一人しかいなかった。

 しかしどうだろうか。

 今、自分が顔を上げた先、転換器の収まる祭壇の真下には一人の人間が居る。


 驚き、固まるオーレリアだが、それ以上に目を離せないでいた。

 祭壇の下にいるその存在から目を離せないでいた。


 天銀に似た銀髪、騎士養成学校の制服に似た詰襟の騎士服を身にまとい、長身痩躯の体は儚げな印象を持たせる。

 こちらに半身を向けているため伺える横顔は、ぞっとするほど美しく紅玉の様な真紅の瞳が冷たい印象を与える。

 横顔は中性的で性別の判断が付きにくい。

 骨格からみるに男だろうか。

 言葉も出せずただそんなことを考えるオーレリアは、しかし次の瞬間。

 弾かれたように声を上げていた。


「やめろ!」


 自分でも驚くくらい大きな声だった。

 気がつけば、転換器にカルヤガルマに手を伸ばした謎の男に向かい叫んでいた。


 ようやくといった様に我に返ったオーレリアへ、転換器へ伸ばしていた手を引いて男は振り返り。

 オーレリアの顔を見て両目を見開くと言った。


「アイリーン……?」


 それは知っている名だった。

 知ってるが、自分のものではない名だった。

 およそ、自分が呼ばれる筈もない名だった。


 だけど何故か、その名で呼ばれて懐かしさを感じた。


 英歴二百十六年。

 英雄が竜から世界を救ってから約二百年。

 これが蘇りの英雄と、英雄の忘れ形見の最初の出会いだった。



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