スイーツアタック
ある日、下駄箱にお菓子が入っていた。
日付を確認する。9月8日。バレンタインではない。ホワイトデーでもない。クリスマスでもなければ誕生日でもない。
有名店のロゴの入ったパッケージに包まれた、色とりどりのマカロン。
それはちょうど昨日友達と、いつか食べてみたいねーと話していた、一粒たしか500円もする高級マカロン。
おそるおそるそれに手を伸ばし、ちょん、と触れすぐに手を離した。
…
「(爆発しない…)」
もう一度手を伸ばし、今度こそマカロンを手に取る。
上、下、側面。隅々まで嘗め回すように眺めてみても、おかしなところは何もない。お菓子だけに。……。
「(誰からだろう…)」
差出人の名前は書かれていないし、メモとかも何もない。
「チカおはよーう!どうしたの?そんなところで突っ立って」
背後からいきなり声をかけられ、大げさなくらい肩がはねた。
慌ててマカロンを手提げかばんに突っ込むと、ぐしゃっと恐ろしい感触が手に伝わってきた。
「あ、ユウコおはよう。ううん、なんでもないの。ちょっとボーっとしちゃってた!」
「そ?それならいいけど。一緒に教室までいこー」
「うん」
どうしよう…。焦ってなんとなく隠しちゃったけど、ユウコに相談すればよかったかな…。
「チカ?行くよ」
「う、うん!」
でもこれをくれた人もあんまり人には知られたくないかもしれない。
どうせ今日だけだろうし、なんでくれたのかは分からないけれどありがたくいただいておこう。ありがとう!名無しの送り主さん!
とか、思ってた時期もありましたよ。はい。
でもこんなにお菓子攻撃されるなんて聞いてない!!
あの日から毎日毎日毎日毎日届く種類豊富な高級菓子の数々…。
たしかにね、スイーツはすきですよ。でもね、何事にも限度ってもんがあるでしょうが!
いまだに誰からの贈り物なのか不明だし、さすがにこうも毎日だと不気味以外の何物でもない。それに私の体重が…、いやだってさぁ!おいしそうなんだもん!太るってわかってても思わず手が伸びちゃうんだもん!捨てるのももったいないし…。
とにかく!私の平穏な日常を取り戻すためにも、一刻も早く名無しの送り主…いや、スイーツ大王と名付けよう。スイーツ大王にこのお菓子攻撃をやめていただかなければ!
ちなみにスイーツ大王を見つける…、なんてめんどくさいことはしない。手がかり少なすぎるし、早起きして下駄箱に張り込みとかも最高にめんどくさい。早起き出来ない。私はぎりぎりまで寝ていたい派なのだ。
というわけで、手紙を書いた。
『いつもおいしいスイーツをありがとうございます。けれど、こんなにも毎日毎日有名店のお菓子を用意するのは大変だと思います。十分気持ちは伝わったので、もう大丈夫です。今までありがとうございました。 如月チカ』
こんなもんか。
十分気持ちは伝わった、といっても、スイーツ大王が何を伝えたかったかは全く分からなかったがまあいいか。とりあえずスイーツ大王の並々ならない執念は伝わったよ…。
周りを見ると、教室にはもう誰もいなかった。時計を見ると、最終下校時刻の15分前。短い文章だけど、なんて書けばいいのか分からなくてこんな時間までかかってしまった。
にしても、夕焼けがすごい。私しかいない教室を綺麗に赤く染め上げている。部活も委員会もやってないし、こんな時間まで学校に残ってることなんてめったにないから知らなかった。
「…あれ?如月さん?」
「っ!」
夕日を眺めながらボーっとしてたせいで、教室に入ってきた人影に気付かなかった。
「如月さんがこんな時間まで残ってるなんてめずらしいね。何かあったの?」
「ひ、日笠くん!?え、いや!な、なにもないよ!うん!なんでもない!」
机の上に出しっぱなしだった手紙を慌てて机の中に入れる。あ、危なかった。
こんな、スイーツ大王と私にしか分からないような内容の手紙を見られたら日笠くんに変に思われちゃう。
彼は同じクラスで、学校で一番の人気の日笠ヨウくん。
中世的で整った顔立ちだけれど、ちょっと童顔でやんちゃっぽい。いつも笑顔で誰にでも優しくて、女子にも男子にも好かれている。そんな彼に恋愛感情を持つ女の子も少なくない。例にも漏れず、私も彼に密かに思いを寄せている一人だ。
でも彼とはほとんど話したことはなくて、何回か挨拶を交わしたくらいだと思う。それなのに、私が普段は早く下校することを知っていてくれたかのような口ぶりになんだかうれしくなる。まぁ、彼は優しいし人のことを良く見ていそうだから私が特別ってわけじゃないだろうけど。
「…いま、何隠したの?」
「な、なんでもない!なにもかくしてないよ!」
「そう?俺には手紙みたいなものが見えたけど…。もしかしてラブレター?」
「そ、そんなんじゃ…、っ?」
ちがうと否定しようとして彼の顔を見て、思わず息をのむ。
日笠君はからかうような声の調子とは裏腹に、ひどく冷たい表情をして私を見ていた。口は緩く弧を描いているけれど、目が笑っていない。そのアンバランスな歪んだ表情がひどく恐ろしく感じた。
「ひ、日笠くん…」
なにか失礼なことをしてしまっただろうか。
いつもの笑顔に戻ってほしくて、懇願するように声をかける。
すると、願いが通じたかのように日笠くんがいつものような笑顔を浮かべた。
「俺、そろそろ戻らなくちゃ!忘れ物取りに来ただけだし、バイト行かねーと」
「バイト?日笠くんバイトしてるんだ。すごいね」
「そうかな。如月さんに褒められるとなんか照れる。ありがとう」
「そ、そんな」
はにかむように笑う彼を見て、なんだか私まで照れてしまう。
「私お年玉とお小遣いに頼りきりだから、自分で稼いでるなんて尊敬しちゃう」
「…自分で稼いだ金で買いたいものがあるんだ。だから必死に働いてる。結構不純な動機だから、尊敬なんてしないほうがいいよ」
また、だ…。笑ってるのに、目が怖い。
さっきの冷たい感じとは違うけど、なんだか今度は狂おしい程の熱を感じる。…ううん、気のせいだよね。
「じゃ、俺行くから!もう暗いから、気を付けて帰ってね」
「うん、ありがとう。じゃあまた明日」
「また明日!」
去って行く日笠くんの後ろ姿を見つめながら、なんだか日笠くんのことが心配になった。
いつも笑顔で優しくて、クラスの中心の彼もまだ17歳の子供なのだ。悩みや愚痴を聞いてもらう友達はいるのだろうか。本音で話せる相手はいるのだろうか。
「(でも、私が心配したってどうにもならないし。それに、私が知らないだけで彼にもそういう友達がいるのかもしれない)」
机の中にいれた手紙を取り出し、鞄に入れる。
さっさとこれを下駄箱に入れて帰ろう。
明日もスイーツ大王がくるなら、私の下駄箱を開けたときにこの手紙に気付いてくれるだろう。
私は鞄を持つと、もうすっかり暗くなってしまった教室を後にした。




