彼女は女なんだ。好きだ嫌いだじゃなく、心で接しろよ
「嘘だべ、あいつもダメだって? ……んだがら正攻法じゃダメだって言ったべよ。んで、"ムネ"さんはなんて?」
途中で立ち寄ったサービスエリア。
喫煙スペースの片隅で、陽一が携帯電話相手に通話している。
翔太はその傍らで煙草を吹かしていた。
陽一の会話からは『あいつに声かけて、三年だぞ』とか『騙すんじゃなく誘うんだ』とか『このままじゃ欠員だぞ』とか、そんな会話が響いてくる。
その口元は終始にやけてる。
「……んだな」
一瞬その視線が、翔太を捉えた。
気まずさを覚えて頭を下げる翔太。
訊いてないよ、との素振りと共にそっぽを向く。
「……ひとつだけいい方法がある。おめーにも協力は頼むけどな」
その台詞と共に、陽一の通話は終わった。
「さっきは悪かったな。お前のお陰で、場が和やかになった」
そして翔太に会話をふる。煙草を口にくわえて火をつける。
「えっ?」
戸惑い振り返る翔太。
既に空は暗闇に包まれていた。
冷たい風の吹き抜ける喫煙エリア、翔太と陽一が並んで話す。
「別にいいっすよ。悪いのは、あいつだから」
淡々と答える翔太。
「あの沖島って奴とは、二十歳の頃から仲が悪かったがんな」
苦笑する陽一。空に向かってふーっと煙草の煙を吐き出す。
メガネは掛けてない、頭の上に押し上げている。
「そんな昔っからの仲なんすか。俺はその頃、こっちいねーから全然」
二十歳の頃、翔太は東京に住んでいた。田舎の状況など、知る術もなかった。
そんな翔太を、陽一はしげしげと見据える。意外と鋭い眼光だ。舐め回すような、威圧感がある。
「お前、“大沢”の奴だよな?」
そして訊ねた。
その突然の問い掛けにハッとする翔太。
大沢とは翔太の家が建つ、周辺地域の名前だ。
「なんでそれを?」
訳が分からず訊ねる。
それと同時に察した。この陽一という男、別ににやけてる訳じゃない。口をつぐんでもそういう表情。つまり生まれ持っての素顔だと。
「俺もその近辺に住んでんだわ。……っても引っ越してきたのは二十歳の頃だから、お前と面識はねーけどな」
煙草を灰皿に揉み消して、歩き出す陽一。
その背中を翔太は改めて見据える。
「そうなんすか。ホント月日のブランクってのは大きいな」
自分にとって東京での暮らしが青春だったように、同じく田舎にも、人それぞれの青春があった。
楽しい思い出、悲しい思い出、人には言えないような思い出もあるだろう。
とにかく多くの出来事があって、それぞれが思い出になっている。
そんな風にしみじみと感じていた。
ぐっとダウンの襟首を引いて、寒さを堪える。
このエリア以外は暗黒の光景だ。枯れ木と化した木々の梢が、真っ黒に映えている。
ぶ厚い雲に覆われて、ひとつも星は輝かない。
不意に陽一が歩みを止めた。
「だげんちょ、あのハリーの奴の態度もいただけねーが、おめーの態度もいただけねーぞ」
背中越しに投げ掛ける。
意味が分からず、呆然とそれを見つめる翔太。
ざわざわと木々の梢が嘶いて、煙草の煙が空に棚引く。
「こういうイベントに興味がねーのは仕方ねー、人それぞれだがんな。んだげんちょそれを望んでくる奴の気持ちぐらい考えてやれよ。特に彼女は女なんだ。好きだ嫌いだじゃなく、心で接しろよ」
そして陽一はバスに乗り込んでいった。
戸惑い立ち尽くす翔太。
正直、陽一の言葉は翔太の心情を的確に指摘していた。
しかし、だからこそ納得出来ない気持ちもある。
「ホント、嫌味な奴」
ボソッと呟き、煙草を灰皿に揉み消して、バスに向かって歩き出した。
翔太の陽一に対しての第一印象は、こんな感じだった。
正直春樹が嫌う理由も知った気がした。
とはいえそれだけのことだ。
学生の頃ならいざ知らず、大人になっての先輩なんて、尊敬する義理も道理もない。
いくら近所に住んでいようが赤の他人。
つまりは付き合わなければ、なんの問題もない。
この時は、そんな単純な思いしか、持ち得ていなかったのだ。